レオドールからの提案
朝の4時ちょうど。
まだカラスも眠っているこの時刻に、私は目を閉じたままガバリと起き上がった。
続いて、競技かるたの選手の如くサイドテーブルに置かれた目覚まし時計を止める。
重たい瞼をこじ開ければ、私の起床は完了だ。
正直寝足りないのだが、今日は決戦の日である。
作戦を綿密に立てなくては。
私は、用意されていた服を手にし、バスルームへ向かった。
パパッとシャワーを浴びて、備え付けのボディーミルクを、足の先まで念入りに付ける。
青の大人びたワンピースを身にまとう。
乾かした髪は丁寧にブラシングし、香り付きのオイルをつけた。
この世界に来て1ヶ月弱。
髪の毛は肩の下まで伸びている。
私はその髪をハーフアップにまとめると、白い花飾りをつけた。
「うん、完璧! 」
鏡に映った私は、見た目だけでいえば気品溢れるお嬢様だ。見た目だけは。
ふわりとなびくワンピースは、まるで蝶が舞うように優雅で心が踊る。
次に私は、レオドール様の執務室へ向かった。
支度を終えた時点で6時を回っていたので、恐らく居るだろう。
ノックを3回。
すぐにレオドール様はドアを開けてくれた。
「おや、人間のお嬢さん。こんなに粧し込んで、私に何用かな? 」
物腰柔らかに迎えられて、私は恐縮しつつ部屋に入った。
勧められるがままにソファーへ腰掛けると、レオドール様は何かを察したらしく、「なるほど」と呟いた。
「其方、葉月のかけられた呪いについて知ってしまったな? 」
「えっ? 何で分かるんですか? というより、何で葉月さんの呪いをあなたが知っているんですか? 」
素っ頓狂な声をあげれば、レオドール様は愉快そうに笑った。
「葉月のことは当然知っている。私を誰だと思っている? 」
──黄泉の王です。
私は苦笑しつつ、肩を竦めた。
「愚問でしたね。すみません」
「まあいいさ。それで、どうして欲しい? 何か要求があってここに来たのだろう? 」
使用人のいれた紅茶を手に、レオドール様は私に問うた。
「その……要求というか、相談なんですが」
「ほぉ。聞こうか」
「ありがとうございます。えっと……私、葉月さんを助けたいんです。ですから、葉月さんの呪いを解くよう、神様に直談判を──」
「待て」
直談判をしたいと持ちかければ、レオドール様に止められてしまった。
とても嫌そうな顔をしている。
レオドール様はため息をついて、頭をガシガシと掻き回した。
「言いたいことはわかった。王である私にお願いするのも間違っていない」
「では! 」
期待に身を乗り出す私に、レオドール様は首を振った。
「だが、根本的に間違っている。よく考えてみろ。神は、あの葉月でさえ敵わないお方なのだ。人間のお前にどうこうできる相手ではなかろう」
「うぐっ」
正論という名の矢が心に刺さる。
「それに、葉月のあの様子では、もうほとんど神力は残っていないだろう。あれはもう長くはないぞ。其方が神の屋敷にたどり着く前に、もう手遅れだ」
「そんな……」
残酷な事実が追加の矢として降りかかる。
朝早くから気合を入れて身支度していた私は、ガクリと肩を落とした。
「じゃあ、どうすれば……」
「私が行こう」
「え? 」
驚いて顔を上げた私に、レオドール様はニヤリと笑みを見せた。
「私ならば神と直接交渉するほどの権力がある。成功を約束しよう」
「……代償は何ですか? 」
うまい話には裏がある。
瞬時に身構える私に、レオドール様は口角を上げた。
「ふっ、話が早くて助かる。そうだな……現世のビールとやらを頂こうか」
(……誰か翻訳お願いします)
聞き間違いか、それともレオドール様のいう「ビール」が私の知っているものと違うのか。
真剣に悩み始めたところで、レオドール様は眉を下げて悲しそうな顔をした。
「……ビールは難しそうか? それほど高価なものであるのなら、お金だけは渡すが」
「あ、いえ! そうではなくて……ビールってお酒のことで合っていますか? 麦を原料とした? 」
恐る恐る聞いてみれば、レオドール様の表情はパッと明るくなった。
「そう、それだ。確かそのように聞いている! 買ってきてもらえるか? 」
「は、はぁ。それで葉月さんが助かるのなら」
週末のお父さんのような台詞に、私の中でレオドール様の印象は全く別物になってしまった。
交渉成立だとウキウキしている様など、とても一国の王には見えない。
因みに、後に聞いた話では、地獄の視察をしていた際に人間が「ビール飲みてぇ」と漏らしていたのを聞いて興味を持ったとか。
彼の中でビールとは、【死んでもなお飲みたくなる逸品】という認識になってしまったようだ。
実物を飲んで、彼は一体どう思うのだろうか。
(よくわからないけど、本人たっての希望だし……別にいいよね? )
私は嬉しそうな王様から、そっと目を逸らした。




