第48話:神の国、その光と影
元亀3年(1577年)晩秋
───織田家本拠:熱田織田大神城
かつて那古野と呼ばれた地は、今や日本国内であって日本ではない、異界の如き様相を呈していた。
"織田大神宮"とも称されるその巨大な城郭都市は、白い混凝土の壁に覆われ、京都がモデルの整然とした区画整理がされている。
通りにはゴミもほとんど落ちておらず、行き交う人々は清潔な衣服を身にまとい、他の街で見かけるような孤児なども存在しない。
そんな、この時代ではありえない様相の街となっていた。
そんな地に住む者たちも、他の国の者とは大きく違う。
かつては、戦乱に晒され、他国の者たちの暴虐にあった領民たちも、今では全員が日々を満喫している。
些細な諍いはあれども、殺し合いもなく、捨て子や虐待の類もない。
街はきっちり整備され、各所には警察と呼ばれる警備の者たちが適宜犯罪に対処する仕組みとなっていたのだ。
織田信長の台頭以降、那古野の領民は著しく豊かになった。
衣服は全て麻から木綿へと変わり、絹を身につけている者も珍しくはないほどだ。
かつて、日々の暮らしに嘆き、嵐や戦さで涙を流し、
寺や神社で、居るのかもわからない神に祈るしかなかった時を知る者はもう少ない。
今や、この辺りには、いや、織田の領内にはほとんど寺社の類がない。
かろうじで長島の本願寺が息をしている程度だ。
それ以外のものは、全て熱田神宮の系列に押しつぶされ、もしくは吸収された。
本来、武士が寺社を潰そうとするなら強い反発があったろう。
しかし、ここではその様なことはない。
なぜなら、吸収の際にも撤廃の際にも、中の者たちが進んで寺や神社を差し出したのだから。
"織田の民草は、満ち足りている"
他国の商人たちからはそういう言葉が聞かれる。
実際、織田の領民は、食料は毎年のように豊作で、米がないとしでも麦や他の野菜は必ずあるといった飽食の国だ。
普通、貧しい家に子ができれば、産むことや育てることを諦める他ないが、この国ではその様なことはない。
"聖の塔"と呼ばれる児院が領内各地に設置され、育てらない子供や孤児、隣接する娼館で生まれた子など、多くの子どもがここでは養われている。
そして、そこに預けられた子供に会いにいくことも自由だ。
子どもたちには、食事が与えられ服が与えられ教育が与えられる。
この時代の子供達にとってこれ以上の場所はないだろう。
彼らの顔は満ち足りていて、「将来にはよりよい未来がある」ことを信じて疑わない輝きがあった。
そして、そんな輝きを持つ者は児院の子供達だけではない。
今では領国内の領民たちでさえ、そのような表情を浮かべていた。
"聖水"
忌むべき病を駆逐し、農作物の成長を早め、時には欠損さえ癒す。
そんなオカルトの存在だ。
だが、それは噂話でなく現実に存在した。
それも、一部の者らの独占ではなく、領民全てにばら撒かれたという点で、他のオカルト話とは大きく異なる。
聖水は、希釈されてもその効果が薄まるのみ
この性質を利用した量産化も行われている。
酷いところでは聖水1に対して水9の割合だ。
それでも、1/10の効果が残っているのだから聖水様々だといえよう。
最初の頃はただただ感動するだけだった民も、今では当たり前のように俺を信仰している。
他の宗教とは違う、本当の"現人神"だから当然だろうな。
新興宗教であるというのに、この"現世利益"の効果で瞬く間に織田領内の宗教界を蹂躙し尽くしたのだから。
その効果のほどが知れるだろう。
長島本願寺でさえ、一応は敵対していないというだけで、既に中抜けがひどい。
俺が声をかければ倒壊する程度には俺の"聖水"と織田がもたらした利益によって汚染されている。
本願寺、浄土真宗はこの時代に隆盛を極めた。
しかし、その理由はなんだったろう?
難しくいえば、宗教の俗人化。
簡単にいうなら、"誰でもやれる宗教"といったところか。
『念仏を唱えれば、極楽に行ける』
庶民がそう信じたからこそ、浄土真宗はあれだけ流行したのだ。
だが、俺の作った"聖水教"はどうだ?
