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BOY'S AUTOBIOGRAPHY  作者: 岳元らいと
11/25

11 丸内 泰邦⑪

・・・・・・・・・・




 そのあとは、特に問題もなく学校から脱出できた。

 屋根から下りる時、捻った足が心配だったけれど、何もなかった。痛みも和らいでいるし、ツカサくんの言う通り大丈夫そうだ。

 警備員さんには悪いけれど、児童四人が侵入できてしまったことは致命的だと思う。

 いや、学校に忍び込む泥棒っていないような気がする……個人情報を盗みに来る人とかかな? あとは、不審者の類か。

 そんなことはどうでもいいか。


 学校を抜け出したぼくたちは、そのまま帰路につくことにした。

 学校の前で話しているのも誰かに見られてしまうリスクがあるから、というのが真相で、これは学校を抜け出している最中に誰からともなく出てきた話だった。

 まあ、これ以上長く外にいれば、警察官が見回りをしている可能性だってあるし、危険はたくさんあるしね。


「今日はありがとう。黒須くん、ツカサくんも」

「ま、普段だったらやすとともは拳骨なんだけどな」


 ですよね。

 それを今回しなかったのは、たぶんぼくとともがお互いに空回っていることを分からせるためにわざとついてきたんだろう。

 これもたぶんだけれど、ツカサくんはどこかでぼくと話す機会を窺っていたんだと思う。

 それがたまたまぼくが足を捻ったことで実現したっていうところかな。皮肉だな。

 もしそのアクシデントがなかったらどうするつもりだったんだろう。

 今訊いてもいいけれど……いや、今はやめておこう。


「キョーヤ、今日はありがとっ」

「ああ。ま、案外楽しめたよ、()()


 ともと黒須くんが話しているのを見ていて、少し違和感を覚えた。

 何か仲良くなっているような……いや、前から仲が悪かったわけではないけれど、前よりも仲良くなっている気がする。

 というか、今黒須くん、さらりと「トモ」って呼んだよね。

 教室で何かあったのかな?

