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東方咀毒異変  作者: 彩丸
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人食い妖怪

 地霊殿の周りには誰も居なかった。それは旧地獄に棲む者からすれば当たり前の光景だった。しかしその先、外郭の向こうにすらも何も居なかった。先刻星熊勇儀が襲って来た事と併せて考え、水橋パルスィは嫌な予感がしていた。

「こいしは……、私を見て凄いイヤそうな顔をしたわ。だからといってそれが対抗手段になるとは思わないけど、でも、いざとなったら私を盾にしなさい」

 道中、水橋パルスィは橙から幻想郷で起きている異変について聞かされていた。それで感化された訳でもないのだが。ただ居場所を奪われる事が許せなかった。

「はい、頼りにしてます」

 橙はふわりと笑って見せた。

 意を決し、敷地へと踏み込む。その一歩目にして、二人は視界の端、門の内側に人影を捉える。

 宵闇の妖怪・ルーミア。

 彼女が何故そこに居るのか二人には思い至らなかったが、咄嗟に館を背にする様に飛び退いた。

「橙……。どうしたの? こんなところ来て」

「それは私のセリフだよ。場違いすぎてビックリしちゃったよ!」

 橙はそう言いながらも、一歩たりともルーミアに近付こうとしなかった。寧ろ逆。唇の端を噛みながらじりじりと退いた。ルーミアからは生気が感じられず、それでいて溢れ出る妖気は水橋パルスィにも引けを取らなかった。

「橙、魂魄妖夢の居場所は?」

「分かりません。紫様とも連絡が取れなくて……」

 橙は左耳にしたイヤリングをとんとんと指で小突いた。それが八雲紫のリボンの一つと繋がっている筈なのだが、一切の応答が無かったのだ。

「私ね、ここに来た人を処理するように頼まれたの。だから……、ごめんね、橙。闇符「ダークサイドオブザムーン」」

 ルーミアがふっと姿を消した。しかし、弾幕を放つ様子が無い。

 そして気付く。形の無い妖気の塊がひたひたと近付いて来る事に。

「さとりの部屋まで逃げる! 橙! 怨み念法「積怨返し」」

 水橋パルスィはルーミアの居るであろう方向に向かって青と赤の弾幕を無造作に放った。それこそ視界を埋め尽くす程に。それでも妖気の塊は止まる様子が無く、じりじりと歩み寄って来る。

 橙と水橋パルスィは踵を返し、地霊殿の本殿へと走った。橙を先行させ、その後ろで水橋パルスィが弾幕をばら撒く。それで打開できる状況ではなかったが、そうするしかしなかった。

 しかし。

「あっ!」

 不意にかルーミアが間の抜けた声を上げた。 妖気の塊も速度を上げて二人を追い始め。足音まで立て始める始末だ。

 橙は足を止め、振り返り、ルーミアと向き合った。

「パルスィさん、扉開けておいて下さい」

 水橋パルスィは立ち止らなかった。弾幕を放つのを止め、全力で扉に向かって走った。そして跳び上がり、回し蹴りで扉を打ち開けた。その勢いたるや、木製の扉が粉々の木材に成り果てる程。

「鬼符「青鬼赤鬼」」

 橙は自分の両隣に、自分の身長程の大きさをした青い球と赤い球を一つずつ浮かべた。

 その時にはもう、ルーミアは橙の懐まで踏み込んでいた。そして橙の首元まで手を伸ばし、姿を現す。

 浅慮、或いは油断。

 ルーミアの爪は橙の首に食い込んでいた。そのまま腕を突き出せば橙の命を断てた筈なのだが、そうもいかなかった。ルーミアが姿を現した瞬間、彼女自身からレモンの様な形状の弾幕が全方位に放たれた。その衝撃で橙は後方に跳ね飛ばされ、既の所で難を逃れた。

 橙の設置した球がルーミアを捉え、外郭の外までルーミアを押し戻した。

 その後の様子は事故と言う他無かった。

ルーミアが飛ばされた先の家屋の陰から出て来た魂魄妖夢が咄嗟に楼観剣を振り抜いた。楼観剣は弾幕ごとルーミアを横一文字に切り裂いた。弾幕は消滅し、ルーミアの下半身は魂魄妖夢の足元に打ち捨てられた。上半身は先の勢いを持って十数メートル離れた場所まで転げ。

魂魄妖夢は足元に転がる真っ二つになったそれを一瞥し、橙の元に駆け寄った。

「よう――」

「橙さん。私の半霊であの二人の足止めをしている積もりですが、持って五分。嗅ぎ付かれる前に進みましょう」

「なんであんな……。殺す必要は!」

「橙さん! 私だって死にたくないんです。振り掛かる火の粉をただ払っただけです」

「でもっ――」

「はいはい、お二人さん。私としては嬉しい事だけど、そういうのはさとりを殴ってから」

 水橋パルスィは橙の後ろからそっと両手を回し、橙の両目を覆った。身の毛も弥立つ嫉妬の渦に包まれて、一匹の子猫はぐったりと尾を垂らした。

「水橋さん、貴女は味方と見て良いのですか?」

「さあ? 異変が解決した頃にでも分かるんじゃないかしら?」

 水橋パルスィはそっと手を放し地霊殿へと踵を返して歩き出した。その後ろ姿は酷く淋しかった。

「すみませんでした、橙さん。この異変が終わったら、彼女を知る人たちの望む全ての咎を受けるつもりです。それまでの間――」

「はい……。ちょっと複雑で、取り乱して……。こっちこそすいませんでした。ルーミアの事は……、あとで一緒にお墓を作ってください。それでもう、言いっこなしにしましょう」

 魂魄妖夢と橙は互いに頭を下げ、水橋パルスィのあとを追った。

 橙には覚悟が無かった。大切なものを失うまで。今回の異変も今までと同じ様に弾幕勝負で勝ち負けを決めて、その先に大団円が有るものだと。

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