EP 9
「王都の鉄火場と、限界OLの強制査察」
「リンちゃん、お願い! 王都の『ルナミスパーラー』まで、最高速度で飛ばして!!」
「りょーかい! 舌噛まないようにしっかり捕まっててね、アマネ!」
ポポロ村の夜道を、黄金色の雷光が文字通り電光石火のスピードで駆け抜けていた。
普段は人間の少女の姿をしているリンちゃんだが、今はその足元に雷のオーラを纏わせ、馬車なら数時間かかる王都までの距離を、新幹線並みの速度でショートカットしている。
私の腕の中には、ルナが生成した『3日限りの偽金』の残りが詰まった麻袋が抱えられていた。
(あのポンコツども……! アイドルと護衛のくせに、偽金でパチンコの軍資金を作って、超能力でイカサマ(ゴト行為)をするなんて……倫理観がマリアナ海溝より深く沈んでるわ!)
私は夜風に髪を振り乱しながら、前世の修羅場を思い出していた。
会社の経費を横領してキャバクラで豪遊していた営業部のクソ上司を、裏口から乗り込んで引っ立てたあの夜。
それに比べれば、ファンタジー世界のパチンコ屋など恐るるに足りない……と言いたいところだが、今回は相手が悪い。王都の巨大遊技場を取り仕切っているのは、間違いなく帝国の裏社会だ。
ゴト行為がバレれば、出禁どころでは済まない。東京湾ならぬ『ルナミス湾』に、コンクリート詰めにされて沈められるのがオチだ。
「見えた! あれでしょ、アマネ!」
「ええ、あそこよ!」
王都の歓楽街の中心。周囲の落ち着いた石造りの街並みとは完全に浮いている、ギラギラとした極彩色の魔導ネオンサイン。
『超絶大放出! ルナミスパーラー・黄金の羽根亭』という下品な看板が夜空を照らしていた。
「リンちゃん、入り口で待ってて! 私はあの大バカ二人を回収してくるから!」
「はーい。もし変なおじさんに絡まれたら、雷で黒焦げにしてあげるから呼んでね」
私はリンちゃんを外に待たせ、自動ドア(魔導センサー式)を勢いよく潜り抜けた。
「ジャラジャラジャラッ!」「キュインキュイーン!」「左打ちに戻してください!」
店内は、前世のパチンコ屋と全く同じ――いや、魔導技術が使われている分、さらにやかましく、煙と熱気に満ちた地獄の鉄火場だった。
私は血走った目で、パチンコの島(列)を駆け抜けた。
「どこ……どこなの……!」
そして、店の最も奥。射幸性を極限まで高めた『羽根物(玉の物理的な軌道でVゾーンを狙う台)』のコーナーに、異様な人だかりができているのを発見した。
「いっけぇぇぇぇっ!! そこで粘れ! 耐えろ! 落ちるな! 落ちるなぁぁぁっ!!」
「よし! Vゾーン入賞! 素晴らしいっすよリーザちゃん! これで連続50回目の大当たりっす!!」
人かりの中心。
そこには、特売の芋ジャージの袖を捲り上げ、台のガラス面に両手をかざして『フンヌゥゥゥッ!』と凄まじい形相で念動力を送り込んでいるリーザちゃんと、その後ろでドル箱(銀玉が入った箱)を狂ったように積み上げているフェイトの姿があった。
「ああっ……! 限界ですわ! 銀玉の重力と物理法則を、私の人魚の念動力で曲げ続けるのは……鼻血が出そうですわーーっ!!」
「気合っす! リーザちゃん、あと十箱出せば俺の借金がチャラになって、お釣りが来るんっすよ! アイドルのド根性見せてくださいっす!!」
完全にアウトである。
アイドルとA級冒険者が、目を血走らせて銀玉の軌道を強引に捻じ曲げているのだ。
リーザちゃんの鼻からはツーッと一筋の鼻血が垂れ、完全に能力の限界を超えていた。
「……あ、あの二人」
私が頭を抱えて突撃しようとした、まさにその時だった。
「――おい。そこのお前ら」
ドスの効いた、地を這うような低い声が響いた。
群衆がサッと波を打つように道を開ける。現れたのは、黒いスーツに身を包んだ、顔に大きな傷のある屈強な男たち(明らかにマフィアの構成員)だった。
