羊獣人の国・ユーフォリア
静かににらみ合う私とウルリア公爵夫人。その沈黙を破ったのは、意外にもディルクだった。
「ウルリア公爵夫人、申し遅れました。私はディルク=バートン。我が妻、ロザリンドと私も同意見です。仮にも公爵夫人が親善のために来た使者の前で人族全体と猿族、狼族と犬族への侮蔑を口にしたあげくに謝罪を拒否するだなんて……我が国ではあり得ません。マコト殿、この国の貴族は皆、ウルリア公爵夫人のような考えをお持ちなのですか?」
「え!?いや!全てではない……ですが、そういう考えを持つ貴族が多いのは、残念ながら事実です」
やり過ぎだと私を止めるのかと思いきや、この流れは………違う。
「………なるほど。つまり、ウルリア公爵夫人の発言は今に始まった事ではないのですね。誰がいるかもわからぬ王城で、言ってしまうほどに」
静かだが、重い言葉。ウルリア公爵夫人は、気高い黒豹の尻尾を踏んでしまったらしい。
「わ、わたくし達は……」
「黒豹は、つがいを何より愛し、つがいを侮辱するものを決して許さない。我が妻は、寛大でしょう?貴女の謝罪程度で戦争を回避してやると言っているのですから」
おお、今のディルクを睨みつけるなんて、ウルリア公爵夫人はなかなかに度胸がある。ディルクは気にした様子もなく、淡々と話を続けた。
「ちなみに、我が妻はロザリンド=バートンと申します。世界を救った姫勇者でもありまして、ついうっかり私が知り合いに今回の件を話せば……少なくともウルファネアとセインティアからじゃんじゃん刺客が来るでしょうね。ああ、クリスティアからもか。彼女のファンは過激な人が多いですからねえ。………私も含めて、ですが」
「申し訳ありませんでした!申し訳ありませんでした!こ、これでよろしいですわね!?」
既に逃げ腰なウルリア公爵夫人。悪口ごときで暗殺……?無いとは言いきれないのが悲しい。いやいや、それより私には言わねばならん事がある!
「やり直しを要求いたしますわ」
完璧な令嬢スマイルで告げてあげた。ディルクも頷いている。私の良心にまで敵認定されるなんて、終わったな。
「…………は?」
「ですから、心がこもっておりません。そのような形式だけの謝罪でわたくしが納得するとでも?仮にも公爵夫人なのですから、きちんと謝意を見せていただきたいわ。ご自分のお命はその程度の価値ですの?頑張ってくださいまし。わたくしが原因で死人が出たら嫌ですから」
指輪を扇にして、傲慢な悪役令嬢風にふるまってみせた。ヤバいわぁ。楽しい!私、意外と悪役令嬢向いてる?
「ぐっ……申し訳ありません…」
「怒りが隠せておりません」
「申し訳ありません!」
「やればいいってモノではありませんわ!」
「申し訳ありませんでしたっ!」
「自棄にならない!」
「すいませんでした!」
「まだまだぁ!!」
私が納得する謝罪には、一時間を要した。
「大変申し訳ありませんでした。誠心誠意謝罪いたします」
何度やってもきちんと謝罪できないウルリア公爵夫人に、延々と説教をしてあげた。ようやく満足な謝罪をさせたので解放してやる。ウルリア公爵夫人は少しだけやつれていた。正座していたからか、子羊みたいな足取りだ。
ウルリア公爵夫人が離れたのを確認してから真琴に確認することにした。
「さっきの話なんだけど、ここの貴族は大半がああなわけ?」
「そもそも、この国だから………なのかも」
真琴はユーフォリアの歴史を話した。力がない羊族はウルファネアを追われ、険しい山岳地帯であるこの地を開拓してユーフォリアを作ったらしい。つまり、他種族を蔑視しているというよりは………。
「怖がっている、か」
ユーフォリアはずっと鎖国状態だったが、近年ようやく国交を開始したそうだ。
「俺、この土地に適した作物の品種改良してるんだ。あと『牛』も育ててる!」
「牛?」
実は、こっちには牛モンスターこそいるが、肝心の牛はいない。肉は狩猟により得る。ミルクはミルクの実なる摩訶不思議植物によるもの。異世界って不思議。
「牛をテイムして、家畜化に成功した。俺の天啓は『畜産』なんだ。しかもこのスキルは任意の相手に付与できる。まあ、魔物よりは味が落ちるが……安定した供給が可能だ」
「ふむ………。いいでしょう。真琴がクリスティアの民にもスキル付与をしてくれるなら、クリスティアから作物の苗とスペシャリストを派遣します」
高山植物に大興奮する暴走植物マニア達が見えた気がした。特別ボーナス出すからって抑止力君に泣きつこう。
「マジで!?ありがとう!」
真琴が笑った瞬間、またしても勢いよくドアが開いた。ボンキュッボンなナイスバディ羊獣人美女が、シープルちゃんに突進して抱きしめた。なんか、髪に葉っぱとかついて……遅れて狼獣人の男性も来た。
「シープル!シープルシープルシープルシープルシープル!!」
「シープル!!」
シープルちゃんを抱きしめる美女ごとシープルちゃんを抱きしめる男性。
「シープルちゃんが言った通り、素敵なパパとママね」
「はい!」
シープルちゃんのご両親は城周辺にシープルちゃんの匂いがなかったため、かなり遠い場所まで探しにいっていたそうだ。二人ともすごくいい人達だった。
シープルちゃんの無事を確かめて落ち着いてから、もういいからと言っちゃうぐらいに感謝されてしまった。