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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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番外 再びの抱き枕

 あれから半月。今もお嬢様は王城庭園の端にある塔の上に囚われている。脱色した髪が、元の色を取り戻すまでとは聞いていても、早く事情を説明して差し上げても良いのではないかと不満が募る。


 私たち使用人は、お嬢様と接触しないように隠れてお世話をするようにと指示されていて、話すこともできない。今日は他の侍女と交代して休みを取り、クレイグと一緒に王都へと降りた。


 王都は辺境の町とは異なり、華やかな貴族の上級町屋敷(タウンハウス)が並んでいて、庭に緑や花が多い。賑やかな道を抜け、静かな道に入った所でクレイグが口を開く。

「どうした? さっきから浮かない顔だな」

「……坊ちゃまが情けなくて」

 溜息を吐くと、クレイグが噴き出すようにして笑い出す。


「……な、何だ、まだ事情を話さないまま、姫さんを監禁してるのか?」

「監禁なんて、人聞きが悪いです。言葉は選んで下さい」

 ぺちりとクレイグの腕を叩いても、全く効き目はないと思う。


「ラザフォード侯爵家のシルヴィア嬢が流行り病で亡くなったっていうのが残念だって、昨日も今日も貴族が愚痴ってるのを聞いたぞ。お前の姫さんは死んだことになっても大人気だな」

「お嬢様は世界一ですから、当然です」


 塔の上では不自由だろうと思っていたのに、お嬢様は何の不平不満も漏らさず毎日たくさんの本を読んでいる。食事を忘れてしまうくらいに本がお好きだと知らなかったと使用人仲間が驚いていて、異世界人のお嬢様一人に、私たちは頼り過ぎていたと痛感している。


「……何だろうな。その言葉を聞く度、俺は嫉妬しそうになる」

 クレイグが苦笑しながら私の髪に口づけると、心臓がどきどきと早鐘を打つ。誰も見ていないか慌てて周囲を見回すとクレイグが口端を上げ、意地悪な笑顔になる。


「付き合ってるんだし、誰かに見られてもいいだろ」

「そ、そ、そうですけど……恥ずかしい……ので……」

 意地悪な笑顔をみると、ますます頬が熱くなる。クレイグは人目が無くなると大胆な行動が多くなる。王城での騎士としての礼儀正しさとの違いが激しすぎて、心臓に悪い。


 並んで歩いていると強い消毒薬の匂いが漂ってきた。酒精(アルコール)とは違い、薬草のみで作った消毒薬は独特の刺激臭がある。


 一際匂いの強い場所は、生垣と鉄の飾り格子で囲まれた石畳の一角。門はあるのに建物はなく、更地とは違った雰囲気。


 クレイグは迷うことなく飾り格子の門を開けた。

「クレイグ、ここは?」

「ああ、門の中に入ればわかる」

 そう言われて、一歩踏み込むと魔法のように赤い屋根のレンガで出来た二階建ての建物が現れた。緑色のツタが建物の半分を覆っている。


「え?」

 何もない石畳だった場所には瑞々しい草花が現れて、怪しくうねる枝と根を持つ木が空を覆う。日の光が当たらない陰には、赤や紫、毒々しい色のキノコが生えている。どうみても毒キノコと思いながら、匂いをかがないようにと息を止めた時、私は見つけた。


「あ、あ、あれは〝竜の卵〟!」

「ん?」

 もちろん本物の卵ではない。赤い卵が緑の竜の手の中に包まれているような毒々しいキノコ。乾燥している物は祖母が持っていた。


「百年に一度しか生えない幻のキノコと言われています!」

 猛毒を持っていて、触れるだけで皮膚がただれる。ただし、乾燥させて適量を煎じて飲むと毒消しになる。すべての薬の効果を無効にする〝清麗の雫〟には劣っても、その効果は高い。


