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血の綿花(コットン) ― 新大陸の不換紙幣

1850年代も末。清国の腐敗官僚を「監査」という名の鉄槌で叩き潰し、東洋の安定を担保したヨシュア・ゴールドシュミットの元に、大西洋を越えて焦げ付いた火薬の匂いが届いた。


「ヨシュア様、アメリカ合衆国が限界です。北部の工業資本家と南部の奴隷主たちが、関税と奴隷制の存廃を巡って完全に決裂しました。南部のプランテーション農家は、わが銀行の融資を『戦争の準備』に流用しようとしています。もし開戦すれば、アメリカは血を流す『内戦』という名の巨大な不良債権と化します」


サミュエルが広げた地図の上で、新大陸は南北に引き裂かれようとしていた。史実における南北戦争。それは近代化への陣痛だが、ヨシュアの目には、数百万の労働力を失い、膨大な資本を灰にする「最悪の経営判断」としか映っていなかった。


ヨシュアは、ロンドンの執務室で、南部の綿花を担保にした巨大な債権リストを叩いた。


「……奴隷という名の無償労働に依存し、技術革新を拒む南部。そして、その不当な利益を自らの工場に引き込もうとする北部。サミュエル、彼らは自国の富を『略奪』し合っているに過ぎない。もしアメリカが内戦で自滅すれば、我々が清国で築き上げた世界貿易の連鎖が断ち切られる」


ヨシュアは即座に、リバプールとニューヨークの全エージェントに密命を下した。そして、ロンドンの私邸に、資金繰りに窮した南部の特使を呼び寄せた。


「ゴールドシュミット殿。我が南部連合は、大英帝国の、そして貴殿の支援を必要としている。綿花の独占供給を約束しよう。その代わり、武器と軍資金を融資していただきたい」


南部の特使は、かつての清国の役人と同じように、尊大な態度で借金を申し出た。ヨシュアは、冷めた紅茶を一瞥もせず、その男を氷のような眼差しで射抜いた。


「武器の融資? ……笑わせないでいただきたい。あなたがたが担保に差し出すという『綿花』。それは、自由労働者によって生産されるインド産やエジプト産に対し、もはや価格競争力を失っている。あなたがたの経営は、奴隷制という『負の外部性』を隠蔽することで辛うじて成り立っている、破綻寸前のビジネスモデルだッ!!」


「な……何をッ!? 我々は世界最大の綿花供給地だぞ!」


「昨日まではなッ!! ……だが今日、私はロンドンの綿花取引所に対し、奴隷労働によって生産された綿花の『取り扱い全面禁止』を勧告した。……あなたがたの倉庫に眠る白金プラチナは、本日をもってただの『埃を被ったゴミ』に変わったのだッ!!」


ヨシュアの咆哮が、サロンの壁を震わせた。特使の顔から血の気が引く。


「な……貴様、一銀行家が、我が国の神聖な経済制度を否定するのか!」


「否定しているのは私ではない、市場マーケットだッ!! いいですか。私が投資するのは、富を生む未来に対してだけだ。自国民を殺し、市場を焼き払い、挙句の果てに人間を家畜として扱うような『不透明なコスト』を、私の帳簿が一ペニーたりとも許すと思っているのかッ!!」


ヨシュアは一歩、男の鼻先まで詰め寄り、冷徹な「再建案」を突きつけた。


「条件は一つだ。……南部が奴隷制を段階的に廃止し、自由労働による近代農業へ転換することを条件に、私が一億ドルの『平和転換融資』を実行する。機械を導入し、人間を労働者として雇え。略奪ではなく、効率エフィシェンシーで稼げと言っているのだッ!!」


「そんな……。そんなことをすれば、南部の社会が崩壊する!」


「崩壊させるのは、戦争という名の『最大級の無駄遣い』だッ!! ……やられたら、やり返す。……平和を毀損し、旧態依然とした制度にしがみついて世界経済を停滞させようとした罪。その報いを、あなたがたの『旧弊な支配権の完全放棄』という形で、一文残らず清算していただくッ!!」


ヨシュアの圧倒的な資金力と、欧州市場でのボイコットという脅しを前に、南部の特使は崩れ落ちた。


1850年代末。アメリカは、後に起こるはずだった壊滅的な内戦を前に、ヨシュアの「金融による強制執行」によって、奇跡的な妥協へと引きずり込まれた。奴隷制は、道徳ではなく「経済的不合理」として否定され、アメリカは一つの巨大な自由市場として、再びヨシュアの描く世界経済の歯車に組み込まれたのである。


「サミュエル、次の工程だ。……リバプールの港を、戦火の難民ではなく、農業機械と自由労働者のための船で埋め尽くせ。……一発の弾丸よりも、一基の蒸気機関の方が価値があることを、新大陸の住人の骨身に刻んでやるのだ」


ヨシュア・ゴールドシュミット。一人の金貸しの執念が、今、新大陸を血の海から救い出した。彼の帳簿は、また一つ、歴史の赤字を未然に防ぎ、黄金の繁栄を確実なものにしていた。

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