25 丸内 泰邦⑭
黒須くんとの話を終えて五年二組の教室に戻った後、その日は特に事件も起こらずいつもの一日が流れていった。
しょっちゅう事件なんて起こっていたらキリがないけれど。
ちなみに今は六時間目の音楽のために教室を移動するところだ。
ああ、そういえば今朝、黒須くんと挨拶を交わしたあとに谷口くんに「今日の放課後よろしくな!」って言われたんだよね。
何のことか忘れた?
今日は放課後、校庭を使って五年一組と五年二組がサッカーの試合をする日なんだって。
そうそう。ぼくもとももそれぞれのクラスで誘われているんだよね。
何でサッカーの試合をすることになったのかの経緯は興味もなかったので結局訊いていなかったんだけれど、サッカーができるならぼくは何だっていいからね。
まともな試合になるかどうかは別として、楽しみなことは楽しみなんだ。
はやくボールを蹴りたくてうずうずしているくらいだ。
「何だヤス、いいことでもあったのか」
「え?」
と考えていたら、今日一日ぼくと行動を共にしていた黒須くんが怪訝そうな顔で訊いてきた。
音楽室は五年生と同じ階にあるのですぐに着いてしまう。
黒須くんとぼくは音楽室での席が隣同士なので椅子に座りながら答えることにした。
「いいこと、はなかったけれど、楽しみなことならこれからあるよ」
「ふーん」
興味なさそうな反応に見えてその先を促しているので話を続けることに。
「放課後にね、一組と二組でサッカーするんだって。それに誘われたんだ」
「なるほど? それで……うきうきしてるってわけか」
うきうきって言葉を言うのがこんなに似合わなくて、さらには恥ずかしがる人っているんだなぁ。
あ、睨まれた。
馬鹿にしているわけではないんだけれどな。
あんまり茶化さないでおこう。
「うん。すごく楽しみ」
「オマエ、マジでサッカー好きだよな」
やれやれ、といった様子で黒須くんはこの話を終わりにした。
もう少し話していてもよかったんだけれど……あ、チャイムが鳴ってしまった。
「……目立った命令とかしてこねぇのな」
先生が音楽室に入ってきて号令がかかったその瞬間、黒須くんは少し意外そうな顔をした。
その言葉もまた、意外だとでも言いたいようなニュアンスのものだった。
だからぼくは答えておく。
みんなが号令で礼をして、頭を上げ座ろうとしているのに合わせて。
彼の肝に銘じてもらう。
「……そうだね」
どんな命令だってしようと思えばできるんだよ、と。
例えそれが、どんな残酷なことであったとしても。
・・・・・・・・・・
その日の放課後、帰りの会が終わってすぐ。
ぼくは谷口くんに腕を掴まれて抱きかかえられた。
別に逃げもしなければ、忘れてもいないんだけれど。
ずいぶんと急いでいるようだ。
校庭を貸し切りにするわけではないはずだけれど、スペースがなくなるのも困る。
放課後って学童の子が遊んでいるのをよく見るから、たぶんそれで少し焦っているんだろう。
ぼくまで連れていく必要ってあるのかな。
あー……連れていかれるぅ~。
「遅いぞ谷口っ」
「悪ぃ悪ぃ」
やっと降ろしてもらえたと思ったら校庭のほぼ真ん中に着いてしまっていた。
靴?
ご丁寧にも谷口くんが上靴を脱がしてくれたと思ったら下靴を持って、ぼくを抱いたままここまで運んでくれたんだ。
楽だったような、少し窮屈で居心地が悪かったような……後者だ。
抱っこされているのを嬉しいと思う年頃ではないし、同い年の子にされているならなおさら気分なんていいはずがない。
あ、抱っこされた時の安心感がないってことだよ。
安心感があっても困るんだけれどね。
ちなみに、校庭にはぼくを含めて四人。
ぼくと谷口くんは今来たんだけれど、校庭を見渡してみるとすでにサッカー用の線が引かれていた。
ボールも予備を含めて三個ある。
「ボールは取ってきて線も引き終わったから、あとはゴール運ぶだけだ」
そう言ったのは一組の金田くん。
もう一人、田代くんと一緒にそこまでやったようだ。
何て速い。
という会話をしていると、おそらくこのサッカーの試合に参加するであろう面々が続々と校庭に出てきた。
その中にはともとツカサくんもいた。
ともが参加することは聞いていたけれど、ツカサくんも参加するとは。
厄介だ。
「よう、やす。俺も混ぜてもらうぜ」
にたりと笑ったツカサくんの顔は何というか悪党にしか見えない。
先ほど厄介だ、と言ったのはツカサくんがいるからだ。
勉強もできて運動神経もいい、文武両道でさらにリーダーシップもある。
最後のは関係なかったかな?