「そうか。もらって帰るか?」

「要りません! そんなに簡単に言わないで下さい!」

 祖母が持っていた物も一族が大事に受け継いできたもので、祖母すら一度も使ったことがない。貴重過ぎる物を目の前にして、緊張し過ぎて背筋が寒い。


「深い森の中にしかないと思っていましたが、こんな街中にあるんですね……」

 目に焼き付けるだけで満足した。クレイグを促して、ツタの絡みつく建物の扉を開く。


 強い消毒薬の匂いと共に目に入ったのは、レンガの壁一面の棚に並ぶ茶色の薬瓶と、複雑な蒸留装置。ガラスでできたものと、金属で出来た物が置かれている。床は黒い艶やかな石で覆われていて、白い石で出来た机が目立つ。


 クレイグは迷うことなく白い机の奥へと向かい、扉を開く。部屋の中は乱雑で、ありとあらゆる薬草が引き出しや箱から溢れ、天井から乾燥させた草花がぶら下がっている。物が整然と置かれていた最初の部屋との違いに驚くしかない。


「おーい、兄貴、生きてるかー?」

 兄という呼びかけに驚いていると、床に敷かれた茶色の毛皮が動いた。

「ええっ?」

 あまりの恐怖でクレイグにしがみつくと、楽し気にクレイグが笑う。 


 茶色の毛皮の下から出てきたのは、長い灰色の髪、青い瞳をした痩身の美形。こげ茶色のシャツに黒いズボン、クレイグと似ているのはその色彩だけという男性が目を見開く。


「おい。俺はついに幻覚を見るようになっちまったのか。女嫌いのクレイグに女が抱き着いてるなんて、性質の悪い冗談だろ」

 その指摘に慌ててクレイグから離れると、これがクレイグの兄との初対面だと気が付いて、血の気が引く。


「幻覚じゃねーよ。俺の婚約者のメイだ。可愛いだろ?」

 婚約者と聞いて、思わず頬が緩む。まだ婚約はしていないと反論する気も起きない。クレイグは私を婚約者と思ってくれているのか。


「か、か、か、可愛い? ああ、いや、可愛いとは思うが、お前の口からその単語が出ると違和感しかないな」

「は、初めまして。ラザフォード侯爵家で侍女として勤めておりますメイと申します」

 二人から可愛いと言われて、顔が熱くなる。可愛いという表現に喜ぶ歳ではないと思っても、日ごろ言われることの無い言葉を受けて嬉しい心は隠せない。


「初めまして。俺は薬師でクレイグの双子の兄、クィンシーだ。気軽にクィンと呼んでくれ」

 双子と聞いて、改めてクィンの顔を見ても全く似ていない。男らしく精悍な顔のクレイグと、どちらかといえば女性的な美しさのクィン。体型も全く異なっている。クレイグも私と同じ双子だとは知らなかった。


 薬師と聞いて祖母を思い出す。複雑な薬草の匂いの他、嗅ぎ慣れない匂いが混ざり合う。これは意識して匂いを遮断しなければ、匂いで酔ってしまいそう。


「ああ、まぁ、俺たちは似てないからな。驚くのは無理ないか。で、今日は結婚の挨拶か?」

「いや。痛み止めをもらいにきただけだ」

「そうか。用意しよう」

 クレイグの言葉を聞いてクィンは白く裾の長い上着を羽織り、最初の部屋へと私たちを導く。


 机の上に置かれていた白い瓶を開けると消毒薬の匂い。布に消毒薬を含ませて、手を丁寧に拭いた後、壁一面の棚から薬瓶を手に取り白い机の上に置かれた金属の皿の中へと中身を出す。ころころと転がる白い薬には見覚えがあった。


「これは……」

 最初の朝、クレイグからもらった薬と同じ物。

「悪いな。魔法薬じゃなくて、俺の兄貴が作った薬だ。だからタダ同然」

 騙されたのかと思っても、不思議と怒りは沸いてこない。勝手に魔法薬と解釈したのは私だった。


「クレイグは身内だから無料にしてるだけだぞ。普通の値段なら、この一瓶で屋敷が買える。……といっても、失敗作だがな」

「失敗作なんてとんでもない! とても良く効く薬でした!」

 あの朝、水で流し込んですぐに酷い頭痛が消え去った。すばらしい効き目だったと思う。


「ありがとう。だが、間違いなく失敗作だ。ラザフォードのジェラルド様には全く効かなかった」

「坊ちゃまには効かなかったのですか? どうしてでしょう?」

 私の不用意な一言を聞いて、クィンが顔を引きつらせた後、私に背を向けた。壁に手をつく背中が小刻みに震える。どうやら笑いを必死でこらえているらしい。しばらくして、真っ赤になった顔で振り返った。


