1章 4話 魔法×空飛ぶ板×青年
「んん~~、良く寝たのです。正也ちゃん、魔法は出来るようになりましたか?」
セイラが起きたと同時に伸びをしながら正也の聞いてきた。
「いや、どうなってんのか知らんが、使えん。魔法陣が出てくる気配もない。…っとそろそろいいかな?」
正也はそんな事を呟くと、一晩中シャカシャカ動かしていた手動式の発電機からバッテリーを抜くと、端末に取り付け起動させた。
ヴーン……という低い音と共に、各種データが表示され、その中で【ゲート発生】と言う文字が薄くなっていた。
「……セイラ、悪い知らせだ。どうやら、今の所帰る方法が無くなった。【ゲート発生】の文字が薄くなって、タッチしても反応しない。それに、地球と通信も出来ないようだ」
「…半ば予想の範囲内の結果なので、構いませんよ。二人が無事ならどうとでも成ります。…良い知らせは無いですか?」
正也の言葉にも、セイラはまるで関心を持っていない様子で次を聞いてくる。
「……俺に取っては良い知らせ、セイラに取ってはどうでも良い知らせだ。…聞くか?」
「はいです!」
正也の問いに間髪おかずに頷く。
こういう所は解かり易い。
自分の事よりも正也の事を知っておきたいと言う考えが伺える。
「よし。俺にとって良い知らせってのは、どうやら俺には魔力って奴が宿ったらしい。俺自身の生体データの欄に、魔力回復率測定不能、魔力強度1段階、最大魔力量測定不能、脳負荷率0%で理論が力になるって新しく書いてある。測定不能は分からんが、理論が力ってのはオーラの考えが形にってのと同じだと思う。…そんで肝心の魔法陣の出し方だが…、こんな感じだ」
正也はそう言って目の前(誤字に非ず)に魔方陣を出すと、遠く離れている筈の木を映し出した。
しかし慣れていないのも手伝い、僅か1秒前後で消える。
しかし、その光景を見たセイラは興奮した。
「凄いです、正也ちゃん!どうやったですか!?」
「いや、この魔法はどうやらこの世界の能力らしく、既に能力を持ってる者には影響されないらしい。しかし、それなら地球でオーラが使えなかった俺にだけあの物体が反応した事も説明が付く。恐らく一人一つの能力でないと、人には扱いきれんって事だろう。…残念だったな?」
正也の説明に、セイラは頬を膨らませながらも、渋々と言った感じで納得した。
「まあ、オーラも魔法も使いたいって思うのは有りますが、出来ないなら仕方ないのです。オーラだけでも出来るだけ良しとします。…それと、魔力回復率測定不能で、理論が力になるのに、先ほどの魔法は一瞬で終わりましたが、何故ですか?」
セイラが、魔法を使いたい気持ちを抑えながらも正也の魔法があまりに一瞬で終わったので疑問に思ったらしく、正也に聞いてきた。
すると、正也は端末で己のデータを見ても、魔力回復率測定不能なのに、脳負荷値80%と書かれているのを見て、己の結論をいう。
「恐らく、だが。俺の脳が慣れない事に驚いて防御機能を働かせているんだと思う。俺は知らないけどセイラも小さい頃オーラの使用過多で偶に気絶してたんだろ?それが魔法にも言えるらしい。だから、慣れてくれば最大魔力量自体は測定出来ないくらいらしいから、俺の解かる範囲の理論で色んな現象を起こせる筈だ。…大分楽になったから、もう一回やってみる。……覇!」
今度は空気圧を調整した風の塊を前方の、先ほど映した木にぶつける様に撃ってみた。
したがって、今度魔法陣が現れたのは突き出した拳の前。
そこから魔法陣が現れ、周りからかき集められた空気が圧縮され、歪んだ空気がサッカーボール並の大きさに成り、前方に射出される。
そして、そのまま前方の木にぶつかり、ホンの少し表面を削って霧散した。
「…まだ実用段階には程遠いから、練習が必要だが、練習次第ではオーラと大差ない位に便利な能力だな」
「確かに…、しかも正也ちゃんならオーラの事も殆ど頭に入ってるわけですし、私たちより遥に使い道が有りそうですね。…では先ず、あの魔物を捌いてください。私のオーラでは細かい作業はし難いのです。その点、正也ちゃんの場合、魔法の練習になって良し、イメージ通りに出来るか試せてよしです」
「了解…」
セイラの提案に正也も了解の意を示し、昨日殺して、血を抜いておいたゴリラを解体する。
先ずは1体の両腕を片方ずつ持ち、片手を肩の辺りに添わせて肉と骨を切り離す感じでイメージする。
