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王立学院は文官養成機関。
なので卒業後の進路は
「勿論、王城へ仕えるんだよな?」
と思われやすい。
マーカス王子からすれば
「来年から王城へ出仕する事になる女官見習いを呼び出す」
という程度の認識だったようだ。
王城へ登城し、いよいよ接見する事になったが、マーカス王子はラフな服装だった。
マーカス王子は元々、王太子教育の授業と授業との間の休憩時間を利用して、同年代の者達と雑談して市井の情報を得るのが好きな方なのだという。
エルマーが気に入られたのは、顔がそっくりだという事もあるが、エルマーが市井の事に詳しいからだ。
話し上手の使用人達から市井の話を聞くと、実際に自分もお忍びで出かけた気分になれる。
だから話上手な部下を気に入る、という高貴な者も多いらしい。
マーカス王子は姿勢を崩して、ジュースを飲んでいる。
「はぁ…美味い」
ニッコリ微笑んでから
「さて、堅苦しくしなくて良いぞ。エルマーからお前の話を聞いて興味を持ったんだ。エルマーの片想いの相手はどんな女なのかな?って。
要はこっちの興味本位での勝手な呼び出しだ。公的に何か意味がある訳じゃない。お前も気楽にして欲しい」
と言ってくれた。
「お気遣いありがとうございます」
「それで卒業後はどの部署に来る予定なんだ?」
と訊かれ
(やっぱり卒業後は見習い女官として出仕するつもりだと思われてる…)
と焦りながら
「…申し訳ありませんが、卒業後に王城へ出仕する予定はございません」
と、自分の予定について口にする羽目になってしまった。
「…王城へ出仕する為に王立学院へ通っているんじゃないのか?貴族家の後継の場合は領地経営の為に学び、学院で他の貴族家の後継と面識を持って、横の繋がりを作っておく事もあるが、お前は領地を受け継ぐ貴族家の後継ではないのだろう?」
「そうですね。入学当初の予定では貴族家の後継の妻になる筈でしたが、何故か婚約者が浮気相手とスピード入籍してしまいましたから、領地経営・家政に関連する学科の修得は無駄になりましたね」
「…平民が職業婦人として生きていくつもりなら、益々、女官見習いの職に食らいつこうとする筈だが?」
「…卒業後は新大陸へ行きたい、と思ってますので」
「…なるほど。そうだったのか」
「直行便に乗せてもらえるとは思ってません。多分、身内から反対されるでしょう」
「…船旅は危険が多いからな。無事に辿り着く保証もないし」
「ええ。ですが、もう、疲れたのです。これといって憎まれるような事をした訳でもなく、ただ環境の産物として存在し、環境の産物として振る舞ってるだけなのに、それでも逆恨みをこじつけて命を狙ってくる人達がいて、今はどこか暗がりに潜んで力を蓄えている。
そういうものに向き合い、返り討ちに遭わせようと、こちらでも必死に強くなろうと頑張るのにも気力や執着が必要だと思うのです。
この国にしがみつく、この国に欠かせない人にしがみつく、そういう執着が自分に無いなら、リスクの有る土地にしがみつく理由がないんです」
「そうか…。お前の婚約者だった男は随分と貴重な人材を国外へ流出させるキッカケを与えてしまったのだな」
「元より、新大陸へ行きたいと思うべきだったんです。なのにバカだったから、あの人と一緒の未来を思い描いてしまって、仮初にこの国への執着が生じていたんです。元よりこの国とは縁が無かったのだと思います」
「エルマーに縁付いて、エルマーと共に私に仕えてくれる気はないのか?」
「エルマー様にはお幸せになって欲しいです」
「お前が幸せにしてあげれば良いだろう?」
「…殿下は、私の本当の身元もご存知でしょうから、言いますが…。かつて吸血鬼の西部始祖であるコーネリアおばあ様が『北部吸血鬼達に存在を捕捉された以上、自分で自分の身を守れない人達と懇意にしていると人質に取られる』と危惧して、複数の男性関係を解消したという話ですが…。
私も、その気持ちが分かる気がするんです。『超加速』を使って、こちらを付け狙ってくるエルフ達がいる限り、その手の連中を楽々撃退できるような戦闘力がある相手じゃないと一緒にいて迷惑をかけます。
エルマーさんが『超加速』を10倍までしか使えていなかったレルフ・デールに殺されそうになった事を考慮するなら、エルマーさんに縁付くとか、そういうのはありえないんです」
「…そうか。そういう理由で懇意にできないと思っているのか…。騎士としては、かなり屈辱的な理由だが、それも事実なのだから仕方ないのだろう。
エルマーには私から諦めるように言っておこう」
「はい。長生きして欲しいですから。人間の騎士は私には関わらない方が良いんです…」
「寂しいものだな…」
「仕方ないです。オズバート・ガードナーが『超加速』の魔法陣をエルフ仲間に流出させた瞬間から、この国は吸血鬼にとって生きにくい国に変わってしまった」
「そうらしいな。…だがこの国に伝わる『語られざる正史』によると、吸血鬼の『超加速』がエルフ側に伝わって吸血鬼が大量に狩られる事態というのは繰り返し起きてきているんだぞ?」
「…そうなんですか?」
「北部吸血鬼の始祖が休眠中の150年間の間に切り札の流出と回収が起こるというのが、予め決まっているかのように、繰り返されている。
ある意味で北部吸血鬼達は始祖の休眠中に選別にかけられている。生き残り続ける強力な個体へと進化するか、その時代のヴァンパイア・ハンターに淘汰されるか、そのいずれかに分類されている」
「…吸血鬼が増え過ぎるとエルフ側に優秀な魔術師が現れて、増え過ぎた吸血鬼が間引きされる、という事が繰り返されてきたとは聞いていましたが…」
「何の事はない。『吸血鬼側の切り札を盗む』という事をエルフ側が繰り返していて、盗んだ知識が如何なる方法でか、回収されている、という訳だ」
「どうやって盗まれた知識を回収しているんでしょうか?」
「そこまでは禁書庫の禁書を幾ら紐解いても分からなかった」
「…ハワード様の休眠中にいつも切り札が盗まれていて、ハワード様の活動期が始まるとそれが収まるというのなら、ハワード様が目覚めると同時に何かしている、という事なのでしょうか?」
「どうなんだろうな?そういう危機を『試練』と呼ぶなら、そうした『試練』を何度も経てきている者達もいるだろう?」
「…モルガン侯爵達ですね?『ハワードの息子達』…」
「彼らなら、『盗まれた知識を回収してエルフの戦力を大幅に削ぐ方法』を本当は知っているのかも知れない」
「その可能性はあると思いますが…。彼らはエルフを狩り返す戦いを若い世代に任せて、自分達は何もしない感じです。加勢してくれないのだから、何も教えてくれないと思いますよ?」
本当にそうなのだ。
『ハワードの息子達』は新しい世代が狩られる事に対して何とも思っていないかのように振る舞っている。
どういう神経をしているのか、本気で謎だ…。




