21 奢って考えて(紀井 智明⑧)
デートは目線を変えて。
◇◆◇
さすがに映画が始まる少し前だと人がどっと増えるなぁ。
おれたちみたいな子どもはまだあんまりいないかな?
親子連れなら見るけど、友達同士で来てるっていうのはまだ早い時間だからそこまで多くは見ないってだけかも。
早めにグッズコーナー見に来といてよかったや。
映画観終わってからだと絶対混むよな……。
あ、でもやすに何も言わないでさっさとグッズコーナーに来ちゃったのは悪かったな。
あー、これすげぇ欲しい……あっ、こっちも!
あっ、これもカッコいいなぁ。
うーん……目移りしちゃうなぁ。
どうしよっかなぁ。
「んー……」
今日これから観る映画のグッズ類を目の前にして悩んでたら、さっきチケットを二枚とも渡したやすが不思議そうな顔をしながら付いてきた。
さっさとここに来ちゃったことは怒ってないみたいだからよかった。
でもずっと付き合ってもらうのも悪いかな。
んーと……
「……あっ。やす、ちょっとあっちで座って待ってて」
「分かった」
ちょうどグッズ売り場から真っ直ぐ行ったところに休憩スペースがあった。
そこを指差して待っててもらうように言ったら「これは時間がかかるな」って顔をしてやすはそっちのほうに行ってくれた。
思ってることが通じるのってこういう時に楽でいいや。
あとで何かお詫びしないとな。
……むぎ茶で許してくれるかな。
「あ、これもいいな」
声に出てた。
うーん、クリアファイル買うのもいいな……おれプリントくしゃくしゃにしやすいし。そういえばやすからもらったのあったな。
メモ帳かぁ……メモ取るようなことってあるかな、小学校だとノートに書くくらいだと思うしいらないかな。
ペンもある。ボールペンもシャーペンもあるのか……でも今持ってるペン普通にまだ使えるしなぁ。
下敷き……はいいや。おれ割っちゃうし、何枚も割ったから予備もあるし。
それ言ったら他のも予備あるや。
でもなぁ、どれも絵がカッコいいんだよなぁ。
あっ。
これ、考え込んでどんどん時間が経って分かんなくなってくよくないやつだ。
迷って迷って結局全部買おうとかいう方向にいっちゃうかも。
「はぁ……やっぱやめよう」
どれも欲しくなっちゃうけど、お金あんま使うのも貯金してる意味なくなっちゃうし。
初めからの目的だったパンフだけ買って終わりにしよっと。
やす待たせてるし。
レジで売ってるの見たから何も持たないで行っても大丈夫かな。
「いらっしゃいませ」
「えっと、あの映画のパンフレットください」
「はい。かしこまりました」
よかった。合ってるみたいだ。
お金を払って袋に入ったパンフレットを受け取って、ちょっと満足。
……うん?
レジ横に何かある。
何だろこれ……あ、猫のマスコット、かな?
かわいいな、何か。
「あの、これ……」
買い物を終わらせてやすのほうに歩いていくと、やすは立ち上がって迎えてくれた。
待ちくたびれたーって感じじゃなくてよかった。
結構待たせてた自覚はあったんだよ。
「おまたせー」
「何買ったの?」
「パンフ」
やすはおれが買ったパンフレットの入った袋を見つめながら納得したような顔をした。
そうだ、手に持ってるのも邪魔だし鞄の中に直しとこっと。
ん、鞄の中で詰まった……あっ、これか。
よし、入った。
……さっき何も言わずに手を離しちゃったけど、また繋いでくれるかな?
ちょっと恥ずかしいけど、もう一回手を差し出してみた。
何にも言わないで出してみたけど、やすは手を差し出してくれた。
その顔は嬉しそうだ。
何だ、やすも手を繋ぎたいって思ってくれてるんだ。
へへへ、嬉しいな。
その顔を見て嬉しくなって、おれのほうからぎゅっと握り返してみた。
そうしたら、やすはにっこり笑い返してくれた。
「何か飲む?」
映画が始まるまであと二十分あるし、売店で何か買うのもありだな。
やすにむぎ茶とか……売店に売ってないや。
自販機近くにあったはずだけど……。
「ぼくはむぎ茶が飲みたいかな」
やっぱり。
やすってむぎ茶ほんと好きだよなー。
夏なんかむぎ茶の減りが速いって自分で頭抱えてるくせに大量に飲むからなぁ。
見てて面白いけど。
「じゃあ奢ってやるよ。待たせちゃったし」
「え? 別にいいよ。自分で買うよ?」
断られちゃった。
でも悪いしなぁ。
「いいって。おれが奢りたいんだから」
ちょっと強めに言っちゃった。
やすの様子を見たら、ちょっと困ったような顔してる。
しまった、強引すぎた……。
そんなつもりなかったんだけどな……。
「あっ、ごめん……。おれ、困らせるつもりじゃ……」
「じゃあ、奢ってもらおうかな」
やすは、困ったような笑顔で、でもちょっと嬉しそうに言った。
強引すぎたかもしれない。
でも、やすは多少は嬉しそうなんだ。
じゃあそれでいいのかもしれない。
そう思ってしまった。
いや、それじゃダメなんだ。
やすには心の底から笑顔になってほしい。
心の底から幸せだっていう気持ちが溢れてくる笑顔を、やすにはしてほしい。
だから、困ったような笑顔は、ダメ。
ちゃんと笑ってくれなきゃ。
「とも?」
あっ。
い、今はそういうことを考えるんじゃなくて!