「ひぃっ!?」
フェイトがビクッと肩を跳ねさせ、リーザちゃんは念動力が切れて「ああっ、銀玉が外れましたわ!」と台に突っ伏した。
「ずいぶんと景気がいいじゃねえか。だがな……この『絶対釘設定(絶対に客が負けるように物理調整された台)』で、連続50回もVゾーンに入るたぁ、どういう魔法を使ってるんだ?」
黒スーツの男が、フェイトの胸ぐらをガシッと掴み上げた。
「あ、あわわわ……! こ、これはその、アイドルの愛と勇気の力というか……!」
「舐めた口きいてんじゃねえぞ、チンピラ。ウチのシマで『ゴト(不正)』を働いた奴が、どういう末路を辿るか教えてやろうか?」
男が懐から、ギラリと光る短剣を取り出した。
「まずは、そのイカサマに使った手首から切り落としてやる。それから、裏の海に――」
「――そこまでになさい!!」
私は群衆を掻き分け、フェイトとリーザちゃんの前に立ち塞がった。
「ア、アマネ様ぁぁぁっ!?」
「アマネさん! なんでここに!?」
「あんたたちの首根っこを掴んで、ポポロ村に引きずり帰るためよ!!」
私は二人に向かって、スパーン! スパーン! と容赦ない往復ビンタ(手刀)を叩き込んだ。
「痛いですわーっ!」「ぶふっ!」
二人が床に崩れ落ちるのを確認してから、私は黒スーツの男たちに向き直った。
「うちのバカな身内がご迷惑をおかけしました。積み上げた出玉はすべて無効(没収)で構いません。……ですから、このまま私たちを帰していただけませんか?」
私が冷静に交渉を試みると、黒スーツの男は鼻で笑った。
「ハッ! どこの小娘か知らねえが、出玉を没収して帰す? 甘ったれたこと言ってんじゃねえ。ウチの店でゴトを働いた落とし前は、きっちりその命と体で払ってもらうぜ。おい、こいつら全員裏に連れて行け!」
構成員たちが、一斉に私たちを取り囲む。
フェイトが「ア、アマネさん……! 俺が道を開けるんで、アマネさんとリーザちゃんだけでも逃げて……!」と震えながら前に出ようとする。
だが、私は全く動じなかった。
前世で、反社会的な繋がりを匂わせて脅してくる悪徳ブローカーや下請け業者と、何度も修羅場をくぐり抜けてきたのだ。物理的な暴力にはリンちゃんで対抗できるが、この場は『大人の交渉』でスマートに終わらせる。
「……そうですか。命と体で払え、と」
私はバインダーを小脇に抱え、冷ややかな、絶対零度の笑みを浮かべた。
そして、後ろのパチンコ台のガラス面をコンコンと指で叩いた。
「先程、あなたはご自身の口で言いましたよね? 『絶対に客が負けるように物理調整された台(絶対釘設定)』だと」
「あぁ? それがどうした」
「ルナミス帝国における『風俗営業及び遊技場管理法』の第4条、ご存知ないですか?」
私がスラスラと法律(事前に大公様の書斎で立ち読みして暗記していた)を読み上げると、男の顔がピクリと動いた。
「遊技台の釘の調整は、出荷時の状態から『0.5ミリ』以上の変更を加えてはならない。もしこれに違反し、客から不当に利益を搾取するような不正改造(釘曲げ)を行った場合、営業許可の即時取り消し、および経営者の逮捕・財産没収となる――」
私は、バッグからタローマン製の『精密定規』を取り出し、ガラス越しに釘の角度を測るふりをした。
「私の見たところ、この台の命釘(一番重要な釘)……完全に下向きにひん曲がってますね。しかも、隣の台も、その奥の台も。これ、完全に『違法改造(コンプライアンス違反)』ですよね?」
「き、貴様……っ!」
男の顔から、余裕の笑みが完全に消え去った。
「もし、私たちがここから帰れないというのなら。あるいは、私たちの身に何かあれば」
私は懐から、大公様から預かっている『王家の紋章が入った通信石』をチラリと見せた。
