幼少期の記憶
大きな屋敷に、大勢の霊狐たち。
その日は宴を開いており、とても賑わっていた。
私の隣には人間の夫婦がいて、楽しそうに笑っている。
「あぁ、これはあのときの……」
幸せだったあのときの記憶。
もっと見ていたいけれど、自分はこの先に何が起こるのか知っている。
見ていたい、でも見たくない。
幸せの壊れる瞬間を見ることが怖くて、私はそっと目を離した。
次の瞬間、景色が真っ赤に染まった。
泣き叫ぶ赤子達。
逃げ惑う子供達。
お札を使って応戦する大人達。
小さな手で夫婦を引っ張っていく自分を、私は同じ視点でぼんやりと眺めている。
不意に、その夫婦の手が離れていった。
その行動に驚いて振り返る自分。
今よりずっと低いその視線が、女性の口元を映した
『 ──! 』
『 ダメですよ! 一緒に逃げなくては! 』
幼い自分の声は聞こえても、女性の声は聞こえない。
何か大事なことを言われていた気がするのに、全く思い出せない。
……なんと言われたのだっけ?
チャリッと金属の擦れる音ともに映像が途切れ、また別の時空へと繋がった。
洋室に一人、自分が蹲っている。
今度は過去の自分から意識が離れたらしい。
第三者の目線となった。
暗くて広い、寂しい部屋に兎耳の少年が入ってきた。
「タウフィーク……」
薬草を採りにいくからと、ついさっき別れた親友だ。
『葉月! ちょっと匿え!! 』
『な……なに? 』
怯えた自分にタウフィークが笑いかける。
なぜか上半身裸で、その体には無数の切り傷があった。
『鍛錬で受けた傷を治療班に見せろって、父様が言うんだ。だから逃げてきた』
『なんで!? 駄目だよ、ちゃんと手当しないと。ばい菌が入っちゃうでしょう?』
『 だって消毒が沁みて痛いんだ。そんなに言うなら、お前がやってよ』
ムッとした顔でそう言い放つ。
なんと無茶な……。
そう思いつつ、懐かしさに胸がじんわり温かくなる。
そうだった。薬師になったきっかけは、タウフィークのこの一言からきていた。
あともうひとつ、なにかあった気がするけれど……。
ともかく、私はこの日から、タウの専属薬師となった。
治療班の見様見真似で始めた漢方薬師は、アルミラージ一族に引き取られていた私にとって、居場所を作る機会でもあった。
護衛から帰ってきたアルミラージ達の看病を、治療班に混ざって私も勝手出たり、薬草の余りを頂いて調合の練習をしたり。
アルミラージ一族の所有する図書室は、歴史書と医学書、薬学書が豊富に揃っていて、私は一日の殆どをそこで過ごすようになった。
そんな環境でがむしゃらに勉強したあの頃は、そうすることで考えないようにしていたのだ。
家族を、一族を失ったことについて。
もうこの世界のどこにも、霊狐の一族はいない。
1人生き残ってしまった私は、最期に女性の言ったあの言葉がなければ、きっと絶望に埋もれていたことだろう。
そう、思い出した。
彼女はこういっていたのだ。
『たとえ一人になっても、あなたは必ず生き残りなさい。生きていれば、きっとあなたは一人じゃなくなる。生きて、そして誰かを守れる、立派な大人になるのよ 』
(ああ。そのような素敵な言葉を貰っておきながら、私は助けられなかったのか。寄りにもよって、貴方の命より大切なものを)
絶望の渦にのまれて、私の意識は遠のいた。




