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葉月さんの過去 【壱】

 私は、セドリックに連れられて地下牢の薄暗い通路を歩いていた。

 その末端にある管理室に、葉月さんの過去を知る妖がいるらしい。


 コツン、コツンと足音を響かせると、牢の暗闇から「ひっ」と小さく息を呑む音が聞こえた。

 昨日は分からなかったが、どうやら捕まえられている人間は私だけではないようだ。

 物音はしないが、連なった牢からはどれも人の気配がしている。


「ねぇ、なんでここの人達にも部屋を貸してあげないの? 」


 そっと尋ねれば、セドリックは皮肉な笑みを寄越した。


「私は相手からの望みを叶えてやることはあるが、私から率先して聞くことは無い」

「……もう一つ質問。どうして魂をすぐには取り出さないの? 私みたいに神力が理由ではないんでしょう? 」


 本当は聞きたくないけれど、それでも必要な事のように思えて、私は聞いた。


「人魂の品質を保つには、できるだけ食べる直前までは取り出さない。釣った魚を水槽に入れると同じだ。食事も関係がある。肉体が細ければ甘みが弱くなるのだ。……そういうのを好む者もいるがな」


 しばらく歩くと、セドリックは足を止めた。

 天井の高い地下牢に建つ、小さな家。

 レンガ造りで、まるで童話に出てきそうな外見をしていた。

 オレンジの明かりが窓からこぼれ出ており、誰かの気配を感じる。

 セドリックはアーチ型のドアをノックして、その誰かに訪問を知らせた。


 ぼんやりと照らされた床に、シルエットの動く様子を映される。

 間を開けずに出てきたのは、杖をついた黒髪の男だった。

 見たところ、よわい四十といったところだろうか。

 右目は眼帯で覆われており、杖を持つ手はまだ若い。


「セドリック様ではありませんか」


 目を見開いて驚いていることから、セドリックがここに来ることはあまりないらしい。

 男はそれでも平静を保ち、快く入室を了解した。

 よろよろと覚束おぼつかない足を動かし、男はダイニングテーブルへと案内する。

 

「それで……この者は? 新しい部下ですか? 」


 椅子に腰を下ろして向かいあうと、男は早速私に目を向けた。


(そっか……妖によっては、人間か妖か見分けがつかない人もいるんだよね。今まであった黄泉の妖って、皆私の正体に気づいていたから、つい忘れちゃう)


 もしかしたら、自分はとっても悪運が強いのでは。

 そうため息をつく私など気にせず、セドリックは私のことを説明した。

 次いで、ここに来た目的についても話す。

 

 静かに聞いていた男は、葉月さんの名前を出すたびに、右目の眼帯をしきりに擦っている。


「霊狐……葉月……」


 小さく呻いた後、男はふっと息を吐いた。


「まずは、桃源郷の隠された事情を教えようか。人間には到底理解できないことだろうけれど」

 

 ──あちらの国には、稀に神様と同等の神力を持って生まれてくる赤子がいる。

 そういうやつらは、【偽神様にせがみさま】と呼ばれ、忌み嫌われる。

 そして例外なく、生まれて間もなくして殺される。

 力を暴走させる恐れがあるからだ。

 当然、そんな危険性のある子供を育てることは、死と背中合わせである。

 どの親も神力が強いとわかれば、政府直属の神力鑑定士の元へと測定してもらいに来る。

 そして、基準値を超えなかった者は制御装置を渡され、超えたものは殺されるのだという。

 

 ある日、とある霊狐の夫婦が、赤子を抱いて鑑定士の元へ尋ねてきた。

 どうやら、生まれた子供の神力が高かったようで、両親はとても怯えた顔をしていた。

 鑑定をしてみれば、その子供の神力は基準値を大きく上回っていた。


 普通は、どの親もそんな子供を育てずに済んでよかったと安堵するのだが、驚いたことに、偽神の両親は泣き崩れたそうだ。

『どんな子でも、大事な私達の子供なのです! 殺さないで……』

 そう言って。

 両親の怯えは己の赤子ではなく、鑑定士へのものだったのだと、そのとき初めてわかったそうだ。

 

 その鑑定をしていた妖は、とても優しくて気前のよい男だった。

 そして彼は、以前からこの方針に疑問を抱いていた妖だった。

 彼は赤子を守るように抱きしめている両親に、とても情が湧いたという。


『では、こっそり育てるのはどうでしょう。勿論このことは他言無用です。バレてしまえば、きっと殺されてしまうから。ですが、あなた方、霊狐一族ならば、きっと上手に育てることができるでしょう。私も微力ながらお力添えさせていただきます』


 鑑定士はとうとう、そう提案してしまった。

 

 こうして霊狐一族に【偽神様】が一人、加わった。

 後に【葉月】と名付けられ、その子は両親だけでなく、一族皆から愛されることになった。──

 

 話がひと段落したのか、眼帯の男は立ち上がり、茶を入れ始めた。

 私は必死に、話の内容を整理していく。


(葉月さんは、本当は死ぬべき存在だった……? )


 あんなに優しい葉月さんが。

 世界の不条理を垣間見て、私は唖然と目を伏せる。

 何も悪いことをしていない赤ちゃんを、この世界では平気に殺めてしまうのだ。

 不条理極まりない。

 

 置かれた茶に映る私の顔は、自分が思っていた以上に情けない表情をしていた。

 そんな私を、眼帯の男は冷めた目で見た。


「この制度は理に適っているよ。なにしろ、偽神様は起爆剤と同義だ。いつ爆発してもおかしくない」


 反論しようにも別の案が浮かばなくて、私は思わず顔を歪めた。

 代わりに小さく、「それでも葉月さんは生きているじゃない」と呟く。

 すると、眼帯の男は重くため息を吐いた。

 

「そうだ。霊狐一族は偽神様を見事、育ててみせた。……このことがバレたらどうなるか、想像はつくか? 」


 そう尋ねられて、私は横に首を振った。


「神の象徴である強大な神力を持つ者が、この世で二人になってしまう」


「あっ……」


 私は小さく声を漏らした。


 またひとつ、【不条理な背景】を見つけてしまった。

長くなりましたので、1度切ります。

仕組みから説明しないといけないので、本題は次回に書きますね。



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