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17.須藤揚羽が笑う



「一年早く生れて来たからって、偉そうにするアイツら。ちょっとイラっとしますよね。この益子愛、この益子愛が生徒会長になった暁には、必ずやアイツらに泣きべそをかかせてやります。そうです、吉良星高校は、私たちの代から生まれ変わるのです。吉良星高校の新しい歴史を作るのは、私たち一年なのです」


 野球部の練習試合も終わり、週が明けると本格的な選挙活動がスタートした。それを表すように、昇降口の掲示板には候補者のポスターがずらりと並んでいる。


 当然ながら、一年で生徒会長に立候補した益子さんのポスターもそこに含まれている。当初予定では僕が作成することになっていたが、東君の知り合いにバンドのフライヤーなどを手掛けている人がいて、その人が片手間でサッと作ってくれた。


《私が生徒会長になったら、学年一の美男美女を書記と会計にします》


 選挙ポスターには候補者以外の顔は載せられない決まりがある。が、シルエットに関する規定はなかった。なので満面の笑みの益子さんが全身で登場すると共に、その両隣には東君とあえかがシルエットで登場していた。シルエットからして美形なオーラを放つ二人。しかもオサレなポーズを決めていて、これが大層目立つ。


 他の候補者が作ったポスターとはクオリティの面からいっても異なり、一年生であるからこそポスターは端に、最初に目につく場所に貼られた。注目度も高い。


 更に選挙管理委員に渡された校内演説用のぼり旗とたすき、腕章には書道の嗜みのあるあえかが綺麗な字で、「益子愛」としたためてくれた。


 選挙グッズに憂いはなかった。出来過ぎともいえる。選挙活動開始二日目の今日。あとはグッズをフル活用し、有権者にアピールしていくだけなんだけど……。


「二年なんてファックスです。お母さんのファックスを使う人たち。マザーズファックス野郎です。これからの吉良星高校は一年、一年が作っていくのです。さぁ、手を取り合って私たちの代の修学旅行は豪華に参りましょう。我儘に我儘を重ね、学年主任を言い包め、美味しい物にむしゃぶりつきましょう。蟹、肉、酒、女!」


 昼休憩の喧騒の中、僕はのぼり旗を背負いながら一年の教室が並ぶ廊下を進んでいた。メガホンを握り、台車に正座で演説をしている益子さんを運びながら。うん、選挙活動期間中は自由な活動が許されているとはいえ、ファンキー過ぎた。


「あの……益子さん、普通に立って演説しない? あと内容がちょっと」

「何を仰っているのですか陣内P。選挙と言えば選挙カー。『大砲をぶっ放す側はぶっ放される側のことを想像しない』という格言通り、平和な時間を無遠慮な、自己満足にも似たどうでもいい演説で脅かしにかかる。これぞ選挙の醍醐味です」


「いや、アレだからね? 選挙してる人も、一応は一生懸命だからね?」


 確かに政治家の選挙期間中は選挙カーが走り回り、候補者の名前と共に騒音をまき散らす。あんなことして反感しか生まれない気もするが、あれは後援会の親族や、後援会が投票してくれるよう頼んだ有権者へのポーズの意味も含まれている。新規獲得ではなく、選挙活動前に撒いた種への水やりだと祖父が言っていた。


 ただ実際にやっていると「愛ちゃん頑張って」と、声を掛けてくれる人がいた。「修学旅行期待してるぞ」とも。同学年生は何だかんだと、益子さんの突拍子もない活動を楽しんでいる節がある。選挙カー作戦中にもそれは感じられた。


 選挙活動はこうして表と裏の活動を使い分けながらも、上手く進んでいた。同学年生に向けた公約提示と演説が表。それと並行した、組織票獲得の活動が裏。


 昨日はあえかのツテを頼り、吹奏楽部と茶道部の組織票獲得に成功していた。あえかがいるだけで信頼も集まる。応援の申し出もあった。今日を含めて残り四日。上手くいけば本当に、吉良星高校初の一年の生徒会長が生まれるかもしれない。


「さぁ陣内P、もう一往復行きますよ」

「はいはい。こうなったら、とことん付き合うよ」


 そんな風に一年の教室が並ぶ廊下を一往復し、階段付近で台車の方向転換をしていると、ゆったりと階上から降りてくる存在に気付いた。揃って視線を向ける。


「ははっ。大分頑張っているようだな、愛」

「え? お姉ちゃん?」


 足音を響かせ、不敵な笑みを張り付けながら近づいてくる人。そこには本選挙最大のライバルである、益子さんのお姉さんの姿があった。益子さんが立ち上がる。


「お姉ちゃん……。私、負けないから」

「そうか。そう言われるとお姉ちゃんも張り合いがある。が……残念だったな」


 瞳から情熱が放射されているような益子さんの視線を受けて尚、お姉さんは余裕を崩さなかった。なされた発言とその表情が僕の不安を煽り、心をざわめかせる。


 ――何だ、その余裕は?


「残念って……どういうことですか?」


 結果、気付くと警戒を露にして口を開いている自分がいた。


「ん? 言ったままの意味さ。お前たち、野球部や吹奏楽部、茶道部なんかにも色々とわたりをつけたみたいじゃないか。あぁ、軽音楽部もそうだな」


「……どうしてそれを」


 余りにも早く情報を掴まれていることに驚きを禁じ得なかった。


 ひょっとして、選挙違反について選挙管理委員会に報告を行うつもりだろうか。だがその点に関しては予防を怠っていない。僕らは一言たりとも直接的な言葉を口にしていないし、対価労働もおこなっていない。調査されても問題ない筈だ。


 ――そう。問題は、ない。選挙活動が始まる前から僕たちは積み重ねてきた。待つだけじゃない、取りに行く。僕と益子さんは、そう決めたんだ。


 だが必死にそう言い聞かせても、お姉さんの結んだ不敵な笑みが僕を落ち着かせない。自信に翳りが落ちる。堂々たる存在感、カリスマ性。飄々として掴み所がない性格とその美貌も合わせ、益子さんのお姉さんはとても大きな存在だった。


「お前たちは本当に良く頑張ったよ。だけどな、頑張り過ぎたんだ」

「それは……どういう意味ですか?」


 才女の鋭い瞳が、照らされたようにチラと光る。周囲の喧噪の中、そこだけが澄んだ水のように静かだった。僕の質問には答えず、お姉さんが笑みを深める。


「さ~て、そろそろかな」


 するとお姉さんの声が合図となったかのように、校内備え付けのスピーカーにノイズが走った。肩を緊張させていると校内アナウンスが始まる。


「二年四組、須藤(すどう)揚羽(あげは)さん、一年六組、益子愛さん。生徒会選挙に関してお知らせすることがあります。至急、生徒会室に集まってください。繰り返します」


 須藤揚羽。それが益子さんが『今は名字は違うんですけど』とボカした、益子さんのお姉さんの名前だった。名字の違う姉妹、会長立候補者二人の呼び出し。


「え? 私と、お姉ちゃんが?」


 益子さんの動揺の声を聞く。何が起ころうとしているのか、分からない。


 しかしその瞬間、僕はデジャブに似た感覚を味わった。努力して、努力して、努力して。それでもどうしようもなく駄目だった時。確信が崩れ去った時の感覚。


「ふふっ」


 陽光の下でさえ月光を浴びて銀糸で飾られているかのような、お姉さんの神々しい輪郭。その女神がなした笑い声に、僕の一切は飲み込まれたかのようになった。



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