交渉の末に
ひんやりとした廊下を歩いて、私は執務室の前までやってきた。
見張りの一人が両開きの扉を軽く叩き、入室の許可を問う。
中から「入れ」という返事を貰い、そっと扉を開けた。
「失礼します、セドリック様」
畏まって頭を垂れる二人の真ん中で、私は突っ立っていた。
執務の途中だったのだろう。
机で何かを書いていたセドリックが、私を見た途端に嫌そうな顔をした。
「お前か」
「こんばんは。少し相談があって来たの。いや、提案かな? 」
どっちが正しいのかな、と呟けば、どちらでも良いと一蹴されてしまった。
そのセドリックは、暗い地下牢の場所では分からなかったが、黒い隈を目に貼り付けている。
机の上には沢山の資料の山があり、忙しい身であることは良くわかった。
その忙しい仕事の内容が、人間の魂を売ることでなければ、思わずお茶を入れて肩を揉んでいたことだろう。
「私は忙しいのだ。さっさと話せ」
横柄な態度でそう言われ、私は背筋を伸ばした。
「少し小耳に挟んだんだけど、今薬が足りていないみたいね。知っていると思うけど、私は薬師の元で匿ってもらっていたの。そこで仕事を手伝っていた。そこで……桃源郷との通行口が開くまで、私が薬を作るっていうのはどうかなって思って」
一瞬部屋の中がシンと静まり返った後、後ろの見張りが苛立ちのこもった声をあげた。
「未熟者である貴様の作った薬を、セドリック様にお出しする気か? 無礼千万! そもそも、毒の入っているやもしれぬ物を、この屋敷の者が信用するとでも? 」
笑わせるな、と忌々しげに言う見張りだが、決定権はセドリックにある。
私はセドリックを真っ直ぐ見据えた。
恐らく今、セドリックは利益とリスクを推し量っているのだろう。
目を細めて、私の真意を見抜こうとしているのが分かる。
(もうひとふんばり、かな? )
私はぎゅっと拳を握り、身を乗り出した。
「材料と道具をそちらで用意してくれれば、毒を入れる隙はないでしょ。見張りの目の前で作れば尚のこと。悪い話ではないと思うんだけど」
黄泉の屋敷には、専属のために製薬道具を置いているところが多いと、葉月さんは言っていた。
それに、ここで採れた薬草を使えば、妖力たっぷりの最高級の薬が作れる。
更に、作る者が人間ともなれば、神力が混じらないため普段の薬よりも効果は倍増だろう。
そのことを主張すると、セドリックの目は明らかに迷いを見せた。
「……お前の要求は? 貴様にメリットの無い話であれば、それはつまり、私にもメリットの無い話となる」
あくまで信用する気はないらしい。
だが一理ある。
「私からの要求は、通行口が開くまでの命の保証です」
そう答えれば、セドリックは分かりやすく敵視した。
私のことを睨みつけて、探るように目を細める。
暫くして、ふっと小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「まさか、この期に及んで、アレが助けに来ると思っているのか? 」
(そう解釈するのか)
どうやら私は、客観的な視点を読み切れなかったようだ。
たしかにそう捉えることもできる。
だが、ここで素直に「先程お手紙が届きました」などと言えるわけが無い。
「どうでしょうね」
私は明確な答えを避けて、挑戦的な笑みをみせた。
まるで根拠の無い自信を持っている、というように。
そうすれば、益々セドリックが嘲笑した。
「可哀想なやつだ。貴様は知らないのだ。アレがいかに凶悪な妖であるのかを」
「……どういう意味? 」
【葉月さん】と【凶悪】の文字がイコールで結びつかなくて、私は無意識に眉を寄せた。
話の主導権を掴んだ手応えでも感じたのだろう。
セドリックは話を続けた。
「貴様が助けてもらった狐は、黄泉の妖を殺したことがある」
何の冗談だと思った。
あの優しさの化身のような葉月さんが、他人の命を殺めるなどあるはずがない。
疑わしい目を向ける私など気にもせず、セドリックは肩を竦めた。
「私とて、貴様を匿った妖がどのような者か、知らぬまま行動したりはしない。神力の量や職業、それから妖関係。あらゆることを調べる」
そこで一度話を切り、小さくため息をついた。
「だが、奴の生い立ちと家族についての情報だけは、いくら調べても出てこなかった。まるで……誰かの手によって、綿密に過去を抹消されたかのように」
「……だったらどうして、葉月さんが妖を殺したと思ったの? 」
葉月さんが妖殺し呼ばわりされていることが気に食わなくて、私は聞いた。
あなたの勝手な憶測では、という意を込めて。
セドリックはチラリと私を見たあと、席を立った。
「第三者より、当事者に聞いた方が早いだろう。ついて来い」
そう言いながら。