すると添わせた方の手から魔法陣が現れ、一瞬でゴリラの腕が片方落ちる。
同時に正也の頭も少し痛みが走る。
どうやら無茶苦茶な事をするほど、脳の負荷が大きい様だ。
それからもう片方も同じように切り離し、両足も同じように飛ばす。
そして、5個になったゴリラのパーツを何処かに入れようと、正也が異空間を作ろうとしたが…
「…っ痛!」
「!正也ちゃん、どうしました!?」
正也の様子に、腕と足をオーラで圧縮しようとしていたセイラが慌てて駆け寄った。
その事に苦笑しつつも、正也は訳を話す
「いや、大丈夫だ。少し材料が腐らない様にと思って異空間を作ろうと思ったんだが…、考えただけで脳が拒否反応を起こしたみたいだ。どうやら未だ異空間を作るのは無理があるみたいだ。若しくは魔法では出来なくて、魔法具か魔導で無ければ無理なのか。今の所は分からんがな?取りあえず、4体全部5つに分けてからセイラのオーラで圧縮してから、何処かで食料の調達をしよう。…あまり食いたくはないが、食えそうな魔物か植物が無かったらこいつ等の肉を我慢して食おう」
「…分かったのです。この際多少の見た目と味は我慢します」
セイラが正也の様子を心配し、渋々ながら頷いた。
そしてオーラの端末をだし、更に更新された情報で、熱源を頼りに家畜系の動物を探すと、王都周辺が巨大な農業地帯だと分かった。
更に王都の中の様子も分かるようになっており、何か所か人が頻繁に出入りしている場所が有った。
「正也ちゃん。取りあえず家畜を分けて貰えるか交渉しに行きましょう。…交渉はどちらがします?私はそう言う交渉ごとは苦手なので、出来れば正也ちゃんが良いのですが?」
「…出来ればセイラがやってくれ。主と執事の関係上俺が主導権を持てば怪しまれる。その代り、俺に意見を聞いてくれれば、何種類かの解決案を出すから。最善は常に始めに出すから解かる筈だ」
「…分かったのです。フォローはしてくださいです」
「それと、今言った事に関係するが、人に会ったら一応セイラは普段の話し方で、俺も普段通りの執事としての話し方で行くから。その方が恐らく知らない人はセイラが何処かのお偉いさんと思ってくれる可能性もあるし、そう言うのが無い所では無い筈だ。
現に王城が有って、騎士団が有って、国の概念が有るんだから、地位に固執している様な者は居る筈だ。」
「……私は今の話し方が良いのですが…、駄目ですか?」
「…出来ればやった方が良いし、その方が情報の取得もし易い。主には主の、使用人には使用人の領分が有るって考えも多い。国によって分からんが、そう言う地位に執着する様な輩は、良い家の出自とした方が扱いは容易い」
「…そう言う事なら仕方ないですが…」
仕方ないと言いながら納得できない様な感じになるセイラ。
しかし、それならとセイラは要求を付ける。
「人の居るところでは仕方ないですが、2人しかいない時は今の話し方で行きます。…それと」
「?なんだ?」
正也が答えを促すと、セイラはモジモジしながら正也に更なる要求を突き付けた。
「今はお風呂が有るかどうか分からないですが、もしお風呂が入れるようなら一緒に入りましょう。昔みたいに!」
「昔って…、俺からすればついこの前って感じなんだけど?第一、今一緒に風呂に入って間違いがあったら、戻れた時にヤバい状態になる可能性もあるぞ?」
「それは正也ちゃんの理性に期待です!私は昔みたいに一緒に入りたいだけですから、問題ありません!」
段々我儘な面が出だして安心だが、もう少し普通に元に戻れない物か?と正也がセイラの性格を疑問に思っていると、急にセイラの腹がクゥ~となって、それに伴い、セイラの顔も真っ赤になった。
そして、正也に視線を向け、早く行こうと提案してきた。
「それじゃ、一路南に向かいながら正也ちゃんの訓練がてら魔法で移動しつつ、途中で出くわす魔物や家畜を捕まえて農家の人に食べ方を聞くって事で良い?正也ちゃん」
「…ああ、それで良いだろ。セイラも普段からそれだけ考えれば俺が無駄にアホやら馬鹿やら言わないで良いんだけどな?」
正也は普段の応用力の無いセイラの考え方に呆れながら、今の考え方をいつも出来ないのかと不思議に思う。
しかし、それに対してのセイラの答えは何となく解かる物だった。
「人は頼れる物があれば自然とそれに頼ってしまう物なのです。そして、それを駄目だと思い自分で行動するか、はたまたそのまま頼り切ってしまうかは本人次第なのです。…私は頼り切っているので正也ちゃんが居ればいいと言うだけなのです!」
