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「いい加減にするのはお前のほうだ」
アラスターが溜息を吐いた。
「俺は奴隷も扱う商人だから奴隷に対する待遇の法的取り決めにも詳しいんだ。いいか、よく聞け。
犯罪奴隷以外の通常の奴隷を購入する場合、奴隷の能力ごとの差で大きく価格にも幅が出るが、どんなに安くても奴隷が病気でもしてない限り金貨3枚以上はかかる。
しかも低年齢の奴隷を性奴隷としての用途で買おうとする客に対しては『どれだけボッたくっても良い』という共通認識が奴隷商人の間で普及している。
お前がセルマ以前に引き取った養女に手を出して孕ませた事は判っているんだ。世間の皆様が指摘せずとも明確な犯罪だって事はお前も自分で分かってるんだよな?
通常は孤児がどんな目に遭っていても世間は皆黙って見捨てるが、時には法的な場で犯罪だと立証されてしまい莫大な罰金を支払わなければならなくなる事もある。今がまさにその時だ。
養子だ養女だと言って奴隷代わりの労働者を得るのは簡単だし金も端金の寄付金で済む。
なのに賢い世間の皆様はそういう悪どい事を滅多にやらない。何故だか分かるか?そういった孤児への不当な虐待と搾取は奴隷商人の領域へ足を踏み込んでいる越権行為だからだ。
お前がやってる行為は奴隷商人の目に留まらない間は誰にも批判されず法的に犯罪だと明らかにされる事もなく無難に済むが…
奴隷商人の目に留まった途端にお前自身が犯罪奴隷として奴隷落ちするネタになり得るんだよ。
そういった落とし穴を世間の皆様が全員具体的に知ってる訳ではなかろうが、漠然と『美味い話には罠がある』という事は察していて養女を奴隷代わりの労働者として引き取ろうなどとはしない。
お前はその点で話にならないくらいに愚かだよ。大人しく養子縁組を解消して寄付金程度の端金だけの損失を受け入れておけば良いものを、欲をかいたせいでお前自身が犯罪奴隷になるんだからな。
こっちもお前の性根はここ数日調べさせてもらってたんで承知してるし、既に警備隊へは通報済みだ。じきに踏み込んでくるだろう」
アラスターがそう言い切ると
パトリックは激昂して
「貴様!何を好き勝手な事をほざいとる!」
と怒鳴ってアラスターに殴りかかろうとしたが
アラスターは軽々パトリックの拳を躱して
「罪が重くなるだけだ」
と告げてパトリックの腕と背中を押さえるようにして床に押し付けた。
「………」
私は言葉も出なかった。
養子縁組を未成年奴隷の購入と同じ感覚でやってる人達は多いと聞いていたし、それが法的には犯罪行為に該当するなど知らなかった。
(法律を知らないと犯罪の被害者になってても、その事実に気付かないまま「世の中はこんなものだ」と思い込んでしまうんだな…)
と初めて理解できたのだ。
勿論、法律を知って犯罪行為を批判してみても司法機関と無関係な所でどんなに訴えても私的に犯罪行為を裁く権限は生じない。
「…悪事を行いながら何のお咎めもなく暮らせる人間というのは強力なコネあってこそのものだ。
そうした後ろ盾もなく悪事に手を出す連中は遅かれ早かれ破滅する。今までお前がその事に気付かなかったのはお前の周囲が事なかれ主義者だらけだったからこそなんだろうな。
被害者が孤児なら見て見ぬフリをする連中しか世の中には居ないのだと、そう勘違いしてしまったのか?残念だな?世の中がお前の御都合主義通りの空間じゃなくて」
アラスターが皮肉気に口元を歪めてパトリックに告げた。
「言っとくが、警備隊も本来なら『被害者が孤児なら見て見ぬフリをする』類の連中だが、今回はちゃんと職務を全うせざるを得ない状況になってるぜ。ファレル家の後押しが得られた事案だからな。
セルマの先祖がモルガン家麾下のファレル家だったとかで、セルマの伯父であるミルミドネス伯爵とファレル伯爵家との話し合いの結果、セルマはファレル伯爵家で引き取られる事になった。
お前は運が悪かったんだ。よりにもよって北部の裏権力を敵に回す決断をしてしまったんだからな。
全く、情報もないのに意地を張って、指摘があっても違法奴隷を手放す気になれないなんて、欲と愚かさで身を滅ぼす見本みたいな奴だな。ま、俺にはもう関係はないが」
聞き捨てならない話がシレッと述べられて
私はアラスターの横顔をマジマジと見詰めた。
「…悪いな。ミルミドネス伯爵家のほうでお前を引き取ってくれると思って、期待させてしまってただろうに、結局、お前を引き取ってくれるのはファレル伯爵家に決まったんだ。
予定通りにいかないのは仕方ないが、お前はお前で西部の親戚と久しぶりに会いたかったんじゃないか?」
「…3歳の時から森暮らしで、親戚の顔とか覚えてないんです。だからファレル伯爵家が引き取ってくださるのならありがたいです。
ただファレル伯爵家は本当に引き取ってくれるんでしょうか?血縁関係はかなり薄いと思うんですが」
「…血縁関係が薄いからこそ、という話らしい。ファレル伯爵家子息の婚約者候補に欲しいって話だから、戸籍面ではミルミドネス伯爵家の養女になって、早目の花嫁修行としてファレル伯爵家にお世話になるという筋書きの世間体となる」
「花嫁修行として居候させてもらう、という事ですか…」
「…政略結婚、てヤツだな」
「政治向きの事はよくわかりません」
「ともかく当初の予定通りにはいかなくて、お前にはすまないと思っている。お前が虐待されないよう転移魔法陣で連絡を取り許可は降りてるんで、それで許してくれ」
「…ここでの待遇みたいな目にはもう遭わずに済むと考えて良いんですね?」
「ああ、そうだ」
「それなら良いです。ありがとうございます。オジサン」
奴隷をも扱う悪徳商会。スミッソン商会の商人アラスター・スミッソンが私の人生に初登場したこの日ーー
私は久しぶりに
「まともな衣食」
にありつけたのだった…。




