第十八話「魔術師と魔物」
〈ダンジョン・地下三階〉
地下三階は大広間だった。
巨大な魔物でも動き回れそうな空間。
明らかにここにダンジョンの主が居る……。
魔物の気配と、強い殺気を感じる。
大広間を進むと、魔術師達の死体を発見した。
死体は全部で三体だ。
魔物に殺されたのだろう、見るに耐えない光景が俺の目の前に広がっている。
惨いな……。
まさか魔術師達は既に全滅しているのか?
これで全員じゃなければいいが。
俺は薄暗い大広間を照らすために、炎の球を宙に飛ばした。
火の魔力によって闇が消えると、そこには地下一階で遭遇したゲイザー等、比較にならない程、悪質な魔物が姿を現した。
頭部がライオン、鱗で覆われたドラゴンの体と翼、尻尾は大蛇の頭。
悪夢か……?
こんな魔物どうやって倒せっていうんだ。
確かこの魔物は幻獣のキメラだ。
複数の強力な魔獣を組み合わせ、人工的に作られた魔物。
これ程までに悪質な魔物が、ザラスからほど近いダンジョンに潜んでいるなんて。
いや、潜んで居るのではなく、何者かがこの場所に放ったのだろうか。
俺が倒さなければこの魔物は町を襲うだろう。
やってやる……。
キメラのすぐ目の前には、弱々しい魔法の結界が張られていた。
結界の中には二人の男女の魔術師の姿があった。
女の魔術師は小刻みに震えながら杖を握りしめているが、男の方の魔術師は既に事切れているのか、座り込んだままの姿勢で動かない。
「助けて!」
まだ命がある女の魔術師は俺と同じくらいの年齢だろうか、立派なローブに身を包み、明らかに高級そうな魔法の杖を構えている。
「助けて! ここから動けないの!」
キメラは結界を睨み付けながら、鋭い爪で何度も切り裂こうとしている。
結界には物理攻撃を防ぐ術が施されているのか、見事にキメラの攻撃を防いでいるが、結界を張っている女の魔術師は今にも倒れそうだ。
きっとあの魔法は魔力の消費が激しいんだ。
すぐに助けなければ。
俺は急いで女の元に向かった。
随分立派な装備で身を固めているが、どうもこの女が優れた魔術師だとは思えない。
こんなに無謀な戦いをして、仲間を死なせるなんて。
今はそんな事を考えている場合ではない。
俺はこの女をザラスに連れて戻らなければならないからな。
この女を助けるために、俺のスケルトン達やレイス達が殺されたと思うと腹が立つな。
「結界を解除しろ! 俺達の後方から援護をするんだ!」
「わかったわ……」
魔術師の女が俺の命令に素直に従い、結界を解除した瞬間、キメラは鋭い爪の一撃を放った。
俺は敵の攻撃を防ぐために、全体重と魔力をプラスした攻撃を放った。
『スラッシュ!』
火の魔力を掛けたブロードソードの水平切りは、キメラの攻撃を受け止めたものの、剣に掛けた魔力は一瞬でかき消された。
俺の力では敵の攻撃を一発防ぐのもギリギリだ。
キメラは俺を標的に定めたのか、前足の鋭い爪で次々と攻撃を放ってくる。
俺はかろうじて敵の攻撃を防いでいるが、キメラの攻撃を防ぐごとに、体から大量の魔力が消費されている。
あと何発、敵の攻撃を防げるか分からないな……。
俺の後方ではリーシアが俺に防御魔法を掛けてくれている。
体にはリーシアの心地の良い魔力が流れ、その魔力は俺の武器にまで伝わっているのか、防御力が桁違いに上がっているのは間違いない。
しかし、俺の魔力もリーシアの魔力も長くは持たないだろう。
『ウィンドエッジ!』
リーシアの更に後方からは、シルヴィアが風の刃を飛ばしているが、ドラゴンの翼には攻撃が通用しない。
翼をうって風を出すと、シルヴィアの攻撃は一瞬でかき消されてしまった。
ゲイザーの触手をも一撃で切り裂くウィンドエッジが通用しないとは……。
フーガは慎重に攻撃のタイミングを伺っている。
キメラが俺に攻撃を仕掛けた瞬間、フーガは口から炎を吐いてキメラの体を燃やそうとするも、フーガの炎はキメラには全く通用しない。
キメラはフーガの方を見る事もなく、全ての攻撃を俺に対して仕掛けてきている。
まずいな……。
一人ずつ潰す気だ。
ゲイザーはリーシアとシルヴィアの前に立ち、キメラの攻撃に備えつつも、キメラが俺に攻撃を放った瞬間にのみ、触手での鋭い突きを放っている。
ナイフの様に鋭い触手の突きは、確実にキメラの体力を削っている。
キメラの胴体には、ゲイザーが切り刻んだ傷が無数に出来ているが、キメラはゲイザーを完璧に無視して俺を狙い続けている。
「ゲイザー! そのまま攻撃を続けるんだ! フーガは隙を見つけて敵を切り裂け!」
今の状況は、俺のブロードソードでの防御によって全てが成り立っている。
俺が一撃でも防御しそこなったら最後、キメラの凶悪な爪は、俺やリーシアの体をいとも簡単に切り裂くだろう。
魔術師の女は俺達の後方から自分自身の魔力を俺に注いでくれている。
体には女の魔力が流れ込んでくる。
俺達パーティーは確実に死に近づいている。
このまま攻撃を受け続けても、魔力が切れた時が最後、一撃で俺達の体は切り裂かれるだろう。
この状況を覆すにはどうしたら良いだろうか。
キメラを殺す方法は無いだろうか。
俺は敵の攻撃を受けながら必死に考えた。
せめてもう一体でも仲間が居れば……。
キメラにダメージを与えられる程、強力な仲間が居れば……。
魔物の死体でも転がっていれば、召喚をして仲間を増やしたのだが、この大広間には魔術師の死体しか転がっていない。
俺はふと思いついた。
素材と言えば、ベルネットさんから貰った幻獣の素材があるじゃないか!
