12
「――おい、聞こえとるか?」
ペチペチと頬を叩かれる感触と聞き慣れない嗄れた声で俺は目を覚ました。
「おい、おーい、聞こえておるか?」
「ぁ、あぁ、はいはい……はい、うん」
身体を揺らされて、朝特有の冷え込む空気を意識できるまで意識が覚醒したところで、生返事をやめて飛び起きた。
「……え、だ、誰?」
シンジでもミエルでもない老いた声にやっと驚く。
「はは、なんだ元気じゃあないか。行き倒れかと思って心配したがその分なら大丈夫そうだ」
目の前にいたのはいかにも人の良さそうな爺さんだった。
ミエルと同様に俺から見れば時代錯誤なみすぼらしい格好をしてた。
「お前さん、いったいどうしたんだ。こんな場所でろくな荷物も持たずに眠ってるなんて。てっきり、ワシは野盗にでも会ったのかと思っとったよ」
なるほど、俺達は端から見るとそう見えるのか。
確かに誰一人としてまともな荷物を持ってない。
森で出会ったガルムのような化物がいる世界だ。武器やらなにやらを持たずに野宿してたらそりゃ心配もされるよな。
「心配してくれて、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから。こう見えて俺、召喚士なんで問題ありません」
「ほう、召喚士とな。どーりでおかしな格好をしてると思った」
はい、二人目ー。
ミエルに続いて二人目のおかしな格好してる発言きましたー。
これはもうエタウィの町についたら、服を買わんといかんな。
下手に目立つと余計なトラブルに巻き込まれかねないし。
無一文だけど手持ちの品と物々交換とかでなんとかならないかな?
「はい、俺と友人のシンジが召喚士でミエルはただの村娘で」
「なんだ仲間がおるのか。一人きりで寝とって心配していたんだが余計なお世話だったかの」
「…………へ?」
言ってる意味がわからずゆっくり周囲を見渡す。
近くの焚き火から炎は消え失せ、白煙だけが立ち上っている。
俺達三人は昨夜までそれを囲んでたはずなのにその場に二人の姿は無かった。
「……シンジ? ミエル? 悪ふざけはやめろよ」
立ち上がってより遠くまで周囲を見渡す。
広大な草の海に人影なんて見つけられない。
拓けてる街道には爺さんが乗ってきたであろうボロい馬車があるだけだった。
「はっ、はっ、はっ、ハっ…………」
早朝の寒さとは関係なく全身から血の気が失せ背筋に極大の寒気が走る。
動悸が激しくなり呼吸まで苦しくなってきた。
「おい、お前さん大丈夫なのか? 突然どうしたってんだ」
爺さんに話しかけられたが答えなかった。
いまは二人を探すのがなによりも……
「シンジ! ミエル! おい、どこだ!」
二人の名前を何度も叫んだ。
でも、状況はなにも変わらない。
ドッキリか何かを疑ったがそんなわけなかった。
いくら呼んでも、いくら探しても、二人は見つからなかった。
「俺が寝てる間にガルムみたいな化物に襲われて」
いない理由を考えてみるも、それはあり得なかった。
熟睡してたとはいえ、すぐ近くで化物が二人を襲ってれば嫌でも気づく。
血痕や争った形跡も無いから爺さんが最初に言ってた野盗の線も薄い。
となると、最悪の想像が頭をよぎるが認めたくなかった。
「なあ、これはお前さんのかい?」
爺さんがまた話しかけてきた。
爺さんは俺がさっきまで寝てた場所を指差してた。
ボディバッグと【希望の龍卵】があってそれを指して聞いてきた。
「えぇ、俺の物で――」
だが、そこには昨夜寝る前までに無かった物があった。
この世界に飛ばされるとき一緒に持ってきてしまったリサイクルショップのプラスチックケース。
俺はふらふらと力無い足取りで近寄り中身を確認する。
二人で仕分けた有用なカード全てが綺麗に抜かれていた。
残されてたのはクズカードの山。
効果テキストの無いバニラモンスターと弱い魔法カードだけが詰まるプラスチックケース。
それを見てしまってはもう予想したなかでも最悪の結末を認めざるを得なかった。
「……シンジとミエルは俺を置いてったんだ」