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コノちゃんと二人きりになることが、こんなに辛く思える日がくるとは思わなかった。
やっと帰れると思ったところ、ぶっきら棒な美少女から声が掛かった。
「緊急事態よ。どうやら、またテストがあるらしいの。というわけだから、勉強を教えにいらっしゃいよ」
昇降口を出たところだったので、まだコノちゃんを分かれる前。
俺たちに駆け寄ってきた雪乃さんからの言葉だった。どうしよう。
①一人で行く ②二人で行く ③行かない
ーここでは②を選べてしまうのですよねー
今度一緒に雪乃さんのところに行ってみようか、今日自分でそう言ってしまっているのに、断ることなど出来まい。
そうでないにしても、断れるような理由を俺は持っていない。
避けることで疑われるくらいならば、一緒にいてさりげなく彼女の不信感を消していこう。
これ以上、疑われてしまうわけにもいかないし。
「あるらしいって、知らなかったんですか?」
「知っているわけないじゃないの。とにかく、テストという拷問があるから、対策をしないといけないわ。手伝いなさい」
自信満々になぜかドヤ顔で、知っているわけないなどと、理解に苦しい発言をして雪乃さんは俺の手首を掴む。
そうして、大股で歩き始めてしまった。
手を引かれるものだから、やむなく俺も着いて行くしかない。
状況としても、隣にコノちゃんがいる中、断るなんて出来なかった。なのだから、着いて行くつもりではあった。
意思とは関係なく、引っ張って行かれているものだから、物理的に着いて行かざるを得ないことに変わっただけで。
それにしても、手を繋いではいないけれど、手を握っているとは言えるこの状態。
見ているコノちゃんはどう思っているのだろうか。どうしよう。
①本人に確かめる ②手を振り解く ③大丈夫
ーここは③を選びますー
どう見ても恋人的な要素はないと思うだろうけれど、雪乃さんから一方的なものだとしても、手を握っていることに違いはないのだ。
しかしここでコノちゃんに確かめたなら、気にしている感が物凄くならないか?
完全に意識しちゃっていることを言うことになる。
ならもっとさりげなさを出して、そっと手を振り解いてみるとするか。
いやいや、かなりのパワーで握られているし、何よりこの体勢でその上引っ張られている状態で、手を振り解くなんて無理だろ。
力尽くならいけなくもないかもしれないけれど、それだとさりげなさは少しもないし。
引かれている手を力尽くで解いたら、なんだか怒っているみたいじゃないか。
変化は無理に付けない方が、妥当なところに落ち着くだろうし。
いつかは変わるだろうし、変えなければいけないのだろうが、今はそのときじゃない。
「ちなみに雪乃さん。今回はどれくらい課題が終わっていますか?」
「真っ新よ。当然じゃないの。反対に、私が少しでも手を付けているとでも思ったの?」
衝撃的なまでな開き直り方だ。どうしよう。
①呆れる ②怒る ③笑う
ーここはちゃんと②ですよー
家に着いてもまだ手は離されず、雪乃さんの部屋にまでは行って、やっと解放された。
「勉強を始める前に、雪乃さん、少し言いたいことがあります。俺だって雪乃さんが一人で頑張って勉強をしているなんて、想像することも不可能なことだと思いますが、ヤル気くらいは見せてくれても良いのではありませんか? 出来ないとしても、やる努力は必要だと思います」
熱血教師みたいになってしまっているけれど、雪乃さんには必要なことだ。
課題に手を付けていないことを、悪いことだと認識していない様子なんだもの。
これははっきりと言わなければ、自分で気付くこともないだろうし、なのだから反省をすることも永遠にない。
これだと、最後まで絶対にこの人は一人のときに勉強をしない。
俺は雪乃さんにとっての何でもないのだから、彼女が勉強をしなかったからといって、どうにかなるわけでもない。
だけれど、戸惑うほどに雪乃さんは馬鹿だ。
失礼かなと考えることすら馬鹿らしいほどの馬鹿だ。
賢い方じゃない、勉強嫌いの俺が言うレベルの馬鹿なのだ。
そのままでいられると生活に支障を来しそうだし、さすがに心配になるじゃないか。
「やる努力って、努力したからといって、出来るものじゃないでしょ? 出来ないものは出来ないんだもの。それとも、この私に、自力で理解しろとでも言うの? 教科書を読んでわかるとでも? 笑わせないで頂戴」
どうしてこの人は、こんなにも堂々と、こんなことが言えるのだろうか。
出来ないことに誇りを持っているのではないかと思えるくらいだ。どうしよう。
①帰る ②怒る ③勉強会開始
ーここは③を選びますー
これはちょっとやそっとや変えられないな。
去年はかなり悲惨だった俺だって、今年はそれなりに、理解が出来ている気がするくらいにまでなれたのだ。
勉強をしてもらって、その感覚を掴んでもらうとしようかな。
笑わせないで頂戴はこっちのセリフだっつの。
「なんだか、とても楽しそうだね。勉強するのは退屈そうなのに、勉強を教えるのは、ゲームをやっているときよりも楽しそうに見えるよ」
暗記科目は教科書を見れば自分で出来るということを、雪乃さんに教えてあげて、とりあえずは数学と英語をやることにした。
というのも、国語は説明をしたけれど、全くわかってもらえなかったのだ。
キョトンとされてしまって、これは無理だということで諦めた。
雪乃さんと一緒に教科書と参考書を進めていると、隣でコノちゃんが、ポツリと切なげな声で呟いた。どうしよう。
①拾う ②戸惑う ③無視
ーここでも③を選んでしまいますー
コノちゃんは一人で黙々と解き進めているようだから、邪魔をしては悪いかと思ったけれど、もしかしたら彼女も一緒に勉強をしたかったのかもしれない。
勉強会に参加しているのだから、それもそうだよね……。
一人で集中して勉強したければ、断って帰れば良いだけだもんね。
だがどうすれば良い?
コノちゃんも雪乃さんに教えてあげて、そう頼むか。それだと俺が雪乃さんに勉強を教えることを、放棄したみたいじゃないか。
人に勉強を教えることで、自分も勉強になるから迷惑でない。謝ってきた彼女に俺はそう言ったはずなのに。
反対はどうだろう。コノちゃんに何かわからないところがないか聞くとか。
いくら天沢さんに教わって、今回は自信があるとはいえ、学力として大差ないコノちゃんに教えるなんて出来ない。
聞かれてもいないのに、出しゃばってそんなことしても、調子に乗っているみたいで嫌だし。
コノちゃんの方から来るのを、待っていたら良いかな。