「少しは自分で行動しろ」
余りに自信満々言うので、少しイラッときた正也はセイラのおでこにペシッと、デコピンをかます。
「あたっ!」
正也のデコピンに思わずおでこを押さえセて蹲るセイラ。
その様子に少々溜飲が降りたのか、正也は移動用の魔法の構築に取り掛かる。
魔力強度は練習をしていれば強くなるので今は考えず、なるべく大きな板を作るべく足元の土に周りの土を寄せて来させるイメージをする。
すると、少しずつではあるが土が集まり長さ3メートル弱、横幅1メートル程度の二人が乗れる位の土の板が完成した。
その後、イメージ通りに出来ているか軽く踏んで硬さを確かめると、何とか乗れそうな感じだった。
次に板の下に風を発生させて移動させるために、周囲の風のデータを見れるグラフを目の前に表示させる。
この辺りの現象が魔法で出来るかは賭けだったが、理論が分かってるのもあり割とスンナリできた。
そして、そのデータを元に両手を広げて風を操り自分の乗っている板の下に風を送り込み浮かせてみる。
……すると……
「…お、何とか空飛ぶ板は出来たな。頭も多少は痛みがあるが、無視できるレベルになっている。もしかしたら脳の処理速度とやらも慣れの影響が出るのかもしれない。…セイラ、荷物を浮かべた状態で板に乗ってみてくれ」
「わかったのです」
一言了承の意を示し、セイラは荷物をオーラで包み込み、ゆっくりと板に乗る。
「…よし、何とか行けそうだな。重くなる分、脳に負担が来るかとも思ったが、それは些細な程度でしかないようだ。…では、ゆっくり行くぞ?」
「はいです!」
荷物自体は簡単な小物が出ていた程度なので、片づけには大して時間は掛からなかった。
そんな訳で、荷物を浮かべた状態で2人で板に乗ってから(勿論前を見る必要がある以上正也が前だ。)セイラが落ちない様に前の正也の胴に手を回してしがみ付く。
この時、胸の大きな者なら正也も少しは動揺したかもしれないが、生憎セイラは平均以下の大きさの美乳。ブラを着けない為、多少は気になったが直ぐにそれも収まり、セイラに端末の情報から前面に表示されるワイドモニターに周辺の情報を映させ、最寄りの牧場まで行くことにした。
速度にして時速約10キロの小走り程度のぶらり旅の始まりだ。
「前方約100メートルに馬みたいな動物発見です!正也ちゃん、如何しますか?」
「…もし、農家の馬が逃げ出したとかなら捕まえるのがベスト何だが、どうするか…」
南に降りる事数分。
漸く安定した速度で移動していると、セイラが獲物を発見した。
しかし、敵か分からないので正也も咄嗟には判断できなかったので、反応が遅れていた。
そうして目前50メートルに迫ってきた時、馬の後方から声がした。
いや、正確には風に声を乗せて指示を伝えてきた
「前の人、悪いが家の馬を捕まえてくれ!小さい虫に驚いてパニクッてんだ」
どうやら捕まえるのが正解らしい。
届くのか分からないが「了解と」応えると、試とばかりに速度だけを落としたまま手を前方に突出し、魔法を使う。
イメージは風の球体。
目標を宙に浮かせて動きを止める事が目的なので殺傷能力は要らない。
そういうイメージを持って魔法を行使。
すると魔法陣から透明の球体が現れ、空気の層により周囲を歪ませながら向かってくる馬に飛んでいく。
そして、馬にぶつかった直後、馬は突然宙に浮き、慣性の法則も無く足をバタつかせながらも必死で逃げようとしている馬の完成だ。
「…ふぅ~、何とかイメージ通りにはなったな。…セイラ?驚いてくれるのは良いが、まだはっきり言ってお前がやった方が早いから、俺は凄くないぞ?まあ、俺の練習になるから俺がやるのは当然だから良いがな?」
「…はいです。しかし極めればオーラより使い勝手が良さそうですね。オーラはその性質上、火を熾したり水を出したりは出来ないですから、今の感じでは魔法が万能な感じに思えます」
オーラの性質と魔法の性質を比べ、そんな感想を抱きながら考え込むセイラ。
そこへ先ほど逃げた馬を捕まえる様に指示してきた声の主が姿を見せる。
その姿はかなりの大男で、2メートルは有ろうかという巨体に片手に笛の様な穴の空いている筒を持っている。
顔は正也と同じくらいの何処にでもいる青年だ。
更に上半身は裸で、赤褐色の焼けた素肌に下はプロテクターの様な防具を付けている。