いや、サッカーのことを話すならばそうでもないか。
うん? サッカーでなくても関係なくないか。
おっと、話が逸れた。
つまり何が言いたいかというと、ツカサくんが敵側にいるってことは相当相手チームが強化されているってことだ。
これってフェアじゃないよね。
というかズルい。
「へー。楽しそうだね」
これはますます試合が楽しみになってきた。
わくわくしてきたぞぉ。
「おーいっ、ゴール運ぶぞぉーっ」
ゴールを運び終えてさあ試合を始めようかという話になった時、審判役というかタイムキーパーというか、そういう人がいないことに気がついた。
それってこの中にいるメンバーの誰かを出せばいいんじゃないという話にはなったんだけれど、一組から一人出せることにはなったんだけれど、一人じゃちょっと目が届きにくいんじゃないかという話になった。
ちなみに、その一組の子は自分から審判役を買って出てくれたんだけれど、それは一組が一人多かったからだ。
ぼくたち二組は審判役に一人出すとメンバーが足りない状態で試合をすることになる。
それは避けたいことなんだけれど……しかし審判がいないと困るのもまた事実。
どうしたものかと、実はもう二分くらい話し合っている状態だ。
「んー……お? なぁ、あれ黒須じゃねーか?」
二組の天野くんの言葉を受けて、ぼくたちは彼が指を差すほうに顔を向けた。
差された指の先、下駄箱のあるほうに黒須くんはいた。
あくびしてまあ。
ぼくが谷口くんに連れていかれたのをいいことに帰るところなんだろう。
うーん、少し意地悪したくなってきた。
「ぼくが行って、審判役してもらえないか訊いてくるよ」
そう提案してみると、全員少し驚いた様子を見せた。
その表情から読み取るに「黒須がすんなりそんな役を受けるか?」とか「やすは黒須と仲良いからいけるかもしれない」とか、そんなところだろうか。
二名を除いては。
当然かどうかは別の問題として、その二名とはともとツカサくんのことだ。
二人の表情からは「こいつが頼んだらオーケーするんだろうな」みたいな、そんなふうな考えが読み取れた。
百発百中ってわけではないから、オーケーしてくれるかは分からないけれどね。
「じゃあ行ってくるね」
「お、おう。……がんばれ」
何をだ。
そんなことはさておいて、校門を出ようとしていた黒須くんを捕まえた。
最初こそ微かに驚いたような表情を見せたけれど、すぐに「やれやれ」という表情に変わった。
「んだよ。もう帰らせてもらってもいいだろ」
ふーん。
そんなこと言うの。
「ぼくは今日一日って言ったはずだけど」
「オイ、すぐに頭に浮かんだが気づかないふりをした事実を今ここでぶちまけるんじゃねぇ」
「訊かれなかったから言わなかったってだけだよ。今日が終わるまで、だよ? 今日、この月曜日が終わるまで、ね?」
明らかに嫌そうな顔をした。
だから少し睨んでみた。
「ハァ……。んで、何だよ。命令するつもりで来たんだろ。まさか、帰らず学校に泊まれなんつー命令じゃねぇだろうな」
お、それいいね。
「冗談だよな」
「冗談だよ」
そんなくだらないことは置いておいて。
「今ね、サッカーの試合をしようとしてるんだけど」
「ああ、んなこと言ってたっけか」
「審判役がいなくて。一組のほうから一人、松坂くんがやってくれることになったんだけどもう一人欲しくてさ」
「要するに、オレが審判やればいいってことか」
「うん」
話がはやくて助かる。
ほとんど言っているようなものではあったけれど。
「……それは、命令なのか」
うん?
