呪印
話は終わりとばかりに口を閉ざす葉月さんに、私はずいっと一歩近づいた。
「本当にそれだけですか? 」
「……と、いいますと? 」
「だって葉月さん、肝心な私の質問に答えてくれていませんよ! 何故葉月さんは倒れてしまったのか、ここまで来たら全て教えていただきます!! 」
しかし、葉月さんは頑なに首を振った。
「結奈さん……これ以上はあなたが知る必要のないことです。あなたは、帰ることだけを考えていれば良い」
その言葉に、喉が締め付けられた。
一月以上も共に時を過ごしたのに、あまりにも他人行儀な言い方だ。
暴れ回る感情に溺れそうで、私は一度目を伏せた。
そして、絞り出すように呟く。
「そんなに……私は頼りないですか? 自分のことしか考えられないような、そんな小さな器に見えますか? 」
「え……? 結奈さん? 何を言って──」
「私は葉月さんに沢山助けてもらいました。両親を守ろうとしてくれたことにも感謝しています。今度は私が、葉月さんを助けたいんです! 」
今まで、こんなに声を荒らげたことがあっただろうか。
私は空間に響き渡るような声量で、目一杯主張した。
葉月さんは僅かに目を見開いたあと、ふっと小さな笑みを浮かべた。
諦めたような、困ったような、今まで見たことの無いほど幼い微笑み。
まるで、貼り付けていた仮面が取り払われたような、そんな表情だった。
「結奈さんには敵いませんね。わかりました。教えましょう。呪印の、本当の力を」
私はゴクリと喉を鳴らして頷いた。
「私にかけられた呪いは二つ。1つ目は、先程言った、神力の流出を制限するものです。しかし、それはとても脆い呪いでした。私が本気になれば、すぐにでも壊れるでしょう」
「え? それじゃあ、罰の意味が無いですよね」
何故そんなものを? と眉を寄せる私に、葉月さんはコクリと頷いた。
「そうです。だから神様は、二つ目の呪いをかけたのです。一つ目の呪いが壊れた時、それは発動します」
「……その呪いは? 」
心臓をそっと押さえながら、私は聞いた。
「神力を体から引き出す呪い。その体から神力が無くなるまで、永遠に止まらない呪いです。私は……既に発動させてしまった」
静かに告げられたその言葉に、私は絶句した。
神力が無くなるという意味が何を指しているのか、瞬時にわかったからだ。
神力の消滅とは、つまり死を意味する。
私は悔しさと怒りを覚えて、拳を握った。
「そんな……そんなの、全然厳罰じゃない。だって葉月さん、被害者じゃないですか! どうしてそんな目に──」
「結奈さん」
私の声を遮って、葉月さんは柔らかく笑った。
「あなたがそうやって怒ってくださるだけで、私はもう十分ですよ。それに、私はそれ相応の過ちをしてしまいました。当然の報いです」
私は何かを言おうとして、口を閉じた。
今私が声を荒らげたって、状況は何も変わらない。
ただ葉月さんを困らせるだけである。
葉月さんが、肩を落とした私の手をとって、笑いかけた。
「そろそろ帰りましょう」
私はその言葉に、小さく頷いた。
葉月さんの記憶を見た日の夜。
私はベッドの上で、何度目かのため息をついた。
窓から見える月は、もうほとんど満ちている。
明日には立派な満月が見られるだろう。
(もう明日なのに……。葉月さんが言いたくなかった理由、やっとわかったよ。こうして私が悩む事を危惧していたんだね。後腐れなく現世に帰って欲しいからって)
記憶の中から戻ってきて、私は葉月さんと一度も会話することなく自室に戻った。
心と頭がいっぱいいっぱいだったのだ。
でも、落ち着いて考えてみれば、こうして葉月さんの思いも理解出来る。
そして、自分がどうしたいのかもわかった。
(……よし! こうなったら、私も覚悟を決めよう! )
私は一つ頷き、毛布を勢いよく引き寄せた。