うん、やすと楽しむことを考えなくちゃ。
えっと……自販機は、と。
おっ、あったあった。
「何でもない。やす。あれ、あそこ。あの自販機に売ってるよ、むぎ茶」
「うん。じゃあ」
やすにはむぎ茶、おれはコーラを一本ずつ買った。
・・・・・・・・・・
上映開始十分前になって、アナウンスがかかった。
シアター内に入れるようになった。
ちょっと早めにこれから観る映画のシアター入口の扉前にいたから、結構すぐに入れた。
楽しみだなー。
やっと観られるんだー。
……あっ、やすは楽しめるかな。今さらだった。
「ねぇ、やす」
「うん?」
「今日観る映画、実はあんまり好きじゃない……ってことない?」
「今さらだね」
うっ、言われちゃった。
おれも今気づいたから、もう取り戻しようもないんだけど……。
チケットももう買っちゃって、何なら半券になってる。
てか返品はできませんって感じのこと買う時に言ってるもんな……。
それもそうだけど、この映画が好きかどうかについて気になっちゃったら訊かないでスルーするのも何かイヤだしな。
あ、でもあんまり好きじゃないって言われたらヘコむかも……。
「んー……一人じゃ観に来ないってだけで、嫌いじゃないよ。ともが観てるのいつも一緒に観てるでしょ?」
「え? うん」
「嫌いなら怒ってやめて! とか言うと思うよ」
「あっ、そっか」
確かにそうかも。
おれ、しつこいくらい何度もあのシリーズ観てるもんな。
やすも何度も付き合わせてたっけ。
よかった。
誘う前に気づくべきだったけど、それなら安心した。
おれだけ突っ走って、やすに嫌な思いさせるのはやっぱよくないもんな。
気をつけないと。
「ごめんな。もっとはやく気づいてたらよかった」
「いいって。ともと一緒に出かけるの楽しいし」
「そっか。よかった」
そうやって笑ってくれたら、ほんと安心する。
「そういえば、このあとはどうするの?」
え?
このあとって?
「いや、映画観たあと」
…………あっ。
「その様子だと考えてなかったんだね」
「うん……」
「映画観終わってから考えようか」
「う、うん」
少し雑談してる間に、映画本編前のこれから公開される色んな映画の予告編は終わった。
シアター内が少し暗くなって、またちょっとした予告編集が映し出された。
その中で、やすはどの映画が気になったんだろう。
やす自身が好んで映画に行こうと言ってきたことはほとんどない。
大体いつもおれが誘って一緒に行ったり、ツカサたちと何となく観ようという話になったり、そうでないとやすは映画を観に行こうとはしない。
円盤化されるのを待ってレンタルすることもあるけど、テレビでやるのを観るの楽しみにしてることばっかりだ。
やすに訊いてみようと横を向いたら、ちょうど本編が始まるようでシアター内が真っ暗になった。
真っ暗っていっても非常口の灯りはついてるけど。
……やすの目が、スクリーンに向けられているのとは違う気がした。
ふっ、とやすの目から力が抜けた。
スイッチがオフになったような、そんな目になった。
今、何を考えてるんだろう。
こういう目の時のやすは、何を考えてるのか正直分からない。
それが怖いと思う。
大好きな相手に怖いという感情を持ってしまうのは、ダメなことなのかな。
やすは、ほんとに、今この瞬間何を考えてるんだろう。
「? とも、観ないの?」
ずっとやすの横顔を見つめていたみたいだ。
小声でやすが訊いてきて、おれは我に返った。
やすの目は、おれに向けてくれるいつものものになっていた。
会話をするのはマナー的によくないから、頷き返して、おれはスクリーンのほうに顔を向けた。
ちらりとやすのほうに目を向けたら、今度は少し眠そうな目をしていた。
あくびまでしてる。
映画は、楽しみにしてた割にあんまり楽しめなかった。
隣に座ってる彼が、どんなことを考えてるのかが気になっていたのもある。
それと、やすとは反対側の隣に座ってたおっちゃんのいびきがうるさかったのも……や、こっちが一番の理由だ。




