人類最強
巴が翔の隣でテレビを見ている。
ここはリビング、巴が来るまで翔が滅多に足を踏み入れることの無かった場所だ。その事実を知ったとき巴は一言、
「変なの」
と言い放ったものだ。
とはいえ、巴もリビングでくつろぐことは少ない。天星家の両親が外出している隙を狙ってはノコノコと部屋から出て、テレビの前に陣取る。そしてその時に翔も一緒に引っ張り出さないことには気が済まないようである。今日も翔の両親が外出するや否や、レポート提出日のせまる翔を引っ張り出し、テレビを見始めた。
というわけで、引っ張り出された翔は巴の隣でレポートをしていた。正直な話、翔はレポートが好きではない。書いているうちにすぐに行き詰まるからだ。何を書きたいのかが自分で判らなくなってくる。
「うーん…」
悩んでいる様子の翔に巴はテレビから目を離さずに反応した。
「どしたの?」
「レポート」
「ご苦労様」
もちろんテレビを見たままであった。
「他人事だな…」
「他人事だもん」
「…」
「あんた真面目すぎるのよ、さっさとやりなさい」
CMが始まり巴はようやく翔に興味を向けた。
「真面目なことも無いと思うが」
「どうせ何書きたいのか判らなくなってくるんでしょ」
何で判るんだ、と言いかけてやめた。
「やっぱり」
と言われるのが恥ずかしい。代わりに翔は質問を投げかけた。
「巴は…そんなことないのか」
「まず書きたいことがないもの。有名な人が書いた本何冊か読んで、紹介して、ぴゃっと自分の意見を付け加えるだけ」
「なんだ…お前なら面白い意見でも言えそうなのに」
「あら、ありがと。でも駄目よ、私は有名じゃないもの」
「有名じゃない?」
「有名じゃない奴が斬新な発想を持ってきても根拠がないから駄目だ、って言われるのよ」
「そりゃ根拠がなけりゃ…」
「でも偉い人が書いた著作の中には、何だこれ、根拠ないじゃないか、っていうのわりと多いのよ」
「ふーん…?そうなのか?」
「少なくとも私はそう思ってる。でも私が一番言いたいのは下っ端が何言っても駄目よ、ってことね」
「そういう話だったのか?」
「自分の意見通したかったら従順なふりして権力者に持ち上げられて権力握ってから自分の意見を言う事ね。でないといつまで経っても下っ端のままよ。誰でも自分の今まで築きあげたものが下から否定されて変わっていくことには反発するから。特に年寄りはね…」
「俺のレポートの話は…」
「頑張りなさいよ」
「…そうですね」
「あ、テレビ始まったから黙って」
「…」
ここは返事もせずに大人しく黙る方が巴が喜ぶだろうと思い、翔は再びレポート提出のため頭を悩ませた。もちろん今度はテレビを見ている巴に気遣って黙って作業を進めることにした。
「うーん…」
ところが、巴の方からこんな声が漏れた。
「…」
どうした?と聞く前に巴の顔色をうかがい、今発言してもいいかを確かめた。そして未だ巴の黒い眼がテレビに釘付けなのを見て翔も画面に目を移した。
「……。ボクシング?」
そう、巴は格闘技を見ていた。スポーツ観戦が好きなのは翔も知っていたが格闘技を見ることは知らなかった。
「ボクシングじゃなくて総合格闘技よ…」
まだ眼と意識はテレビに奪われながらも巴は翔の疑問に答えてくれた。喋りかけること自体に不快感を表さなかった巴に安心し、翔は先程の疑問をぶつけてみた。
「どうかしたのか?」
「うーん…なんかね」
「うん」
「うーん…」
意識がテレビに集中していてあまり会話にはならないようだ。黙って、とは喋りかけられても会話はできないということか。そうと気づいて翔がレポートに戻ろうとしたとき、
「何かね、おかしい気がするのよ」
巴のはっきりした声が聞こえた。どうやらCMが始まったらしい。
「何が?」
「こういうのってね、人類最強を決めるための戦いとか言ったりするじゃない?」
「うん」
「でも人類最強っていってもゴリラには勝てないじゃない」
「うん?まぁ、確かに」
「せっかく進化したのに進化しなかった方がこの人達にはよかったんじゃないかしら」
「判らないでもないような…」
「残念ね」
普通は人間のままで最強を目指すことに意味があるんだ、と考えるところだが、ヒトという生き物に特別の尊厳も何も感じていない巴からすれば、それは「残念」でしかないのだろう。それが判って翔はふっと微笑した。そしてリモコンに手を伸ばす。
(何するのかしら)
とこっちを見る巴と眼を合わせて翔はテレビの音量を上げた。
「レポートできるよ」
何しろ巴は隣に座っている翔にすら何の番組を見ているのか判らない程小さい音でテレビを見ていたからだ。
じゃあ部屋から引っ張り出さなきゃいいのにな、と思うのは私だけでしょうか。
久しぶりですがこれからちょこちょこ更新できたら…。