その男が正也とセイラを交互に見て、再度セイラ見た瞬間に苦笑して話し掛けてきた。
なので正也とセイラも板を降りて応対する。
「いや~、悪いな。まさか馬が嫌いな魔香の匂いを気にしない位慌てるとは思わなかった。……君ら見た所魔道士の様だけど、良かったら朝飯をご馳走させてくれ。其方の御嬢さんの腹がさっきから鳴りっぱなしだからな。…どうだ?…と馬は疲れて来たみたいだからそろそろ降ろして大丈夫だ」
以外にも体に似合わない気さくな性格の様だし、何故か近くにいる正也にすら聞こえなかったセイラの腹の虫が鳴くのが聞こえた位に耳が良いらしい。
そして、その朝食の提案にセイラは顔を綻ばせながら正也に聞いてきた。…勿論お嬢様口調で。
「!正也、折角なのでお言葉に甘えましょう。良い出会い方は最初が肝心です。昨日の晩の輩ばかりだと思ったら、今朝はこんなに清々しい青年に会えたのですから、この機を逃しては勿体ないでしょう。…どうです?」
話を振られた正也は馬をその場に降ろすと、丁寧な態度に切り替え、腰を深く折りながらセイラの考えを肯定した。
「良いご判断です、お嬢様。私はてっきり腹の虫の鳴くのを聞かれた事に真っ赤に成って否定して文句を言いながら何処かへ行かれるのかと心配していました。丁度この辺りの食べられる食材に対する知識も欲しかった所なので、その辺りも伺いながらお呼ばれしましょうか。…そう言う事なので、高が馬一頭を捕まえた程度で申し訳ないですが、朝食を頂きに伺わせて貰います」
正也の見た目では考えられない位の礼儀正しさと、セイラの命令口調の割に、美しさとあどけなさが同居するちぐはぐなコンビを見下ろして、一時首を傾げていたが、誘った話に乗ってくれる様なので、嬉しそうに頷いた後
「よし!それじゃあ、俺の家はここから南に500メートル位行った所だから、そっちの少年が言っていた事を話しながら向かうとしようか。…それにしても少年の魔力量は底なしなのか?それとも回復量が人並み外れて大きいのか?さっきから魔法陣が消えたり現れたりしてるから、強度は並なんだろうが、発動のタイムロスが全然ないって事は、どっちかが底なしなんだろ?…おっと、自己紹介が遅れたな。俺はシムリ。ここら王都近辺の農場を一族で取り仕切ってる所の長男だ。…よろしくな?」
シムリと名乗った青年が笑いながら正也に握手を求めてきた。
その事で一瞬セイラを見るが、セイラは頷いたので、後から紹介してくれという事らしい。
そして、握手を終えた後、正也は自己紹介とセイラの紹介をする。
「よろしくお願いします。私は加納正也。こちらの方は綾小路セイラ。このセイラお嬢様は私の居た所では身分の高い家の出身なので、何かと粗相が多いとは思いますが、その体の如く、広い心で流して上げて下さい。それと、一族で取り仕切ってると仰いましたが、使用人は居ないのですか?ココから500メートルもの距離を走ってくるのに、さっきのスピードなら直ぐにでも追いつけそうでしたが?」
「ああ、それに関しては運が悪くてな。丁度見張りの交代の時間だったんだ。その最中にさっき言った事が起きてな。それから、他の所じゃ知らないが、ここいらの農場では最低限の有用な人材しか雇わないから、人員不足は否めないんだ。…まあ、そこらの話も家に向かいがてらしようじゃないか。…お嬢さんの顔が少し引き攣ってきたようだし」
シムリに言われてセイラの方を見ると、流石に立ち話でやる会話では無かったので、少し顔が可笑しくなっていた。
その事に正也も同じく苦笑しながら話を切り上げ、正也とセイラは再び土の板に乗り、シムリは疲れてへばっている馬に何かの草を食べさせてから馬に乗った。
そして三人は揃ってシムリの家に向かう事にした。
「そう言えば、その魔法はその板で無いと効果は無いのか?見た感じ土だけで構成されているし、下手に下に落ちたら砕けるんじゃないか?」
出発する直前に、シムリは正也たちの土の板に興味を持って話を振ってきた。
「ええ、この板は先ほど移動手段にと思って土だけで造った物ですから、簡単に砕けるでしょう。まあ、その時はまた作り直せば訓練に成るでしょうから、心配は要りません」
シムリの言葉に正也は心配無用と涼しげに答える。
「ふ~ん。即興で作った割には良くできてるな…っと、出発しようか?お嬢さん、そんなに睨むなよ。道中で食える魔物は結構いるから教えてやるよ」
シムリが笑いながらそう言って出発を開始した。