帰還
私達は中庭を突っ切り、温室のような所へ入った。
ガラス張りのそこは、上を見上げれば、満月と星空を一望できる。
(天体観測できそうだね)
私はそんなことを考えながら歩を進めた。
「遅かったな。もう準備はできたぞ」
何故かワイングラスを片手に寛いでいたレオドール様が、私たちに向けて言った。
時折私の方を見ては、グラスをクルクルと回す。
(あぁ、ビールを忘れるなよって意味か)
あれだけ衝撃を受けたのだ。
忘れるはずないのだが。
レオドール様から視線を外せば、自然と私の目は転送機に向かった。
バードバスのように水を張った盤で、月光を浴びた水が虹色に輝いている。
「では始めようか。アーロン、頼んだよ」
「かしこまりました、レオドール様」
アーロンと呼ばれた男性が、恭しくレオドール様に一礼して前に出た。
20歳半ばほどの青年で、フードのついた紫のローブを着込んでいる。
魔女が被っているようなとんがり帽子があれば、彼は完全に魔法使いに見えただろう。
アーロンさんは水盤に手をかざし、そっと目を閉じた。
一瞬の空白の後、七色の光が揺らぎ始める。
ザザン、ザザン、と音を立てるそれは、まるで海のさざ波のようだ。
大きく波打つ水が、外へ溢れ出そうなほど高くなったとき。
眩いほどの金の光が、私達の視界を白く染めた。
目を開けているのかすら分からない中、左手に何かが当たった。
温かいそれは、そっと私の手を包み込む。
(手……? 葉月さんかな? )
私はその手を握り返して目を閉じた。
段々朦朧としてくる意識の中で、僅かにレオドール様の声が聞こえる。
「また会おう! 交渉は任せてくれ。それと、ビールを頼むぞ! 」
その言葉を最後に、私は完全に意識をなくした。
「……奈さん! 結奈さん、起きてください! 」
「…………ん? 」
私は聞き慣れた声を頼りに、目を開けた。
起きたての霞んだ目に映るのは、覗き込む狐耳のシルエット。
「葉月さん」
私がぼんやりと呟けば、そのシルエットは形を成し、にこやかに微笑みを浮かべた。
目を擦りながら体を起こせば、私は草の上に寝そべっていたことがわかった。
「本当に……帰ってきたんだ」
唖然と呟いて、私は辺りを見回す。
常世に転送させられる前に歩いていた河川敷だ。
あの頃と違うのは、時刻が真夜中であること。
それと、季節。
舞っていた桜はどこにもない。
蝉の大合唱と、もわんとした熱気は、まさに夏のそれである。
夏のはじまり。
そして、葉月さんとの現世生活のはじまり。
果たしてどんな日々が待ち受けているのだろうか。
私は期待と不安を胸に、星空を見上げた。




