第9話:ぬわーーっっ!!
クラミルは馬ですが、免許を持っているので車の運転も出来ます。
それこそ、船や飛行機や戦車でも。
運営様よりR18指定を受けたため、大幅修正いたしました。(2019年3月1日)
元の小説は修正作業が終わり次第『ノクターン』に掲載予定です。
戦争やら触手型クリーチャーやら、世界が崩壊しようとも人間の暮らしというものは特に変わることもなく、ぴーちくぱーちく響くスズメの鳴き声なんかで起きたりするもの。
それがハトだったりニワトリだったりは個々に違うだろうが、この物語の主人公イングリッドの自宅付近にはスズメがよく来るからスズメの鳴き声で目覚める。
正確には、「朝チュン」という言葉が大好きなイングリッドが庭に止まり木を植え、クラミルが毎朝エサを撒いているからこその朝チュンと言えよう。
「ん~、んぅ~……あれ?」
広いベッドから身を起こしたのはイングリッド……ではなく、着替えた覚えのないパジャマ姿でシーツにくるまったイオリーンである。
彼女は眠気でまどろんだ聡明なる頭脳を回転させ、現状を把握する。理解完了。
現状、自分の上に覆いかぶさる愛しのイングリッド(パジャマ姿)。
「きゃぁぁぁぁぁー!!!」
理解と同時に響くは悲鳴。イングリッドの家は騒がしい朝を迎えるのだった。
◆ ◆ ◆
「うぅ~、そういえば私、イングリッドの家に同居することにしたのよね」
「おいおい、寝ぼけた発言はいいけど、昨晩あんなにワタシの愛情たっぷりのほっぺにチュッを忘れているんじゃねーよな?」
「そ、それは忘れてないわよ!」
「(やれやれ、騒がしい同居人が増えちゃいましたね)」
時刻は朝の七時。すでに朝食の買い出しを済ませ、この世界における最大級のパン屋『パパスコ』社の売れ筋パンがテーブルには並んでいる。クラミルが今朝早くに近所のスーパーで買ってきたものだ。
イングリッドは同じく出されていた紙パックの牛乳を一瞬で飲み干す。
彼女は朝食で牛乳を9パックは毎回飲むのだ。(1リットル容量のパックである)
毎朝の牛乳こそが、イングリッドの愛と触手パワーの原料であり、昨晩もイオリーンとのチュッチュに栄養を使ったのでその補給でもある。
イングリッドのキスは相手への愛情がタップリ詰まっているので牛乳をたくさん飲むというのは毎晩女の子を抱くためには必要不可欠。
「それで? 昨日は勢いで連れて来てチュッチュしちゃったけど。
本当のところイオリーンって家を出てダイジョブだったのか?」
二本目の牛乳を、今度は空手のビール瓶切りの要領で飲み口を切断してグビグビるイングリッド。
ちなみに瓶ではなく紙パックの牛乳である。それを手刀とは、何というワザマエ!
「本当のところ、問題があるわね。
私はウォルター家という名門貴族の当主で世界の第三次産業シェアの9割を手掛けているのだから」
イオリーンは普通の小さな紙パックの牛乳にストローを立て、ちうちう飲む。
パパスコ社はサリー&ガストンというキャラクターとコラボしているため、この会社のパンを買ってポイントシールを集めるとトートバッグがもらえるのだ。
当然、イオリーンもシールを台紙に張り付ける。現在4ポイント。
このサリー&ガストンというキャラクターもイオリーンの会社が手掛けた事業の一つなので彼女が頼めばパンを買わずとも手に入れられるのだが。
「わざわざシールを集めて手に入れようとするだなんて流石だなイオリーン。
そういう真面目で筋を通すところも好きだぜ♪」
「なっ!? バ、バカなこと言わないでよ! もう、もうっ!」
「お二人とも。オーブンでチンするとさらに美味しいスティックパンがチン出来ましたよ」
「「食べる」」
高価な皿に盛りつければ庶民向けのパンでも高級に見える不思議。
クラミルが調理した今朝の料理は野菜スティックパンとチョコレートスティックパンの二種類だ。
主であるイングリッドは「自分=触手=草タイプだから野菜は食わん!」という建前で、肉ばかり食べる肉食系女子。(単に肉が好きなだけ)
そんな彼女に野菜を食べさせるためにクラミルが思案したのが、この野菜が練り込んであるパンである。実際美味い!