だが、魔力が低下している状態で、新しい幻獣を召喚出来るのだろうか。
幻獣の召喚は、魔獣の召喚とは比較にならない程魔力を消費する。
しかし、敵の攻撃をこのまま防ぎ続けても勝利はない。
魔力を振り絞って幻獣のベヒモスを召喚するか。
だが、召喚が成功するとも限らない。
魔力だけ大幅に消費して召喚に失敗したら……。
その時はこのパーティーの全員の死が確定する。
どうする……。
「レオン! 私はレオンを信じてる!」
リーシアは俺にマナシールドの魔法を掛けながら、大声で励ましてくれた。
やってやるか……。
幻獣のベヒモスを召喚するしかない!
「おい! 魔術師の女! 全ての魔力を俺に注いでくれ!」
「え!? そんなの無茶よ!」
「いいからやるんだ! このままでは全滅する!」
「やってみるわ……!」
俺は女に自分自身の持つ全ての魔力を俺に注ぐように命令した。
女は自分自身の魔力を全て絞り出して俺に注いだ。
俺に全ての魔力を与えた女は、一瞬で気を失った。
瞬間、俺の体には感じたこともない程の量の魔力が流れ込んできた。
これが魔術師の魔力か?
今なら最高の召喚魔法を使える。
俺はキメラの攻撃を防いだ瞬間、敵の足元にベヒモスの素材を投げた。
キメラが足元に落ちた素材に目を取られた瞬間、俺は魔法を唱えた。
『ベヒモス・召喚!』
魔法を唱えた瞬間、俺の体からは大量の魔力が消失した。
素材からは強い光が放たれ、光の中からは書物でしか見た事のない幻獣が姿を現した。
ベヒモスだ……。
体の大きさは3メートル程だろうか。
かなり大きな状態で生まれた様だが、体はキメラの方が大きい。
赤くゴツゴツとした皮膚は黒い毛で覆われており、筋肉は異常なまでに発達している。
体はキメラよりも小さいが、筋肉の量では確実にベヒモスの方が上だろう。
頭には二本の巨大な角が生えている。
ベヒモスが生まれた瞬間、キメラは一瞬の隙を見せた。
『ウィンドエッジ!』
後方からとてつもない量の魔力を感じた。
シルヴィアが全力で風の刃を飛ばしたのだろう。
シルヴィアが放った風の刃は、無防備なキメラの体を切り裂いた。
勝てる!
シルヴィアのウィンドエッジによって切り裂かれた場所に魔法攻撃をぶち込めば勝てるんじゃないか……?
攻撃を受けたキメラは、怒り狂って俺達パーティーに突っ込んできた。
瞬間、ベヒモスは大きく跳躍すると、俺達の目の前に着地し、巨大な角でキメラの首を貫いた。
キメラの首からは大量の血が滴り落ちている。
これが幻獣、べヒモスの力か……。
ベヒモスの攻撃を受けたキメラは、ターゲットを俺からベヒモスに変更し、攻撃を仕掛け始めた。
キメラは前足でベヒモスを切り裂こうとするが、ベヒモスはギリギリの所で回避している。
流石にキメラの攻撃を回避しながら反撃をする余裕はないのだろう。
避けるだけで精一杯といった様子だ。
俺が決めるしかない。
俺がこの戦いを終わらせてやる。
俺とリーシアとシルヴィア、三人で同時に攻撃を仕掛ける!
「リーシア! シルヴィア! 俺と攻撃を合わせてくれ!」
「わかったわ!」
「うん!」
リーシアとシルヴィアは俺の考えを察した様だ。
リーシアは杖に氷の魔力を、シルヴィアは剣に風の魔力を溜めた。
最後の一撃だ。
俺はブロードソードを両手で構え、キメラの懐に飛び込んだ。
「こっちだ!」
ベヒモスに気を取られていたキメラは、突然の俺の出現に面食らった。
俺は飛び上がってキメラの顔面に全力の水平切りを放った。
『スラッシュ!』
『ウィンドエッジ!』
俺が火の魔力を込めた水平切りを放った瞬間、シルヴィアの風の刃がキメラの皮膚を切り裂いた。
「リーシア! 今よ!」
『アイスランス!』
シルヴィアが合図を出すと、リーシアの特大の氷の槍は、シルヴィアが切り裂いた皮膚の隙間に突き刺さった。
攻撃を受けたキメラは、しばらくの間、氷の槍を抜こうともがき続けたが、その間もゲイザーの触手による突きは止まらなかった。
そこからは俺達の総攻撃が始まった。
魔力の大半を失った俺は、剣でキメラの胴体を切り続けた。
フーガはキメラの尻尾でもある大蛇の頭に必死に喰らいついて嚙み殺した。
最後の一撃はベヒモスが決めてくれた。
キメラの巨体を前足で固定すると、巨大な角でキメラの心臓を貫いた。
「勝った……」
俺は自分の勝利を実感した瞬間、意識を失った……。