第57話:東側への航海(準備編)
───元亀元年(1575年)春
尾張国 熱田湊
かつて門前町であったこの地は、今や日本、いや世界でも類を見ない港湾都市として進化を遂げていた。
コンクリートで舗装された道路。
整然と並ぶ近代的なビル群。
区画ごとに設置された街灯。
それらは全て、織田信長という一人の"天才"がもたらした結果だ。
だが、織田信長の功績はそれだけではない。
何より、一番の功績は、織田領内の"国民への教育制度の義務化"だろう。
これには、織田家内でも初期から批判が大きかったが、織田信長は来れを強行し現在にまで至っている。
実際、学校制度が始まったから数年で、織田家の兵士の室が高まり、独断専行するものが一気に減っている。
また、身体能力も高まり、他国の兵の3倍は有能だという意見さえある。
そんな領民が、熱田の湊へと集まり、新規に建造された"時計"なるものを眺めて、皆が笑顔でいた。
未来で"水晶時計"とも呼ばれる、不変とも言われる塔型の時計が、初めて建造された日の朝のことであった。
───元亀4年(1578年)初夏
那古野神宮城:評定の間
その日、評定の間には、織田家の頭脳と呼ぶべき参謀たちが集まっていた。
神座には、織田信長。
彼は、神宮の本殿とされる場所で参謀たちと水軍の長、佐治元綱とともに、議論に励んでいた。
信長は言う。
「そろそろ、海の開拓を始めよう」と。
丹羽長秀が、それはどういことか?と質問すると、信長は続けて答えた。
「尾張を中心として、地図を作りたい」という。
しかし、陸地の地図ならともかく、海の地図の作り方は知らない。
尾張でも南の方に本拠があるだけあって、海を知らないという者はこの場にいなかったが、それでも、知っているのは沿海ばかりで、外洋での航行経験のあるものは佐治だけだった。
「今少し、海での活動経験がある者を呼んだ方が良かったのでは・・・?」
石田などは、そう言って経験不足知識不足を湾曲に語ったが、信長は、「とりあえず、ここでの意見をまとめたいだけじゃ。」と取り合わなかった。
実際、ただの計画について話しているだけであり、今もなお活動的に動いている水軍の者たちを、そう何人も呼ぶことは難しかったのだ。
「で、海の地図を作りたいと、伝令からは伺ったのですが?」
佐治元綱は、そういって今日の議題について問うてきた。
「うむ。現状の計画では、琉球と蝦夷地。この辺りが征服対象となっておる。
しかしながら、その辺りはあくまでも陸地からそう遠く離れてはおらん。じゃろ?」
信長は、今までの彼らの航海経験について尋ねてきた。
「えぇ、その通りです。」
「じゃが、東に行くとなれば話は違う。」
"尾張の東"
つまりは、太平洋のことだが、
確かに、東側は完全に海の世界。
陸地の見える蝦夷地や琉球とは異なり、
完全に陸地が見えない道の航行となる。
「東・・・ですか。」
佐治は、自分の経験に照らし合わせて、少し苦しい返答を返した。
船乗りの間では、東には海しかない、もしくはそのまま落ち込んでいくような穴でもあるのではないか?というような意見も多々あったのだ。
無論、彼も織田家の領民として織田の教育は受けていた。
しかし、それでもなお、海以外に何一つ見たことのない東側の海への恐怖というものは、消し去りがたかったのだ。
「知識としては、知っております。
東には大きな大陸があり、そこを欧州人どもが荒らしておる、と。
しかし、我らは実際にそこを通ったこともなく、東の海では現在位置の目星さえ付けられませぬ。
これでは、探索どころか航行すらままなりませぬ・・・」
その言葉に、信長以外が全員静かに沈黙する。
「うむ。じゃから、そのことについて考えるべきじゃと思うて、この場を開いたのじゃ。」
と、信長は語る。
「わしも、海での航行について知っていることは少ない。
なんば・・・いや、欧州人どもが四分儀とやらを使ってそれを図っておることは知っておる。」
と、四分儀についての知識を晒す。
だが、信長は海には関わりの少なかった元未来人だ。
知識があるとは言っても、太陽や星の位置で現在位置を測っていたことくらいしか知らなかった。
「・・・ふむ。信長様。我々の立つこの大地は、球体なのですよね?」
「あぁ、そうじゃ。それに間違いはない。わしもこの城から確認しておる。
うっすらと丸みがかった水平線から、主らにもこの大地が丸いことはわかるじゃろ?」
「えぇ、分かりますとも。その点については疑っておりません。先ほどのはあくまで確認でありました。」
「ほぅ・・・。なんぞ案があるのか?元康」
「えぇ。それと1日の時間は24時間である、と。それも信長様から教わりましたな。」
