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これは遊ばれるわけだ。そう思うほどに、彼女は疑いを持っていないようであった。
何に対しても、何より自分の魅力に対して。どうしよう。
①はっきりと ②やんわりと ③言わない
ーここは①を選びますー
本当に松尾さんの言葉を全て信じているようだ。
否定をしたとしても、俺よりも信頼している松尾さんの言葉を信じてしまうに違いない。
本人が良いのかもしれないけれど、見ていて、どうにも良くないことだと思えてしまう。このクラス内だけでなくて、これからも続くのだとしたら……。
余計なお世話だろうけれど、祭さんに良くないと思うから。
「ファンじゃ、ないんですよ。彼らは祭さんのファンではないのです。きっとだれも、だれも、祭さん目当てではないのです」
まだ、意味がわからないといった顔をしている。
どうしてここまで言ってもわかってくれないんだよ。
これ以上はっきりとなんて、言ってしまいたくないのだし、もう言わせないでほしい。察してほしい。
そんなピュアな表情でいないでほしい。どうしよう。
①怒鳴る ②丁寧に説明する ③走り去る
ーここは②を選ぶとしましょうかー
丁寧に丁寧に説明をしていけば、祭さんもわかってくれるだろうか。
「あたし目当てじゃないって、あたしのライブなのにか?」
「そうですよ。祭さんのライブなのにです。確実に祭さんのライブに来ることが、わかりきっている人が、そういう人気者がいたとは思いませんか?」
全てを言ったようなものなのに、どうして首を傾げる。
なぜ首を傾げる!
「松尾さんのファンクラブの存在をご存知ですか。そういうのに疎い俺ですら知っている、他校の生徒までが入っていると噂の、松尾さんの公式ファンクラブを」
言っているのに、どうにもわかってくれない。
もしかしたら、本気で松尾さんのファンクラブのみんなが、祭さんのことが好きなのだろうと思っているのかもしれない。
どう言ったなら、そこまで信じさせることが出来るのだろう。
どう育ったなら、そこまで信じることが出来るのだろう。
そしてどう説明したら良いのだろうか。どうしよう。
①傷付けても良い ②丁寧に ③諦める
ーここで①なのだそうですねー
もういっそ、傷付けてしまうくらいで良いのかもしれない。
ネガティブに考えて、全てにおいて不安になって疑っているコノちゃんは、これまで何度も傷付いてきたせい。
ならば傷付けてしまうくらいで、むしろ良いのかもしれない。
祭さんはあまりに素直なのだから。
この後、松尾さんに遊ばれ続けるのだとしても、そのまま飽きられてしまうのだとしても、ここまで素直じゃいけないと思う。
俺は彼女の何というわけでもないけれど。
「だってあのライブへ行ったならば、必ず松尾さんに会えるのです。そうしたら、松尾さんのファンの人々が、来るに決まっているではありませんか。ほら、ね、だれ一人として着いて来もしないでしょう?」
どこまで言っても良いものか。
女の子を泣かせてしまうようなことがあったら、俺のメンタルだって駄目だろうし、祭さんのそんなところを見せられたら、……困るし。
ラインを探りながらだったのだが、彼女は思ったよりも気付いてくれない。
図太いとかじゃなくて、信じていることを疑いもしないのだろう。
なのだから、傷付けてしまうことさえ覚悟で俺は言った。
「どういうことだ。あたしが大好きだから、あたしに近付けないんだってクリスは言ってた。だけど、お前ぇは選ばれし存在だから、あたしの特別にもなれるし、あたしにも近付けるんだとかなんとか」
どうしたら言葉が通じ合うのだろう。
彼女も俺の言葉がわからないようだが、俺も彼女の言葉さっぱりわからない。違う言語を使っているのかな。
選ばれし存在って理解に苦しい。どうしよう。
①説明する ②説明を求める ③助けを
ーここは③を選んでしまいましょうかー
俺と祭さんだけでは会話が成り立っていない気がする。
その間を繋いでくれるとしたら、それは松尾さんしかいないのだろう。
しかし彼女を呼んだら、遊び半分に場を搔き乱される可能性もあるから怖い。
また、自称主役である祭さんを連れ出す分には問題なかろうが、実質主役である松尾さんを連れ出すのは周りが許さないだろう。
今更になって諦めて、祭さんを教室に戻すわけにもいかないし。
俺だって戻るわけにもいかないし、とはいえ帰宅もしづらい。
「だれか、こちらに来ては頂けませんか。祭さんと一緒に話が出来ますよ」
勇気を出して教室へ行き、軽く声を掛ける。
当然、だれもそんなことを聞いてはいない。聞こえてはいるのだろうけれど、反応してくれる人さえいない。
これを聞いても祭さんはわからないのだろうか。
そう思って振り向けば、少し怒っているような表情だった。
いや、違う。
俺の言わんとしていることが、やっと伝わったと見て良いのだろう。
だとしたらこの表情は、傷付いた表情だということ……?
「そんじゃつまり、クリスがあたしに嘘を吐いていたんだって、そういう意味かよ。そう言いたいのかよ」
俯いた彼女の声は、震えていた。




