第47話:武田家からの使者
時は少し戻り、
元亀3年(1576年) 秋
───織田家:那古野城
織田領の中心として天文19年(1550年)頃から改築が続けられたこの城は、
26年が経つ今では、当時日本最大だった規模の小田原城を超える城となっていた。
この新那古野城、改め、【熱田織田大神城】という、ちょっとよくわからない名称で呼ばれていた。
どうも、熱田神宮の神と織田信長という現代に生まれた聖人がカオス合体してそうなったらしい。
半ば狙ったところはあるが、「もっといい名称はないのか?」とそれだけは残念に思う。
狙ったと言ったが、これは織田家と熱田神宮との融合だ。
もっと具体的にいうなら、織田の一族を神格化させるための政策ということだ。
織田家は、俺の力によって今、領内の各地から信仰が集まっている。
だが、神格化させるにはやはり、既存の宗教と融合させた方が、領民の飲み込みは早いのだ。
幸い、熱田千秋家は、親父の代からずっとついてきてくれているし、俺の正妻も熱田の娘だ。
熱田神宮を取り込むために、本宮や社領を移築させ、完全に那古野城と熱田神宮を一体化させたのだ。
これには反発もあったのだが、熱田の社前町(寺前町)も、発展の弊害でかなり複雑化してきていたし
外壁などにも痛みが多々見られた。
それに、熱田から那古野まではそう遠い距離でもなく、千秋の家督を奪うわけでもない。
むしろ、織田の一族内に完全に入り込み、分家として動くことになるのだ。
この利点は、千秋の者には魅力的だったらしい。
当時の価値観だと、千秋の家の方が、家柄としては上の様な気もするのだが、そこは実利を取ったのだろう。
千秋季忠も季光も不満ではなさそうだった。
そうして、広大な城が築かれるわけだが、
何も、全てが城になったわけではない。
中心に熱田と那古野の本宮が置かれ、儀式用と政務用の城がそれぞれ建てられている。
周囲は自然で溢れ、人口の川が流れ、周囲には水車が設置されている。
また、その周りは多くの果樹で囲まれ、覗きみれない様になっている。
そして、その本宮から
四方八方へと伸びる街道。
これが、信長街道や信秀街道だ
そんな中心に近い一角には、少し変わった空気の場所がある。
""聖の塔""と""桜の館""
この2つの建物は、周囲をさらに壁で囲まれ、中の人間が逃げ出さないように常に監視も置かれている場所だ。
だがここは、織田家の武士が集うサロンの様な場所でもあった。
織田家直轄の公営娼館である、"桜の館"
そこで産まれた子供を養育し教育する、"聖の塔"
これらは、織田家の隆盛を担う一種の福利厚生施設として機能していたのだった。
「信恒、桜と聖の調子はどうじゃ?」
信長は、床几にもたれながら、小姓頭の信恒に尋ねた。
「いつも通り、と言ったところでしょうか。
土佐の者たちが連れてこられたようで、その際には暴れた者も出た様です。
ですが、それもすぐに抑えられましたので問題も特にありませんね。」
この娼館は、他の一般的な娼館と異なり、完全に一から織田家が運営する娼館である。
その管理も織田家で教育された者が執り行い、中の女性たちも細部まで管理されている。
「なら、今頃は教育中かの」
「そうでしょうね」
桜の館で行われている教育。
語弊のない様にいうと、そのままの意味だ。
つまり、体を洗い、衣服を整え、文字を教え、技術を教える。
桜の館に隣接された桜華学校では、女子供が専任の教師から教育を受けている。
ここで教えられるのは本当に様々だが、性技術だけでなく出産や育児、あるいは金勘定や礼儀作法まで様々な教育が受けられるのだ。
無論、娼婦として働くことに嫌悪を示し、ボイコットするような女も当然いるが、そういった者はここでは生きていけない。
再教育を受けさせられたあと、それでも無理なら、水軍衆での仕事が与えられることになる。
要は船に乗せられて半強制的に、というわけだ。
無理やり連れてきて嫌なことを強制される女たちには気の毒かもしれないが、
そもそも、こんな時代にありえないほどの教育を受けられるチャンスを与えているのだ。
それだけでも、感謝されてしかるべきだとも考えている。
「で、聖の方は?」
「そちらはいささか問題も出ておりますね。
教員の数が少なすぎるという悲鳴が聞こえてくるそうです。」
「あぁ、それはなぁ・・」
聖の館は、孤児や娼館で生まれた子供を預かり養育する施設だ。
桜華学校の教員も兼ねている。
だが、教育に携わる者の数が逼迫し、かなり大変な目に遭っている様だった。
「評判の方はどうだ?手柄を上げた者には、"身請け"で優遇するなどしておるのじゃろ?」
「えぇ、評判ですよ。那古野勤の者などは、ここにいけば外の娼館など怖くて利用できない。などと言うほどでして」
「あぁ、なるほどの」
織田の桜の館では従業員全員の健康管理がしっかりされている。