放っておくと、カップ焼きそばのかやくで野菜を食べた気になるイングリッドの従者というのも大変なのだ。
「美味い♪」
イングリッドはご満悦の様子。
次にイオリーンのためのチョコを練り込んだパンだ。
こちらは甘いものが大好きなイオリーンの性格を見抜いたクラミルのサービスである。
「美味ぃ~♪」
甘いものを食べると幸せな気分になれる。
つまりイオリーンはイングリッドに抱かれた時のような絶頂に心躍らせているという訳だ。
そうして朝食はものの5分もしないうちに終了し、話はこれからの事へと移る。
いや、イオリーンは貴族だったり大会社の社長だったりでノリと勢いと愛情だけじゃイングリッドと同居ってのも無理がある訳なんだなぁ~。
「さて、朝飯も食い終わったけど、イオリーンはこれからどうするんだ?」
「どうって……」
「ワタシもクラミルも、お前さんが同居してくれるのはウェルカムだけどよー、やっぱ仕事とかお前じゃないと出来ないことあるんじゃねぇの?
いや、よく知らんけど」
腕を組むことで、むにゅりと柔らかな双丘を歪めて扇情的に誘ってくるイングリッド。
これも彼女のイオリーンを誘惑する策略であり、彼女の偶に見せる洞察力はすでにイオリーンの事情を見抜いているからこその誘惑なのだ。
イオリーンは愛と仕事の板挟みにあったサラリーマンの父親めいた苦境に立たされるのであったが、目の前で柔らかさを主張するイングリッドの肉感的な愛情を前に、考えは大きく揺らぐ。
「まぁまぁ、イオリーンさん。
イングリッド様はこう言っていますがそう悲観的にとらえなくとも楽観的に考えてみてはどうでしょう?」
「べ、別に悲観的になんかなってないし!」
「いや、そこで私にツンデられても、あなたが好きなのはイングリッド様でしょうに。
私は頼りがいはあるのに頼りたくない主の性欲を抑えるためにもイオリーンさんには居てほしいですからね」
イングリッドは触手型クリーチャーと人間のハーフであり、その性欲も人間よりもずっと強い。
基本的には昼間の内に娼館でハッスルし、どうしても耐えられない夜はクラミルを抱っこして眠ることで過ごしている。
クラミルも馬並みの絶倫ではあるがイングリッドの性欲発散に付き合うと疲れるので素直にイオリーンの存在はありがたいのだ。
「そして私が提案するのはイオリーンさんの会社をドレバス・シティにも建設し、事務仕事は自宅ですればどうでしょう?
領地経営も人を雇えばどうとでもなるでしょうしね」
「ナイスだぜ、クラミル! 流石はワタシの愛馬♪」
「お褒めにあずかり感謝の極み♪」
クラミルの策。これはイオリーンにとっては青天の霹靂であった。
これほど突飛なアイデアを瞬時に出すなど、この従者はどれほどの頭脳なのか。イオリーンは恐怖にも似た頼もしさをクラミルから感じるのだった。
「善は急げだ、二人とも!
ちょっぱやでイオリーンの家に行って執事的な奴に事情説明して家財道具もこっちに持ってこようぜ♪」
「……ハッ! 私としたことがイングリッドとの明るい未来が開け過ぎて放心していたわ。
その理想的な提案を受け入れてあげるんだからね!」
話はまとまり、イングリッド、イオリーン、クラミルの三人は役所も兼ねている掃除屋ギルドへと向かい、色々と引っ越しの準備をする。
文明が崩壊したかのように見えるこの世界でも、住民票やら何やらは実際大事。
しかしそこで自宅を飛び出した三人を出迎えたのは衝撃的な出来事であった。
『衝撃! 名門貴族ウォルター家の屋敷が要塞へ!?
執事コヘージの陰謀により三次産業が彼の手に堕ちる!!』
街中に飛び交う号外!
イオリーンの家が執事に乗っ取られてしまったようだ。
「「「な、なんだってぇーっ!?」」」
はてさて、この始末。どうすることやら♪