第三十二話 王子とお茶会
昼過ぎから王子とのお茶会が始まった。令嬢三十六名全員ではなく、今日は公爵家の三名と侯爵家の三名の計六名の令嬢が王子と同じテーブルを囲む。
やわらかそうな茶色の髪と茶色の瞳の王子は今年二十歳。童話の中から抜け出てきたと言われても不思議はないと思う。壁際には、昨日会った夜の色の男性と、同じ茶色の詰襟の服を着た二名の男性が控えている。
テーブルには美しい菓子が置かれていても手を伸ばす令嬢はいない。優雅な手つきでカップに入った花茶を飲むばかり。
令嬢たちが自分の興味のあることや得意なことを話す中、お嬢様は微笑みながら聞いているだけで、何かお話しになればいいのにとやきもきしてしまう。
そんな中、王子がお嬢様に話し掛けた。
「君は随分控えめだね。名前は?」
「ラザフォード侯爵家の第二子シルヴィアでございます」
「何か得意なことはある? シルヴィア」
「お話しできるようなことは何も……」
「君の才能は聞いているよ」
「それは……どういった……?」
「領地経営の手腕。この三年、農民の税を上げずに収入を増やしたと聞いているよ。よければ、その秘訣を聞かせてもらえないかな。人がいるのが不都合なら二人きりで」
王子の言葉で場の空気が凍り付いた。その中で微笑むのは王子とお嬢様だけ。
「それは別の機会でお願い致します。今日は皆様とのお茶会ですので」
「残念だが仕方ない。別の機会を作ろう」
王子が別の令嬢に話し掛けても、凍り付いた空気は溶けない。王子と話している者以外の令嬢たちが、お嬢様を睨みつけている。
後ろで控えていても痛いくらいに視線を受けているのに、お嬢様は平然とお茶を飲む。一人緊張に耐える時間は長く、きりきりと胃が痛みだす。久しぶりの胃の痛みに吐きそうで泣きそう。
恐怖のお茶会は日が傾くまで続いた。あまりにも長い時間緊張していたので、塔に戻った瞬間、正直な感想が口から零れ出た。
「お、お嬢様……怖かったです……」
「そう? 楽しかったわ。お菓子を頂けなかったのは残念だけれど」
少女のように可愛らしくても年上なのだと改めて思う。十歳近く年下の少女といえど、あれだけの明確な悪意を向けられていても平然としている姿は大人の余裕。
「あまりご自身のことはお話にならなかったのですね」
話し掛けられた時、もっと話せばよかったのにと残念に思う。お嬢様の三年間の頑張りを王子にも知ってもらえる良い機会だった。
「他の方がご自分のお話をされる中、何も語らないでいれば、興味がわくでしょう? ただ、私のことを詳しくご存知とは思わなかったわ」
それは私も驚いた。侯爵家の令嬢といっても、その資産状況では頻繁に公式行事に出るのは難しく、この三年間で両手の指で数えられる程しか参加していない。王子に挨拶する時も、その他大勢と一緒という場しかなかったと記憶している。
「これって事前調査はしっかりされてるってことだと思うの。気を引き締めないとダメね」
頑張りましょうと微笑むお嬢様が、一段と頼もしく思えた。
◆
クレイグは、昨日言っていた通り深夜になってから帰って来た。私は先に部屋にいて寝支度を整えていたものの、眠ることはできずになんとなく待ち続けていた。
「お? 眠ってくれててよかったのに」
笑いながらクレイグは私に向かって紙包みを投げる。
「何ですか?」
開いた中身は様々なクッキーと乾燥果実が入ったケーキ。
「これ……」
「茶会の残り。誰も食べなかったっていうから、もらってきた。一応毒見はしたぞ」
「あ、ありがとうございます」
とても美味しそうなお菓子で、お嬢様が喜ぶに違いないと包み直していると、もう一つ包みが飛んで来た。
「同じのが入ってる。姫さんと食べるんだろ?」
「はい! ありがとうございます!」
お礼に少しでもお手伝いをと、駆け寄って上着を受け取り、ブラシをかけて服掛けに整える。今日は理由があるから問題ない。
「そういや、お前の姫さんは大人気だな」
クレイグにお嬢様の良さが認められるのは嬉しくても、複雑な心境。
「そうです。王子にも気に入られています」
ちょっと嘘を吐いてしまった。でも、お嬢様には王子妃の方が似合うと思う。クレイグには……と、あまりにも恥ずかしいことを考えている自分に気が付く。
「昨日会った側近も公爵家の連中も気になってるらしい」
「公爵家?」
「今日、公爵家から視察に来てたんだ。開口一番『ラザフォード家の令嬢はどこだ』でな。王子の茶会に出てるって言ったら、さっさと帰っちまった」
「少し前に公爵家からの結婚申し入れがあったのは聞いています。ただ、お年が合わないということでお断りしたかと」
一つは三十五歳、一つは二十七歳。本当は、どちらにもすでに妻がいて、お嬢様と結婚する為に離婚するというので断ったらしい。
「まだ諦めてないみたいだな。古城にいる間は護れるが、戻ったら気を付けた方がいいぞ」
「気を付けるとは?」
「さらって無理矢理結婚しても、公爵家なら誰も文句は言えないからな」
「え……」
「王子妃候補になって王子に保護してもらうのが一番いいが……どんな感じだ? 王子妃候補になれそうか?」
「それは……」
怖い。お嬢様が公爵家にさらわれるなんて考えたこともなかった。もしもさらわれたら、助け出す方法がない。
「悪い。怖がらせるつもりはなかった」
震える私をクレイグがそっと抱きしめる。
「この審査が終わるまでにお前と姫さんを護る方法を考える。だから心配するな」
優しいクレイグの囁きは、私が眠りにつくまで続けられた。




