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神の火の監査(オーディット) ― 三代目に託す平和の算盤

1930年代後半。

ヨシュア・ゴールドシュミットの命の灯火は、いまや風前の灯であった。

ロンドンの邸宅、静まり返った寝室に、一人の若者が呼び出された。

サミュエルの孫であり、ヨシュアがその天賦の才を見込んで英才教育を施してきた青年、ダヴィド・ゴールドシュミットである。


「ヨシュア様、ダヴィドを連れてまいりました。……彼こそが、我らシンジケートの未来を担う三代目の監査官です」


サミュエルの報告を聴くヨシュアの眼に、かつての鋭利な光が宿った。

彼は酸素吸入器を外し、掠れた声で、だが断固とした口調で命じた。


「……ダヴィド、近くへ。……人間はついに、神の帳簿を盗み見るところまで来た。原子の崩壊から生まれる『神の火』だ。……これを国家という名の強欲な怪物たちに独占させてはならぬ。……お前なら、どうする?」


若きダヴィドは、震える手で主の枕元に膝をつき、淀みなく答えた。


「……その火を『誰の所有物でもない負債』として再定義します。火そのものを支配するのではなく、火を燃やすための『資材(資本)』と『知恵(特許)』を我々が先回りして買い占め、平和の規律に従わぬ者には一グラムのウランも渡さぬ包囲網を築きます」


ヨシュアの口元に、満足げな、そして不敵な笑みが浮かんだ。


「……よし。サミュエル、ダヴィドを現場へ送れ。……本日をもって、**『国際原子力共同管理機構(IAEAの雛形)』**の設立を宣言するッ!! 兵器転用を目論む国には、たとえ一ダースの真空管すらも届かぬよう、全世界の物流網に格付けペナルティを課せッ!!」


ヨシュアは、寝台の上で銀の算盤を弾こうとした。

だが、その手は力なく沈む。 その手を、サミュエルとダヴィドの二人がしっかりと支え、三人の手が重なった状態で、算盤が一音、高らかに弾かれた。


パチンッ。


「……見届けてください、ヨシュア様。やられたら、やり返す。……神の領域を侵し、それを同胞を屠る道具に変えようとした罪。その報いを、全国家の『科学技術の私物化禁止』という形で、一文残らず清算していただく……ですね?」


ダヴィドの声には、ヨシュアの情熱と、サミュエルの冷徹さが共存していた。


「……そうだ。サミュエル、ダヴィド。……原子力という無限のエネルギーは、国境を越えた『人類共通の資産』として登録しろ。……私がいなくなった後、その火が誰かの涙で消されることがないよう……お前たちが、最後の格付け官となれ」


1940年代を前に、世界に先駆けて設立された「ゴールドシュミット原子力監査局」。

現場指揮を執るダヴィドと、ロンドンから全金融網を操るサミュエル。

この最強の「師弟」がエネルギーの供給源を完全に掌握したことで、狂気に走る独裁者たちも、兵器開発に必要な「資材」という名の資本を手に入れることができなくなった。


ヨシュア・ゴールドシュミット。

一人の金貸しの執念は、孫の世代へと確実に引き継がれ、ミクロの粒子にまで「平和の規律」を刻み込んだ。人類が自らを滅ぼす最悪の選択肢を、歴史の帳簿から抹消したのである。


ヨシュアは窓から差し込む柔らかな光を見つめながら、静かに、本当に静かに、次の「決算」へと想いを馳せた。

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