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三つの問題

 

「すみません、もう一度言って貰えますか? 」


 自慢の耳を疑って、そう聞き返すのは、ベッドの上で休んでいた葉月さんだ。

 上半身を起こして座っていた葉月さんは、あんぐりと口を開けて、並んで椅子に座っている私とレオドール様を見比べている。


「ですから、レオドール様がきちんと神様と交渉出来るまで、私はここに残ることになったんです」

「え……? 」

 やはり理解できなかったらしい。

 いつもより瞬きが多く、目も忙しなく揺れている。

(相当疲れているのかな? 普段の葉月さんなら、もっと早く理解するだろうに)

 昨日よりも更に血色の悪い葉月さんを見て、私は痛む胸をそっと押さえた。


「ええっと、つまり……結奈さんとレオドール様が交渉して、その条件というのがビールを買うことで……ん? ビール……? ビールって現世の? んん? 」

 珍しく頭を抱えて考え込む葉月さん。

 何故だかビールに引っ掛かりを覚えているようだが、重要なのはそこじゃない。

「簡潔に言いますと、私、今日は現世に帰りません」

 なんだか本のタイトルみたいになってしまったが、つまりはそういう事だ。


 私の言葉を噛み砕いて飲み込んだ葉月さんが、ようやく合点のいった顔をした。

 そして、表情は一転。

 葉月さんは厳しい顔つきになった。


「今日を逃したら、次の満月は約一月後です。その間に何かあったらどうするのですか? レオドール様は人間を食べる方ではありませんが、この屋敷に出入りする妖は沢山いるのです。そんな危険な場所に、私はあなたに居て欲しくありません」


 葉月さんの言い分は理解出来る。

 確かに、いくらセドリックからの脅威は無くなったとはいえ、この世界にいる限り危険はついて回る。

 でも──

「嫌です! このまま現世に帰って、葉月さんは無事なのか、と日々悶々として生きるなんて、そんなの苦しいだけです!! 」


 ぐぬぬっと二人で睨み合っていると、空気と化していたレオドール様が、重くため息をついた。

「ならば、2人とも下界に行けばよかろう」

「え? 」

 私と葉月さんの声がピタリと重なる。

 私たちは、顔を見合わせて首を傾げた。


 そんな私たちを後目(しりめ)に、レオドール様は続ける。

「葉月は結奈に安全な場所で暮らして欲しい。結奈は葉月の無事を知りたい。ならば、葉月は結奈と共に下界で待機し、私の連絡を待てば良い。下界は神力も妖力も届かぬ世界。呪いも効かぬのではないか? 」

 まさに目からウロコ。


「それは……思いつきませんでした。確かにそれは良いですね! 葉月さん、どうですか? 」

 希望が見えた気がして、私は笑顔で尋ねた。

「どう……でしょう。確かに現世へ行けば、呪いは止まると思います。けれど、また別の問題が生じるかと」

 暗い表情でそう述べた葉月さんだが、生憎私には思い浮かばな。


「別の問題ですか? 」

「ええ、3つほど。1つは、あちらで生きていくためのお金です。現世と常世では種類が違いますから、つまり私は無一文ということになります。現世で漢方薬局を開く訳にも行きませんし」

 なるほど、と私は手を打った。

 私に誰かを養うほどの財力はないので、確かにそれは困る。

 ──かたじけない。


 だが、その問題の解決は案外簡単だ。

 私は葉月さんにニコリと笑いかけた。

「大丈夫です、葉月さん! 常世のお金は全て貴金属買取店で買い取ってもらえばいいんですよ。金貨1つあれば、十分現世で生きていけると思います」

 しかし、葉月さんの表情は未だ浮かない。


「あの、とても言い難いのですが……私、もう既に全財産を手放してしまいました」

「えぇ!? だ、誰に!? 」

 予想の斜め上に行く回答に、私は思わず身を乗り出して聞いた。

「タウフィークに。彼のことですし、事情を話せば返してくれると思いますが……黄泉と桃源郷を行き来するとなると、間違いなく間に合わないでしょう」


(いつの間に! 葉月さん、前から仕事が早いと思っていたけど、ここまでだったとは……ん? タウフィークさんといえば……何か忘れているような……? )

「あっ!! 」

 シャボン玉が弾けるような衝撃を受けて、私はガタリと音を立てて立ち上がった。


 何事だと目を見開く2人を置いて、私は自分の部屋に走る。

 そして、チェストに入っていたネグリジェを取り出した。

 袖のポケットから出てきたのは、タウフィークさんから渡された巾着袋。

(葉月さんに何かあったら渡せって言っていたけど、明らかに今は異常事態だよね? )

 ずしりと重たい袋を握って、私は踵を返した。


「あの! これ、何かあったら渡すようにと、タウフィークさんから預かっていたものなんです。中身は見ていないんですけど、何か役立てるかも」

 そう言って手渡せば、葉月さんは中身を確認してすぐに、長い息を吐いた。


「予想していたのか」

 小さくそう呟き、葉月さんは苦笑交じりの顔を上げた。

「どうやら、1つ目の問題は解決しそうです」


 巾着袋の中身は、大量の金貨だった。


タウフィークさん素敵です!

巾着袋の中身がようやく出てきました。

……金貨がずっしりかぁ。いいなぁ。


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