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抱き枕の侍女と意地悪な騎士  作者: ヴィルヘルミナ


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第三十四話 侯爵家からの報告書

 今日も温かい腕の中で目が覚めた。クレイグを起こしてしまわないように、そっと腕を押しのけてベッドから抜け出る。


 夜明け前の部屋は暗い。暗闇の中、手探りで魔法灯を付け、その明るさを弱めてから更衣室へと入る。棚には先日注文した新しい服が届いていて、贅沢すぎる待遇に感謝するしかない。


 茶色の上品な上下を着用し髪を軽く整えてから更衣室を出ても、クレイグはまだ眠っていた。


 朝の挨拶を交わしたいと思いながらも、このままぎりぎりまで眠っていて欲しいとも思う。この古城での騎士は、本来は兵士の役割である警備を行い、来城者を案内し、不審な物がないか見回りをする。空いた時間は剣術や体術の訓練をしていると聞いた。朝と夜の二交代。基礎体力が違うといっても、体を酷使する仕事。


 眠るクレイグに悪戯してみたいと思っても、昨夜も完全に抱き枕だった私は、どう考えても異性として思われていない。口づけなんて夢のまた夢。


『いってきます』

 声を出さずに囁いて、私はクレイグの部屋を後にした。


      ◆


 朝食を取って塔に戻ると、扉の前に木箱が置かれていた。中には大きな封筒が一つ。侯爵家からの報告書は、開封された跡があり検印が捺されている。

「あ。やっぱり開封されるんだ……」

 事前に、古城へ送られる手紙も荷物も一度開封して中身を確かめられると説明は受けていた。先日、町から戻って来た時にも門番に買った物を見せている。


 私が裏庭の扉から出て買って来た麦酒は、完全に規則破り。クレイグが門番を誤魔化して、無事にお嬢様に渡すことができた。


 ジェラルド坊ちゃまはお帰りになっているだろうか。期待と不安が入り混じる。事情を説明すれば、坊ちゃまは必ずお嬢様を護って下さるだろう。でも、お嬢様が仰るように奥様をお連れの場合は、どうなるかわからない。


 昨日から、坊ちゃまの成長した姿が全く想像できなくて困っている。初めて会ったのが私が十二歳で坊ちゃまが十五歳の時、最後に会ったのが私が十五歳で坊ちゃまが十八歳。


 細身といえば聞こえがいいけれど、はっきり言えば痩せすぎ。輝く白い髪に赤い瞳が綺麗で、物語に出てくる精霊のようだと思ったことを覚えている。十一歳の時からずっと王城で王子のお世話をしていらっしゃったから、休暇で屋敷に戻ってきた時に会うくらいだった。


 優しい声を掛けてもらったこともあるのに、不思議と恋愛感情の対象にはならなかった。王子と同じで遠い人だと思ったからかもしれない。もしくは周囲の人々から聞かされる〝小さな坊ちゃま〟の印象が強すぎたのか。


 朝のお茶を飲むお嬢様に報告書を手渡すと、さっと目を通されて考え込まれてしまった。

「お嬢様? ジェラルド坊ちゃまは?」

「え? ああ、お義兄様はまだお戻りになっていないようね。それより……」


「何か問題が?」

「こちらに来る前に、鉱脈師に金鉱脈の探索をお願いしたでしょう? あの方が姿を消してしまったようなの」

「え? 逃げたってことですか?」

「そうは書いていないけれど、状況だけをみるとそうね」


「お嬢様……」

「大丈夫よ。お金は支払っていないもの」

「でも、大事にされていた真珠の耳飾りが……」

 珍しい女性の鉱脈師は、料金の替わりにお嬢様が着けていた耳飾りを要求し、お嬢様は先に渡されてしまった。


「異世界では子供でも買える安物よ。惜しむ程の物ではないの。鉱脈師はその手法を人に見せないと聞いているから、それが理由かもしれないわ。信じて待ちましょう」

 笑っていらっしゃるけれど、あの耳飾りは毎日着けていた物。異世界での大事な思い出の品だったのかもしれないと思うと、胸が痛む。 


「領地に金はあるでしょうか」

「どうかしら。昔から川の上流で時々砂金が出るって聞いたから、可能性はあると思うの。金が出なくても問題ないのよ。ただ、見つけることができたら、外国から水道技師を呼べるし、領民の為の災害備蓄もできる……」


 上下水道は、遥かな昔、この国に魔法を使う人々が沢山いた頃に魔法で設置された。今は王族が昔契約した精霊たちが人知れず整備しているから問題なく使用できている。新たに水道管を設置する為には魔法を使う水道技師を外国から高い料金で呼ぶしかない。


 災害備蓄という言葉は、この国には無かった。干ばつや虫害で不作になった時、洪水や山崩れが起きた時、流行り病が起きた時、領民が一年は暮らしていける量の穀物を村や町ごとに保管するという莫大な費用が掛かる備えをお考えになっている。


 異世界人は博識すぎて、時々その思考が理解の範疇を跳び越える。目の前で微笑むお嬢様が、実は女神か精霊の化身なのではないかと、恐れ敬う気持ちになることもある。


 お嬢様がこの世界でいつまでも幸せでいられますように。私は心の底から願うことしかできなかった。

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