「この通信石から、即座に帝国騎士団の監査部へ『ルナミスパーラーの違法釘曲げの証拠映像』が送信される手はずになっています。……さて。私たち三人の命を奪って、この巨大なパーラーの営業権を永久に失い、組織が壊滅するのと。今すぐ私たちを無傷で帰して、違法改造の件は『お互い見なかったこと』にするの。……どちらが組織にとって『利益』になるか、計算くらいできますよね?」
「…………ッ!!」
黒スーツの男の顔面から、サーッと血の気が引いた。
私が放つ「限界OLのコンプライアンスを盾にした脅迫」のプレッシャー。それは、裏社会の暴力すらも沈黙させる、圧倒的な『正論の暴力』だった。
男はギリギリと歯ぎしりをし、やがて忌々しそうに部下たちに顎でしゃくった。
「……道を開けろ」
「あ、アニキ!?」
「聞こえねえのか! こいつらを通せ!!」
男が怒鳴ると、構成員たちは渋々といった様子で道を開けた。
「賢明なご判断、痛み入ります」
私は優雅に一礼すると、床にへたり込んでいるフェイトの襟首と、リーザちゃんの芋ジャージの首根っこを左右の手にそれぞれガシッと掴んだ。
「さあ、帰るわよ。あんたたち」
「あ、アマネ様……! 私の、私の汗と鼻血の結晶(出玉)が……っ! あと少しで大富豪でしたのにぃぃっ!」
「うるさい!! それ以上喋ったら、今度こそマグローザ漁船に叩き込むわよ!!」
私は泣き叫ぶリーザちゃんと、ガクガク震えるフェイトを引きずりながら、ルナミスパーラーの自動ドアを堂々と蹴り開けて外へと脱出した。
「お帰り、アマネ! 早く終わったね!」
外で待っていたリンちゃんが、呑気に手を振っている。
「ええ。ゴミどもの回収は終わったわ」
私は二人を夜の舗道に放り投げ、深い、深いため息をついた。
「はぁぁぁぁ……っ。寿命が縮むかと思ったわよ!! なんで私が、異世界のパチンコ屋でヤクザ相手に釘問題のレスバ(口論)をしなきゃいけないのよ!!」
私が頭を抱えて叫ぶと、フェイトが土下座したまま顔を上げた。
「す、すごかったっす、アマネさん……! あのマフィアの幹部を、法律の知識とハッタリだけで完封するなんて……! あんた、マジで何者なんっすか……!?」
「ただの、コンプライアンス遵守を重んじるプロデューサーよ!」
「うぇぇぇん! アマネ様ぁ! 私の……私の夢(不労所得)がぁぁ!」
リーザちゃんがアスファルトに突っ伏して号泣している。
「バカ言わないの。もしあのまま出玉を交換してても、そのうち『偽金の軍資金』が石に戻って、どっちみち組織に追われる羽目になってたわよ。……命があっただけ儲けものだと思いなさい」
私は呆れ果てながらも、無事に二人を回収できたことに少しだけホッとしていた。
「……さあ、大騒ぎしてお腹も空いたでしょ」
私は、まだ鼻血の跡が残るリーザちゃんの顔をハンカチで拭いてやりながら、夜の歓楽街の奥を指差した。
「あんたたちには、キツいお説教が必要だけど。……その前に、ちょっとだけ寄り道していくわよ」
「寄り道、ですの?」
「ええ。『ルナミスキング(ファミレス)』よ。……今日の夕飯は、特別にハンバーグディッシュを奢ってあげるから、涙を拭いて立ちなさい」
「タダ飯!! ハンバーグ!! 行きますわーーっ!!」
リーザちゃんは一瞬にして涙を引っ込め、驚異的な回復力で立ち上がった。フェイトも「マジっすか! ドリンクバーもつけていいっすか!?」と歓喜している。
こうして、ポポロ村のポンコツたちの王都での大暴走(ゴト師計画)は、限界OLの圧倒的な交渉術によって未遂に終わり、私たちは深夜のファミレスへと向かうのだった。
だが、この夜のトラブルはまだ終わっていなかった。
シェアハウスでお留守番をしているはずの『あの歩く自然災害』が、大人しく待っているはずがなかったのだから――。
(第10話へと続く)
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