「・・・?何が言いたい。」
元康は、何かを思いついたように確認を繰り返す。
「いえ・・・もはや、答えは出ておるかと。
つまり、この球形の大地は、軸から軸へと線を引くと24分割できるということでありましょう?」
その言葉に、皆が皆、「なるほど」と納得がいった。
「なるほど、つまり、半刻ごとにこの大地に線を引き、まずは横の・・・いや、東西での位置を測ると、そういうわけですな?」
「えぇ、その通り。」
「なるほどな。それで、わしにも理解できたわ。
・・いや、真っ先にそれを理解せねばならなんだのはわしか・・・すまんの。」
「いえいえ。私も今さっき気付いたことですからな。そもそも、その知恵でここまで織田家を大きくした信長様が知恵不足ということもございますまいて!ははははは」
そう言って、全員で笑う。
俺自身としては、あくまでも転生者として前世で学んだだけの知識なので、多少居心地は悪かったのだが・・・。
「で、あとは南北をどう測るか、なのだが・・・」
俺が問いかけると、再度全員が沈黙する。
「南北ですか・・・」
「それに、24分割するとしても、あとは時間を知らねばならんだろ?・・・いや、あの水晶時計でいけるか・・・?」
水晶時計。
未来では、クォーツ時計として名を馳せた水晶の振動を活用した時計だ。
水晶に電気を流すと一定間隔で振動することを利用して、正確な時間を刻むことが可能になったという日本の技術の一つだ。
「あの広場に置かれている時計ですか?あれはそのようにそのように特殊なものなので?」
秀長が、皆を代表してそう聞いてくる。
「あぁ、あれは水晶の特性を利用した極めて正確な時計よ。1日で5秒ほどのズレがあるがな。」
「5秒・・・ですか・・。大きいのか小さいのかイマイチわかりませんな。」
「欧州人どもの時計が、1日でおおよそ30分はズレると言えば、その正確さが伝わるか?」
「おぉ・・・!なるほど・・・、それは素晴らしいですな!欧州人どもとの間にそれほどの差があるというわけですな?」
秀長は、そう言って俺の功績を多少大袈裟に驚いてくれる。
「(こいつは、こういうところがうまいな・・・)まぁ、その通りだ。
しかし、それに甘えてはいかん。今は上でもいずれ抜かされるやも知れぬからの。」
そう。
産業革命などが起きれば、いずれ抜かされる可能性はある。
アイツらは、俺のように資源がどうとかその辺りを気にせずに貪りまくるイナゴと同じだ。
イナゴの群れに対処するには、卵の段階で叩くか、そもそも卵を作らせないか。
あるいは、焼き払うか。
これくらいしか対処法がない。
欧州は遠すぎて、焼き払うのは難しい。
とすると、卵の段階で潰しておくのが最適解だろう。
つまり、"植民地を作らせない"ことだ。
欧州人が産業革命期にどんどん伸びていったのは、世界の資源を確保したことと、世界の市場を確保したことの2点が要因だ。
とすれば、それらを手にする機会を潰せば、あとはどうとでもなるわけだ。
特に、インドとアメリカ。
この2地域を取られることが痛い。
ここだけは、潰すなり押さえるなりはしておきたいというのが俺の意見なのだ。
「というわけでな、水晶時計を使えばいけるのではないかな?東西の位置を測ることは。どうだろう?佐治殿。」
俺はそう言って、佐治殿に話を振る。
「は、はぁ・・私としては話が大きすぎて何やらといったところなのですが・・・。
え、と、とりあえず水晶時計を船に乗せるということですかな・・・?」
「その通りだ。・・・無論、あのままの大きさというわけではないぞ?あれは大勢が見やすいように大きくしたものだからな。
実際には、そうだな・・・。タンスくらいの大きさで済むと思う。」
「ほっ・・・それは良かった。流石にあの大きさは難しいと思っておりましたからな。
しかし・・・、方法はある程度まとめておいていただきたい。私もここで聞いていくつもりではありますが、それだけで実践しろというのはいささか困難が過ぎます。」
そういってら新技術をいきなり押し付けられそうになった佐治は一歩引いて牽制する。
「それについては問題ない。流石に陸上で試しを行ってもらったあと、海上でも試しを行うよう指示は出す。」
「それならば、まぁ、こちらとしては問題ありませんが・・・」
「それと南北の測り方よ。・・・そう言えば、欧州人は、四分儀・・・だったか?そういったものを使っているんじゃなかったかの?」
「四分儀、ですか・・・?」
「そうじゃ。とはいえ、この名称はわしの付けたもので、向こうの者はもっと別の呼び方をしておろうがの。」
「信長様。それがどのようなものか分かりますか?」
