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灰色の金庫 ― 国家の嘘を暴き出せ

ロンドン中央銀行の重厚な石壁の奥、財務大臣付の特別室には、息が詰まるような重苦しい沈黙が流れていた。


「……閣下、このままでは大英帝国の信用そのものが、アヘンの煙と共に消えてなくなりますぞ」


ヨシュア・ゴールドシュミットは、最高級の葉巻の煙が漂う室内で、財務当局の重鎮であるヘンリー次官を真っ向から見据えた。


ヨシュアが手元に置いたのは、偽装された国債の購入リストと、ロイヤル・ユニオン銀行から流出した極秘の送金記録であった。


当時のイギリス政府は、対清貿易による銀の流出を食い止めるため、東インド会社がアヘン密売で得た汚れた銀を、密かにロンドンへ還流させて国庫の不足を補っていた。


それは国家が密輸業者と手を組み、自らマネーゲームに興じているも同然の、許されざる背信行為であった。


ヨシュアは、シティの市場で発生した不自然な金利の乱高下を詳細に分析し、政府が密かに市場介入を行っているという決定的な事実を突き止めていたのだ。


「我々は帝国の秩序を守っているのだ。一介の銀行家が口を挟む領域ではない」


ヘンリー次官は、机の上の書類を一瞥もせず、冷淡に言い放った。


「秩序だと? 笑わせるな!」


ヨシュアの声が、格調高い室内の壁に鋭く反響した。


「閣下が守っているのは秩序ではない。自分たちの失政を隠蔽するための、あまりにも稚拙な『粉飾』だ!」


ヨシュアは一歩、大臣の重厚な机へと詰め寄った。


「いいか、よく聞け。清国で林則徐がアヘンを没収したという知らせが正式に届けば、この不純な還流システムは根底から崩壊する。その時、アヘンの利益を当てにして発行された国債はただの紙屑となり、シティの銀行は次々と連鎖倒産を起こすだろう。これが閣下の言う『秩序』の正体か!」


次官の顔から余裕の色が消え、額には脂汗が滲み始めた。


ヨシュアは、独自に張り巡らせた情報網から得た最新の航海情報をもとに、広東でのアヘン取り締まりが激化している事実を、政府よりも早く、正確に掴んでいたのである。


「……ヨシュア。貴様、一体何を望んでいる」


次官が、かすれた声で問いかけた。


ヨシュアは冷徹な眼差しのまま、即座に答えた。


「決まっている。アヘン貿易への公的な支援を即刻打ち切り、清国との誠実な貿易交渉に切り替えることだ。そして、この粉飾に関わった者たちの首を差し出せ」


「無理だ……そんなことをすれば、内閣そのものが吹っ飛ぶ」


弱腰になる次官に対し、ヨシュアは力強く机を叩き、その顔を至近距離まで寄せた。


「吹っ飛べばいい! 嘘の上に築かれた政権など、この世界に存在する価値はない!」


ヨシュアの圧倒的な気迫に、次官は椅子に深く沈み込んだ。


「施されたら施し返す。だが、奪われたら奪い返す。徹底的にな!」


ヨシュアは、最後の一枚の書類を突きつけた。


それは、ヘンリー次官個人が密輸業者の株を密かに保有しているという、逃れようのない収賄の証拠であった。


「閣下、貴方の進退は私が握っている。……泥を啜ってでも、自分の犯した罪を償ってもらおう。百倍返しだ!」


次官は、手元の書類を握りしめ、震える唇で「……分かった」と絞り出した。


ヨシュアは無言で背を向け、部屋を後にした。


廊下で待っていたセラフィーヌが、彼の内なる激しい消耗を感じ取り、そっとその肩を支えた。


「これで、ひとまず軍艦の出航は抑えられるわね」


ヨシュアは窓の外に見える、悠然と流れるテムズ川を眺めながら、静かに、しかし決意を込めて呟いた。


「いや、まだだ。本当の黒幕は、政治家でも商人でもない。この『銀』の不足という不条理なシステムそのものを食い物にしようとしている、さらに奥の怪物だ」


ヨシュアの闘いは、ロンドンの中心部から、ついに世界経済を支配する「根源」へと向かおうとしていた。


その背中には、もはや過去の後悔はなく、未来を切り拓く者の、孤独で気高き輝きが宿っていた。

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