あー、そういう選択を迫ってくるのか。
うーん……そうだなぁ、意地悪したい気分だしなぁ。
よし、命令にしちゃおう。
「うん。君にはぼくたちのサッカーの審判役をしてもらう。これは命令だ」
そう言ってみると、黒須くんは少し面倒臭そうにしたけれど、それでもこくりと頷いた。
黒須くんを伴ってみんながいる校庭のほうに戻ると、何人かは驚いたような表情を見せた。
黒須くんが審判役を引き受けてくれたことを伝えると、意外そうな顔をした子が何人かいたけれど、サッカーを始められるなら別に何でもいいやといった感じに表情が変わっていくのが分かった。
「お前が審判やるなんてどういう風の吹き回しだよ」
「気分だよ」
ツカサくんと黒須くんの会話を聞き流しながら、ぼくは黒須くんのほうを少しぼーっと眺めていた。
特に何かを言うわけでもなく、ただぼーっと見続けた。
少ししてからツカサくんが「お前も大変だな」と黒須くんに言ったのをきっかけに、たまたま近くにあったボールでリフティングを始めて黒須くんから視線をはずしてあげた。
そういえば、このサッカーの試合、ちゃんとしたルールでやるわけではない。
人数だって五人対五人だし。
試合時間も短いし。
たぶん、たぶんだけれど本当にただの遊びなんだろう。
試合というよりゲームだ。
揉め事とかそういう類いで決着をつけるためにやるものでも、どっちが強いか勝負しようという類いのものでもなく、ただ楽しむためのゲーム。
平和でいいねぇ。
そんなことを考えながらボールを足で何度もタッチしていたら、ゲームを始めるという号令がかかった。
・・・・・・・・・・
とても平和で、とても穏やかで。
そんな一日が今日も過ぎていく。
五年生の三月はあっという間に終わり、六年生は中学校への路へ旅立った。
短い春休みも終わりを告げ、桜並木が一斉に花吹雪を舞い散らせる頃。
真新しいランドセルを背負い、たくさんの祝福を受けながら期待に胸を踊らせる新一年生が新たな一歩を踏み出す。
それに伴い在校生であるぼくたちもまた一つ、人生という階段を、進級という形で踏み出す。
「やすーっ、クラス分け出たぞーっ」
ぼくは今日、大好きな親友と共に六年生になった。
小学校生活最後の一年だ。
そんなことを考えながら、ぼくは校庭の端のほうに植えてある桜の木を見上げていた。
桃色の花びらがいくつも舞って、とても綺麗だと少しうっとりしていたらともが呼びに来た。
うちの学校は、毎年クラス発表を校庭に掲示板を置いて貼り出す。
前は先生が読み上げていたらしいんだけれど、ぼくたちが入学したその年に今の形になったんだとか。
ともの後ろを付いていき、クラス割りが貼り出されている掲示板の近くに行くと、すでにたくさんの児童でごった返していた。
少し落ち着くのを待とうかとも思ったけれど、まだまだ人が増えそうなのでともと話し合って無理やりにでも掲示板のほうに近づこうという結論に至った。
「今年は同じクラスになりたいね~」
「そうだね」
強引に行こうとしたところ、思ったよりもすんなりと掲示板の真ん前に移動できたので六年生のクラス割りを一組から順に見ていくことに。
昨年度は二組だったけれど、今年度は何組になるのかな。
と少しぼーっとしていたらともの「あ~っ!!」という大きな声と共に体が左に……というより左斜め下に抑え込まれたような感覚に襲われた。
「わっ」
と思わず声を出してから顔を上げたら、ともの腕がぼくの右肩に引っかかっていた。
あっ、ともが腕を回していたのか。
少し痛い。
「あった! あった!」
どうやら自分の名前を見つけたようだ。
でも何でぼくの肩に腕を回す必要があったんだろう。
「え、どこ?」
ともの指差すほうに目を向けながら、同時に自分の名前も探す。
えーと、ま……ま……あった。
まえ……まこ……まつ……。
丸内……丸内……。
――――あっ!!
「「えへへっ」」
ともが指差した先にはともの名前、紀井智明。
そこから少し下にいき右のほうにいくとぼくの名前、丸内泰邦。
それを見て、ぼくたちはお互いに顔を見合わせてにっと笑った。
嬉しかったのが半分、そしてもう半分はこの一年が楽しくなりそうだという期待。
「「今年は、一緒だね!」」
ぼくたち二人の名前は、同じ六年一組のクラスに入っていた。
小学校生活最後の一年は、こんな嬉しい知らせと共にこうして始まった。
・・・・・・・・・・
ぼくとともは、誰にも言っていないけれど、恋人同士だ。
男の子同士が恋人になるなんて気持ち悪いと思われるかもしれない。
それでも、ぼくたちはお互いが好きであることを認め合った仲なんだ。
幼馴染みの親友だからずっと傍にいた。
だから、お互いのすべてを見てきたし、晒してきた。
ぶつかることなんてしょっちゅうだけれど、それはお互いに信頼し合っていて、相手に何でも言えてしまうから起こることだ。
お互いを分かっているから、一緒に笑って、怒って、楽しんで、悩んで、喜んで、悲しんで。
そうやって傍にいたからこそ、そのすべてが好きだと、お互いに胸を張って言える。
秘密の関係ではあるけれど、それでいい。
ぼくたちはぼくたちだけの世界ができるなら、それが一番の望みだ。
こんなにも感情をさらけ出せて、本気で向き合える相手は、もしかしたら一生現れないかもしれない。
そうとさえ思える。
ただ、一つ言えるのは。
いつか離れてしまうことになったとしても、相手の幸せを一番に願う。
それだけだ。
そんな日が来るまで、ぼくたちはお互いを愛し続ける。
今この時、この幸せを噛みしめて。
そしてこの言葉をいつまでも想い続ける。
いつも傍にいてくれて、ありがとう。
季節は巡り、彼らは六年生へと。
小学校の最高学年になった。
この一年が彼らに何をもたらし、何を奪うのか。
それは彼らにも、周りの誰にも分からない。
彼らの歩む道は果たして。
BOY'S AUTOBIOGRAPHY(少年の自叙伝)は、生きている限りこれからも紡がれていく。