特に、宗教的な制約もない。
・織田領内に住み
・織田信長の支配下にあり
・聖水を飲むか聖水に浸かる
これだけでいい。
あとは、熱心な信者だけを俺が求める方向へと導くだけだ。
聖水の力でどんどん信者は増え、織田領内でこの宗教に入っていないのは、
俺の側近や親族かもしくは,正式に宣言していないだけの者となっている。
熱心な信者は、俺の家臣として様々なことを学ばせ、織田領各地へと派遣されている。
給料は高いし、こんな時代に有給さえ認めている、現代ブラック企業より遥かに高いホワイトっぷりだ。
そのことからさらに俺に対する信仰心は高まり、今では狂信者が群をなしている状態だ。
「気持ち悪いことこの上ないな・・」
「あなたがそうさせたんでしょうに・・・」
長恒や恒興も、最近では暇になったのかここに入り浸る様になった。
現在の小姓頭は、長恒の孫の"高市信恒"なのだが、今日は休みだ。
今は、那古野城内に作られた、聖水風呂で3人仲良くおっさんだけの社交会だ。
あぁ、一応言っておくが性交渉はない。
日々の疲れをただ癒しつつ、こういった報告会を開くのが目的だ。
「ふぅ・・やはりここの風呂はいいですなぁ・・・」
「日頃の疲れが癒えます。信長様に感謝ですな。」
「何をわしの目の前で言うのじゃ、小っ恥ずかしい」
「いえいえ、本心ですよ」「ですね」
「「はははははははは」」
池田恒興も、今では立場も上がり、尾張の経済大臣だ。
高市長恒の方は、尾張の民政大臣。
経済大臣は、領内の税額や織田が開発している商品の価格決定・流通量の調整などに関わっている。
細かくいえばもっと色々あるが、経済に関わること全てといえばわかりやすいだろう。
民政大臣は、領内の上下水や衛生管理、領民の健康管理などにも関わる仕事だ。
大雑把にいえば、領民の健康面や待遇に関わる部分の担当だな。
これ以外にも役職は複数あって、頭脳面でのサポートとして付いている者たちもいる。
例えば、"松平元康"。もしくは"藤吉郎秀吉"。
現代人にもわかりやすくいうなら、"徳川家康"と"豊臣秀吉"だ。
この2人は、今川が崩壊した時に俺が拾った。
その際には何人かの武将も拾っている。
本多忠勝や酒井忠次、榊原康政など。
三河の武将たちは大部分を取り込んでいるといていい。
もちろん、一向宗だった者は皆無だ。
三河一向一揆の後、謀反を起こす可能性のある者たちは処分された。
三河一向一揆は、三国が関わる事態に陥ったために、今川や武田からもかなり厳しい目が向けられたのだ。
武田などは本願寺の顕如と親類であったにも関わらず、裏で実行していたことから、余程思うところがあったのだろう。
それはともかく。
織田では、参謀として
"麻生尾張目秀吉"
"松平三河掾元康"
"丹羽尾張掾長秀"
"石川三河目数正"
"石田鋳銭佑正継"
"麻生鋳銭佐秀長"
こう言った面々が所属している。
これは今の名前で、それぞれについている階級は実際に朝廷からもらったものだから、その名前以上の価値のあるものだ。
"麻生"というのは、"豊臣"兄弟のことだ。
彼らには、俺が気づいた時に苗字をつけてやった。
もちろん、側近にまで引き上げてな。
よく働いてくれて、この2人には本当に助かっている。
もちろん、その見返りだってあるわけで、彼らには史実にはいない子どもが複数いるのだ。
不妊症も俺の"聖水"で癒すことは可能だった。
多指症は治らないけどな。
俺の聖水は、欠損などは元の形に戻そうとするだけらしく、"ちゃんと機能している指"なら、それがなくなることはない。
これが、機能していない奇形であれば話は変わってくるんだがな。
イマイチどういった基準で治るのかがわかっておらずに、織田領の医師は頭を悩ませているらしい。
織田家の組織図はこんな感じだ。概略だが。
織田信長:当主
↓
織田信忠:次期当主
↓
織田信秀:隠居
↓
◻︎大臣格→経済・民政・軍事・外交・(開拓)・宗教・教育
↓
◻︎参謀:当主補佐
↓
◻︎織田分家:遠方領主なども含む
↓
・
・
・
◻︎国人衆:ほぼ絶滅
↓
民衆
大体このような組織図になっている。
国人衆については、残っているのもいないので形骸化している。
池田家や丹羽家なども織田の組織内に完全に入り込んでいるために、既に国人衆とはいえないのだ。
織田の領地は、長島を除いて全てが織田家の直轄であり、当主の意向でどうとでも改変できる様になっている。
ここまで来るのに、数十年かかってしまった。
だが、信忠の代からは強権が使える程度には組織も固まるだろう。
宗教的権威を使えば、今でも強権は振るえるから変わりないか?
それはともかく。
織田の分家の地位は低い。
ちなみにわかりやすいところでいくと、"織田信包"は分家だ。
ただ、彼には"四国開拓大臣"としての役職も付くのでそこまで低くはないが。
こういった役職のつかない"信広"や"信勝"などに実権はほぼない。
彼らの子供には、"織田"の苗字は継がせず、"津田"を名乗らせる様にも通達してある。
だから、次の代では本当の織田家が完成するだろう。
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