「ま、魔法剣の話は聞いてるか?」

「はい。そのせいで髪と目の色が変わっているとお聞きしました」

「その魔法剣が薬を無効化しているらしい。ハロルド王子があちこちにジェラルド様に効く痛み止めを依頼していたが、誰も成功していない」


 命を狙われる王子の側近なら、怪我をすることもあるだろう。怪我の痛みを我慢しなければならないのは想像するだけでも怖ろしい。


「失敗したことのない俺の初めての挫折だ。腹は立つが、即効性を極める勉強にはなった」

 小さな瓶に白い薬を詰める手元を凝視する。祖母の薬も、この薬程の即効性は無かった。即効性があったのは一部の毒薬だけ。


「珍しいか? 俺の薬は薬草から効果のある成分だけを取り出して作ってる。他の薬師とは違うぞ」

 壁際に置かれているのは成分を取り出す為の蒸留装置と聞いて、その違いが面白い。私が興味を持ったことに気が付いたのか、クィンがその仕組みを解説する。


「この装置いっぱいの薬草から取れるのは、これだけだ」

 クィンは大人が一抱えするくらいのガラスの筒を示した後、小指の先より小さなガラス瓶に入った白い粉を見せてくれた。粉は瓶の底に薄っすらとあるだけ。この手間を考えれば、高価になってしまうのもうなずける。


「効果のある成分はとても微量しかとれないし、一度に大量に飲むと体に悪影響を起こすものも多い。だからこの粉を混ぜて、かさましして粒にする」

 大きな瓶を開けると、匂いがほとんどしない白い粉が詰まっていた。


「これは芋から作られている粉だ。人体に害はないし、薬にも影響はない」

 薬といっても、様々な製法があるのかと感心する。蒸留装置や分離装置の説明を受けているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。


「そろそろ昼飯に行かないか?」

 私とクィンのやり取りを笑いながら見ていたクレイグが口を開いた。薬の効果を自身で試しているので昼食は抜くというクィンを残し、クレイグと二人で店を出る。


 店の敷地を出た途端、建物が視界から消え失せた。

「危ない薬も多いからな。隠蔽魔法の護符を使っているから、知ってる人間しか客として来ない。……兄貴もお前を気に入ったみたいだな。……お前は?」

 口を尖らせるクレイグはあきらかに拗ねている。さっきまでの余裕めいた表情との違いが可愛いと感じてしまう。


「素晴らしい知識をお持ちの方だと尊敬はしますが……私は……クレイグの方が……」

 好き。その一言は恥ずかしくて音にはできなかった。それでも読唇術が出来るクレイグにはしっかりと伝わって。


「それならいい。面白かったか?」

「はい!」

 上機嫌になったクレイグに手を繋がれ、賑やかな大通りに向かって歩く。


「……王城の俺の居室、妻帯者用の広い所に替えてもらった。で、……その……だな……なんだ……」

 妙に歯切れが悪くなったクレイグを見上げると、耳が赤くなっている。

「何ですか?」


「……また俺の抱き枕にならないか?」

 まさかその言葉が再び聞けるとは思わなかった。

「は、は、は、はい!」

 動揺しながら答えると、クレイグがほっと安堵の息を吐く。


「そろそろ、俺の部屋に古城で使ってた蒸留装置が届く。好きな時に使っていいぞ。……物で釣ってるみたいで情けないな」

 絶対割れないようにと輸送をお願いしているので、時間が掛かっていたらしい。

「蒸留装置が無くても、クレイグと一緒にいられるのなら嬉しいです」

 また、あの温かくて楽しい日々が始まる。そう考えるだけで心が弾む。


「でも、外で抱き枕と呼ぶのは禁止ですよ」

「ああ。もう、俺の恋人だからな」

 クレイグの唐突過ぎる宣言と意地悪な笑顔に、鼓動が跳ね上がる。クレイグの手を強く握って、私も笑顔を返した。

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