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「――褒賞金?」
「または口止め料とでも言い直せますね」
場所は汚い酒場。町に入るやいなや桜花は適当な酒場に入ると忙しそうに店内を駆ける給仕のお姉さんに注文し空いた卓に着席。
運ばれてきたのは肉を焼いただけの粗雑な料理と葡萄酒にパン。質素だが久しぶりのまともな食事だった。
手慣れた一連の所作は【流浪の剣士 桜花】のカードテキストにもあった数多の旅の経験からなのだろうか。
聞きたい事が山ほどあったが二日ぶりのまともな食事以上に優先はされず、俺は出てきたそれらを速攻で貪った。
味は……正直なとこ、空腹という最大のスパイスが無ければ厳しいもの。
筋だらけのしょっぱい肉に石のように硬いパン。
ネットの批評サイトなら☆1つけば御の字ってレベル。だが空腹の俺にはむちゃくちゃ美味く感じた。
当然、未成年だから葡萄酒はスルー。
桜花は普通に飲んでたけど、俺は壁に掛けられた木板のメニューを見て果実水を別途注文。
異世界の文字を読めるのがこの段階で判明。
ミエル、爺さん、門番のおっさん達、普通に会話が成立するのは理解してたが、文字まで日本語変換で読めてホッとした。
腹が満たされてからようやく桜花と話した。
そこで門番のおっさんとの謎なやり取りについて聞くと褒賞金ってワードが飛び出してきたわけだ。
「野盗の被害が日に日に増加しているせいでこの辺りを治める藩主……ではありませんね、領主殿は相当悩まされていたそうです」
野盗の狙いは街道を行く商人や農夫。それも護衛を雇えない貧しい者を狙うそう。
「なんで、そんなこと知ってんの?」
「シヤン殿から聞きましたので。他にもこの国の情勢や、民の暮らしぶりなど必要と思える情報は収集済みです」
「へ、へぇー」
俺もミエル相手に試みようとしたがタイミングを逃して失敗したこの世界の情報収集。
桜花は爺さんと話して半日足らずで完遂したのか。
優秀過ぎるだろ。下手に脳筋タイプなモンスターを召喚しなくて良かった。
「でも、なんで貧しい人間を襲うかな。護衛がいても金持ち狙った方が儲かるだろうに」
「それです。それが厄介だったのです」
「うん?」
狙いは貧しい人間のみ。奪えても一日二日を暮らせる金か食物しか被害者は持っていなかった。
だが、野盗どもはそれでよかったのだと桜花は語ってくれた。
「何も豪遊するのが野盗の目的では無かったのです。一日を生きる糧を確実に得られる相手だけを選んだ。だから、村や商隊など大勢の人間がいて反撃されそうな相手には手を出さなかった」
これらは爺さんと門番のおっさんから聞いた情報を統合した仮説だそう。
でも、爺さんも出会った時に野盗に襲われたのかとすぐに心配してくれたし、あながち大きく外れてもなさそうだ。
「大商人等が被害に遭っていれば領主もこれを討伐せんと手勢を動かせたでしょう。しかし被害は貧しい者だけ」
これでは領主軍を動かす理由には弱く、それぞれの町や村の自警団なり、衛士なりに任せるしかなかったとか。
「……あ~」
なんかやるせない気持ちになった。
現代のお役所仕事みたいだ。被害が小さい内は手を出したくても出せません。
各自治体で解決してね。を下に下に擦りつけしてって、最後には警察じゃなく町内会が任されたみたいな理不尽さだ。
「界人が思っている通り、手をこまねいている内に被害は増え街道利用者が減り、最近では税収にも影響が出始めていたようです」
「確かにこんな立派な町があるのに街道では誰ともすれ違わなかったな」
後手後手にまわって被害拡大とはどこの世界でもお上は腰が重いようだ。
「だったらもう領主が軍を動かすしかないんじゃ?」
「えぇ、民からも不満が募り近々領主軍による討伐作戦が行われる……はずでした。つい、先ほどまでは」
桜花はこれ見よがしに革袋を卓の上に置いた。
片手で掴めるくらいのサイズだが、中にはぎっしり硬貨が詰まってて重い音を立ててる。
「これまで捕らえられなかったのは奴等が臆病で慎重だったからです。誰にも住み処を悟られず潜み続けられたから。ですが、その住み処を知る者がいれば?」
縛りあげた野盗達の顔が鮮明に浮かんだ。
褒賞金とはつまりそういう意味だった。
「話しはここで終わりにしましょう。もう日も完全に暮れました。酒場の二階が宿になってるそうですし今日は休みましょう。部屋を取ってきます」
「あ、あのさ」
そそくさとその場からいなくなろうとする桜花を俺は引き止めた。
「それじゃ口止め料って、いったいどういう意味なんだ?」
桜花はしばらく何も言わなかった。
でも、少ししてから重い口を開いた。
「門番の衛士、あの二人に関わる話しを我々が今後みだりにしない。それを約束して得た対価です。然るべき場にあの罪人共を連れだっても結果は変わらなかった」
俺に背を向け吐き捨てるように桜花は言った。
「故に、互いに利となる取引をしたまでです。界人が気に留めることではありません」