 あとでともに訊いてみようっと。


「じゃあ二人とも、今日は本当にありがとう」

「おう。じゃな」

「ああ」


 ぼくがお礼を言うと、ツカサくんと黒須くんの声が重なった。

 そして、そのあとすぐに二人は帰っていった。


 さて、ぼくたちもそろそろ戻らないといけない。

 思ったより時間を喰ってしまった。これはおばさんに大目玉を喰らうかもしれないな。


「やす……」

「ん」


 ああ、そういえば、さっき校舎を出る前に何かを言おうとしていたっけ。

 帰りながら聞こう。

 ここからは早々に立ち退こう。


 ということでぼくたちは歩き始めた。


「ねえ、足、大丈夫なの……?」


 ……はぁ。

 やっぱり気づいていたのか。

 そうか、さっき言おうとしていたのは、そのことだったんだ。

 隠せないか。

 ツカサくんにもバレていたんだ。ともにバレないなんてあり得ないか。

 隠し通すことができれば、という淡い期待はあっけなく崩れ落ちたということだ。


「うん。ツカサくんに診てもらったら、特に問題はないみたい」

「そっか。よかった……」

「心配してくれてありがとう」


 と、そのあとも色々と話しながら歩いていたら、あっという間に紀井家に到着した。

 傍にいるともに目を向けると、顔が強張っている。

 うん。

 おばさん、怒ると恐いんだよね。

 都合、何度もともが叱られていたり、怒られていたりしているのを見ているから知っている。

 というか、ぼくも一緒に叱られたこともあるし。

 うーん、どうしよう。

 ともが言い出したこととはいえ、ぼくもそれに乗っかってしまったわけだし。

 一緒に叱られるのは覚悟の上だけれど、ともの不安をどうにか取り除くことはできないだろうか。

 ダメだ。思いつかない。


「とも。ぼくも一緒だから、中に入ろう。ね?」

「……う、うん」


 仕方ない。


「とも、教科書貸して」

「えっ? ……はい」


 よし。


「しばらく預かるね」

「ええ? わ、分かった」


 説明しておくと、ともから預かった教科書をぼくの服の中に隠しただけなんだけれど。

 とも自身の服の中に隠すのもいいんだけれど、ともって嘘つくの下手だからなぁ。

 だから、ぼくが預かっておいて、バレないように何とか誤魔化してみることにしたんだ。

 ぼくも嘘をつくのは苦手なんだけれどね。

 実際、さっきもともやツカサくんには噓がバレているわけだし。……黒須くんにもバレていたのかな。


「さ、入ろう」


 渋るともの手を握って引いて、ぼくは紀井家の玄関を開けた。


「あんたたち。そこに座りな」


 ……案の定、おばさんは玄関を開けた先で、腕を組んで仁王立ちしていた。


 ともの顔が一瞬にして青ざめていくのが分かった。

 握っていた手も、かなり汗の量がひどい。


 ぼくとともは、おばさんに言われた通り、玄関を入ったところに正座で座り込んだ。


「今何時だと思ってんだ。智明、あんたかい? やすくんに何か言って連れ出したんだろ」


 鋭い。

 そのまま握っていたともの手にぎゅっと力が入ったのを感じた。

 珍しく怯えているなぁと思ってしまった。

 普段なら、叱られたり怒られたりしたら迷わず口答えしているところだ。

 口答えをしないところから見て、相当反省していることが分かる。


「すみません。ぼくが、夜の散歩に誘ったんです。それで、ともはやめるように言ってくれたんですけど……ぼくが聞かなくて……」


 うーん、我ながら苦しいな。


「智明。今の話、ほんと?」

「……」


 よし。

 それでいいよ、とも。

 そのまま何も言わないでね。


「……はぁ。何も言わないってことは、ほんとなんだね」


 狙い通りだ。


 実は、ともは嘘をつく時のほうが口数が多くなるんだ。

 その逆で、事実を言う時のほうが口数が減る。

 今回はそれを逆手に取って、おばさんを欺こうとしたわけだ。


 ……たぶん、ともはぼくが怒られると思ったから、肯定も否定もしなかったんだと思うんだけれど。


「やすくん。あんまりよその家の子にうるさく言うのもよくないんだけどね、今回は反省しなさい」

「……はい」


 あっ、ともの手が小さく震えている。

 大丈夫だよ。

 これは、怒られているんじゃなくて、叱られているんだ。注意してくれているんだ。

 だから、大丈夫。


「……はぁ。明日、二人で映画観に行くんだろ」

「「え……?」」

「さっさとお風呂終わらせて寝な。いいねっ?」


 あ、れ……?

 ちょっと、予想外。

 もう少しだけ、何か言われるものだと思っていた。

 とももそれは同じようだ。

 ぼくの横できょとんとした顔をしている。


「いつまで座ってんの。ほらっ、分かったらさっさと行くっ」


 ともと顔を見合わせる。

 ひどい顔だなぁ。

 かなり驚いているんだろうな。

 たぶん、ぼくも同じような顔をしているんだろう。

 数秒、お互いに見つめ合って、どちらともなく吹いた。

 何となくだけれど、おかしかった。

 だから、二人とも笑顔で。


「「はぁーいっ!」」


 心の底から返事をした。




・・・・・・・・・・




 お風呂から上がって、おばさんにおやすみなさいを言ってから、ぼくたちはともの部屋で布団に入りしばらく談笑していた。

 ともの部屋には、ベッドがある。

 もちろんとも専用のものではあるんだけど、ぼくも座らせてもらったりそこで寝かせてもらったりすることもある。寝るのは、滅多にはないけどね。

 ぼくがベッドで寝ることが滅多にない理由としては、あまりベッドが好きではないというか、床に敷くお布団が好きなんだ。ただそれだけ。

 ということで、いつもともの部屋で寝る時はともが自分のベッド、ぼくが紀井家で借りた布団という具合になる。


「ねえ、そっち行っていい?」

「とも寝相悪いからヤダ」

「今回は大丈夫だからぁっ」


 そう言って何度蹴飛ばされたことか。

 この前なんかともが寝ぼけてぼくの上に乗ってきて、危うく窒息するところだったんだぞ。

 ともは、本当に寝相が悪い。

 ぼくがベッドで寝るのを渋るのは、ともに蹴飛ばされてベッドから落ちたことがあるから、というのも理由の一つかな。


 まあ、一緒に寝ることを許してしまうところは、ぼくの甘さかな。

 ともが何度もしつこくごねるので、結局折れてしまった。

 寝転んでいた体をむくりと起こして、手招きしてみる。


「……はぁ。もういいよ。おいで」


 ともはどこまでも素直なようだ。

 めちゃくちゃ嬉しそうな顔でベッドから下りてぼくのいる布団へと潜り込んできた。

 いやちょっと待って、ベッドから這いずるように来るのはやめて。部屋の中暗いから、ホラーにしか見えない。ぼく怖いのダメなの知っているでしょ。

 まあいいけどさ。

 二人で布団に入ると、当然だけど狭く感じる。


「狭いよ。もうちょっと詰めて」

「ふざけんな。ともが入りたいって言ったんでしょ。嫌ならベッドに戻りな」

「うぅ……それはヤダ」


 仕方ないなぁ。 


「とも。もっとくっついていいから、おいで」

「うんっ」


 さっきよりも嬉しそうだな。

 まったく。最初からそうしたかったんだろうに。


「へへっ、やす暖かい」


 とももね。


「ねえ、やす。あの時の質問の答えだけど……」

「ああ。ごめん。ツカサくんから聞いちゃった」

「そっか。聞いちゃったかぁ……」


 まあ、直接聞きたかったという気持ちはあるんだけれど、仕方ないよね。

 でも。


「嬉しかった。すごく、嬉しかったよ。ぼくのためにって考えててくれたんだもん」

「へへ……おれ、もっと頑張るよ。やすの傍に、ずっといたいから」


 ああ。

 何て嬉しいんだろう。

 ぼくは、こんなに人から思われているんだ。

 ぼくは、誰かに必要とされているんだ。

 ぼくは、こんなにも幸せでいいんだろうか。


「そろそろ寝ようか」

「だな。明日、ちゃんと起きろよ」

「それはこっちの台詞」


 今日は、少し疲れた。

 うとうとと、少しずつ遠のいていく意識の中、ぼくは思った。


「おやすみ、泰邦」

「おやすみ、智明」


 ぼくは、とものことが、世界中の誰よりも大好きだ。




・・・・・・・・・・




 大切な人のために、ぼくは何をしてあげられるだろう。

 大切な人のために、何かを犠牲にすることは、決して悪いことではないと思う。

 でも、ぼくは。


「君が離れてしまう日が来るまでは、いつまでも傍にいるつもりだよ」




やす編、一旦終了。

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