俺は、四分儀がどういったものかを思い出す。
とはいえ、六分儀の画像を見たことがあるくらいの俺としては、四分儀の形状なり使い方なりは分からない。
「詳しくは知らん。が、確か北極星だか、太陽だかを見て、角度を測るもの・・・だったと思うぞ?・・・すまん、それ以上は知らんのじゃ」
俺はそう言って皆に謝罪する。
「いえいえ、それでも十分過ぎますな。
要は、欧州人どもから情報を仕入れれば宜しいのでしょう?」
「彼奴らが欲しがるモノなど、それこそいくらでもありますしな。」
「取引せずとも奪ってしまっても良いわけですしな!適当な者を捕虜にしてしまえば、あとは其奴らから情報を絞れば良いわけです。」
「いやいや、元康殿。わしらは彼奴らの言葉を詳しくは知りませぬ故に。」
「なるほど。まずは敵の言葉を知るところからというわけか!むぅ・・・そうすれば交渉の方が早いか・・・?」
「いえいえ、御三方とも。どうせなら両方行くべきでありましょう。
そもそも、交渉した者も捕らえた者も、どこまで正しいことを言うかどうか分かりませぬし。
それに、言語の違う相手です。意見が食い違うこともございましょう。どうせなら両方の方が宜しいかと。」
「ふむ・・、まぁそうか。確かに、各々で異なる返答があることは考えられるな。そもそも、そのようなモノを扱えるのは技術職であろう。
十二分に大事にされているに違いないしな」
「まぁ、奴婢がそれを行っているというのはあり得んでしょうなぁ・・・」
この時点で、欧州人から正確な情報を得ることの困難さに気付いたのは僥倖だったのかもしれない。
だが、思いの外容易く情報を手に入れられるルートがあったことにも、我々は気付かされることになったのだった。
───それから数週間後
「殿。四分儀の件ですが、進展がございましたぞ」
と言う報告が、俺の元に届いた。
「なに?どういうことだ。」
「どうにも、欧州人から奴隷を購入したそうですな」
「奴隷・・・?奴婢が航海技術などという高度技術を持っておったと?」
「えぇ・・、どうにも、"ユダヤ人"などという者のようで。彼方では何やら迫害されておる種族のようですな」
「ユダヤ、ユダヤ人なぁ・・。彼奴ら、わしらに航海技術を渡すと言うことの意味を理解しとらんのか・・・?」
俺たちの航海技術を高めるということは、欧州人の勢力圏を狭めるも同義である。
そのことを理解していない時点で、彼らの現状に対する理解の甘さを把握できた。
「まぁ、しとらんのでしょうな・・・。我らが既に彼奴らの技術力など凌駕しておることくらい、堺に居れば把握しても良さそうですがね・・・」
「阿呆極まりないな・・・。まぁ、いい。敵が阿呆であっても使いようはある。むしろ好都合じゃ。」
敵が想定より弱い、阿呆であることでこちらが困ることなどほぼない。
むしろ都合がいいとさえ言えるだろう。
「で、その奴婢は今どうしておる。」
「今は、こちらと向こうで言語のやり取りに努めております。」
「そうか・・。よし、どうせなら我が織田家でも奴婢を買うか。・・・それも大々的に」
「買いまするか・・?しかし、どこで使いまする?」
「使う場所など決まっておる。これから発見するやもしれぬ島の数々よ。」
「なるほど・・。しかし、それほどの数、発見できまするか?」
「なぁに、当てはある。」
俺はそういって、数々の"当て"を夢想する。
台湾島、小笠原諸島、アメリカ大陸、オーストラリア大陸。
思いつくだけでこれだけある。
むしろ、単に奴婢を買うだけでは全く足りないだろう。
「しかし、そうなるともっと探索を前倒しにせねばならんな・・。」
「でしょうな。琉球攻めの準備も進めるとして、後は東でしょうな・・・」
東側の探索。
それは、新たに購入したユダヤ人奴隷からの情報待ちだ。
「どうせなら、そのユダヤ人奴隷を連れて東側の探索に行ってみれば良いのではないか?」
「ふむ・・・、無理矢理にでも言語は習得させるおつもりか?」
「時間をかけても仕方あるまい。それに、陸が見えている範囲でなら、そこまで問題も出ないのではなかろうか?」
「陸地が見えておる範囲で、ですか・・・。それなら、まぁ問題も少ないでしょうな。」
そうして、少しずつ、織田家の航海技術は高まっていく。
それは、東側の探索という日の本初の試みでも、十分に活かされるのであった。
「そういえば、そのユダヤ人奴隷の名は?待遇についてはどうなっておる?」
「確か・・・ヤハウェ・・、だとか言っておったそうですな。」
「・・・・・・いや、それは多分違うと思うぞ・・・」
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