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【閑話】 守り屋の朝

 

 カキンッ──カキンッ──カキンッ──


 清々しい朝に、なんとも似合わない金属音がこだまする。

「脇が甘い! もっと腰を落とせ!! 」

「お前こそ、足の動きがぎこちないぞ。鍛錬不足だな! 」

 続いて聞こえるのは、爽やかさの欠片もない暑苦しい怒号。

 激しく打ち鳴らされる金属音は、二人の青年が交える剣の音だった。


 捲し上げた隊服から、鍛え抜かれた腕がちらりと垣間見得る。

 だが、二人の青年は体型に似合わず、とても可愛らしい見た目をしていた。

 丸くてもふもふの尻尾に長い耳。

 一人は黒髪短髪で、もう一人は銀の髪を後ろでひとつに結んでいる。

 その二人に共通しているのは、褐色の肌と赤い瞳を持っていることだった。


 その二つはアルミラージ族の証である。

 そして今、早朝の鍛錬をしているのは、次期族長であるタウフィークと、族一の剣技をもつ男ハサン。

 次世代を背負う期待の星だ。


「そういえばっ……葉月が現世へ行ったというのは本当か? 」

「ああ。一昨日、本人から出発の手紙が届い……やぁっ! よし、これで613勝615敗だな、ハサン!! 」

 首に突きつけていた剣を下ろして、タウフィークは勝ち誇った表情で言った。

 まだお前負けてるじゃん、とその顔を睨みつけて、ハサンはどかりとその場に座った。


「じゃあ、無事なんだな? 」

「さあね」

 不機嫌を隠すことなく尋ねるハサンに、タウフィークは肩をすくめてみせた。

「生きてはいるだろうけど、未知の世界に無事なんてものがあるのかは疑問だな」


 素っ気なくそう言ったタウフィークに、ハサンは意外そうに眉を上げた。

「お前にしては冷たいな。あんなに可愛がっていたのに」

「今だって可愛い弟さ。でも、最近は少し見方が変わったかもしれないな」

「へぇ、どんな風に? 」

 興味深げに尋ねるハサンの隣に座り、タウフィークは青空を見上げた。


「ちゃんと男だったんだなって……」

 そう呟けば、ハサンは物凄い形相で振り返った。

「おまっ、まさか葉月のことを女のように見ていて、それで──」

 ハッと息を飲んで、大袈裟にリアクションするハサン。

 言わんとすることがわかって、タウフィークはギロリとハサンを睨んだ。


「違う! 断じて違う!! 俺はボインで背の低い女(・)の(・)子(・)が好きなんだ!! 」

「………………」

 冗談だと分かっていても、大声で捲し立てるタウフィークに、ハサンは呆れ顔だ。

 気を取り直すために、タウフィークはゴホンと咳払いを一つ。

  「あいつ、体を張って女を守りきったんだ。それを間近で見ていたらさ、頼もしくなったなぁって思って」


 その言葉に、ハサンは「ああ」と呟いた。

「アッシャー家に狙われていた人間だろ、その女の子。5日前にお前が捕まえて、今牢獄にいる……セドリックだっけ? そいつ、結局どうなったんだ? 」

「結局、10年の懲役と苗字剥奪が決まったらしい」

 タウフィークの言葉に、ハサンは思い切り眉を寄せた。

「容赦ないな」


 ポツリと呟かれたそれは、実の所、タウフィークも感じたことだった。

 懲役については文句はない。

 転送地点の過誤を隠蔽したのだから、それくらいあって当然だ。

 しかし、苗字剥奪については驚いた。


 苗字無しというのは、つまり野妖になるということだ。

 財産を失い、家を失い、地位を失う。

 野妖に成り下がった者の末路は恐ろしい。

 食べ物にありつくためだけに生きる日々、周囲から後ろ指を指され続ける人生。

 そんな毎日が辛くて、自ら命を投げ出す者もいるくらいだ。


「なんで──」

 なんでこんなに罰が重くなったんだ、と言おうとして、タウフィークは口を閉ざした。

「王権」を振りかざす中年男性の姿が頭をよぎったからだ。


 結奈を助けに行く日の前日、タウフィークは葉月に連れられて、黄泉の王に会った。

 葉月が王様の専属薬師であったことにも勿論驚いたが、それ以上に吃驚(びっくり)したのは、王様の威厳のなさだった。

 貴族は傲慢(ごうまん)だと、そういう認識をしていたのだが、王様は人の話をきちんと聞いて、手早く話をまとめてしまった。


 威厳がないというよりは、飾らない性格なのだろう。

 そして、味方に甘い。

 葉月が

「助けたい人がいる」

 と言っただけで、簡単に頼みを了承してくれたくらいに。

 今回もその王様が関係していそうに思えて、タウフィークはそっと苦笑した。


「おかげで助かったんだし、まぁいっか」

 その呟きが、風によって流されていく。

 風音で聞こえなかったのか、ハサンが耳をピクリと動かした。

「ん? なんだって? 」

 少し大きめの声で尋ねられ、タウフィークは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。

「なんでもない! ほら、ハサン。もうひと勝負だ! 」


 ──タウフィークは今日も剣を振るう。

 遠い世界へ行った弟を思いながら。


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