ただこれは、織田の領兵も同じで、特に性病などは毎月注意事項として全員にその恐ろしさが通知されている。
抗菌薬も作られてはいるが、量が少なく、全員には到底行き渡らないからだ。
そのため、桜の館は変な病をもらうことのない安心安全の娼館として、織田家に勤める者からは重宝されていた。
また、織田家では、毎月の給与とともに僅かな食料と"桜の館優待券"が配られる。
この優待券は、織田勤めの者への福利厚生として支給されていた。
こういったこともあり、織田家の兵は訓練が過剰でも逃げ出す兵はほとんどいなかったのであった。
また、専門の略奪部隊を除き、勝手な略奪を行わない世界初の兵隊でもあるのだった。
「この案は、なかなかうまく行ったな。・・・しかし」
俺は、娼館と児院といううまく行った案に笑顔を示しつつ、今度は面倒そうな案件へと目を向ける。
「・・・武田からか」
「えぇ。救援要請などでなければ良いのですがね。」
その時、京と近江の維持に苦戦する武田家からの使者が、織田家に来ていたのだった。
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───那古野神宮城、謁見の間(大広間)
武田家の重臣:穴山梅雪と将軍家からの使者:細川藤孝が織田家へと訪問していた。
「尾張守殿におかれましては、益々ご清祥のことと存じ上げます。」
「尾張守殿の御盛名、我らの下にも頻繁に届いておりまする。」
何をみたのか、はたまた、これからの頼み事に対する緊張からか、両名は冷や汗を流しつつ俺に対し挨拶をした。
「いえいえ、武田家のご英明こちらも聞き及んでおりまする。
それに、将軍家の方は災難でありましたな。」
正直、こいつらには欠片も興味がないので、返す挨拶も適当だ。
京から敗走しておいて、ご英明もク◯もないというのに。
それからも、長々と挨拶を続けようとしていた2人に声をかけ、用件を聞く。
「いやいや幕府の官職一つ持っておらん田舎武者にございまする。
して、本日はどの様なご用件で?」
親父殿(信秀)も同席しているが、横で饅頭を食いながら面白そうに見物しているだけ。
実に楽しそうだ。できるなら、俺もそちらへいきたい。
「はっ、・・・単刀直入に申し上げます。
我が主:武田義信より、織田家へ支援要請でございます」
穴山は、そういうと俺に対し頭を下げる。
「我が主人も尾張守殿の参戦を望んでおられる。どうか、助けてはくれないだろか?」
見返りも何も無いのにこれだ。
図々しいにも程があるク◯共だ。
しかし、こいつらが言ってきているのはあくまでも"支援"
支援でいいならいくらでもくれてやろう。
「参戦は困るな。織田としても近隣との付き合いがある故。」
「それは!」「だが」
「だが、支援ならよい。というより、わしが出て仕舞えば武田の面子を潰してしまう故な。
武田は今苦難の時であろう。それを越えればあとはきっと極楽であろうよ。
わしの手で、その芽を摘み取る気はない」
「・・・・・」
細川は、武田の面子にまで思い至らなかったのか、はたまたわかった上で参戦を求めたのか、
それはわからないが、俺の言葉に沈黙を返してきた。
「尾張守様、ありがとうございます。感謝いたします。」
「あぁ、あとで目録を届けさせる。あぁ、そうそう。」
「は、まだ何か・・?」
穴山梅雪は、俺の言葉に首を傾げつつ聞いてきた。
「金を対価に頂ければ、支援の量を増やすと。武田殿には伝えていただけぬか?」
武田家は、近江はともかく、美濃や飛騨、越前などではほとんど利を得られていない。
というより、持ち出しが過ぎて完全な赤字経営になってしまっている。
そんな中の支援要請と対価の要求だ。
穴山の胸中は苦いものでいっぱいだろう。
細川藤孝も『織田の参戦はない』という報告をしなければならないという暗澹たる思いを抱えつつ主人の元へと帰還するのだった。
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───数日後
織田領から運び出された大量の物資が、朽木の武田陣営、そして信濃へと届けられた。
そこには、
・塩
・米
・麦
・牛蒡
・茶
・油
・木綿
・硝子の小瓶(果物や肉の煮込み)
・干し魚
・石鹸
など幅広い品が、道を埋め尽くすほどの荷車と共に運ばれていた。
三好も妨害を企てたが、織田の守兵と武田の精兵の前になす術もなかった。
武田の将兵は、届いた物資に歓喜した。
特に、硝子の瓶に詰められた果物や肉は、戦陣の食とは思えぬほどの美味であり、彼らの士気を大いに高めた。
───また、以降武田家は、金山から金がなくなるまで採掘を続け、その金を織田との取引で使い果たすのであった。
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