第四章 炎の中で
処刑の日は三日後に決まった
少女は村の外れにある小さな牢へ入れられた
石造りの狭い部屋
窓は高い位置に一つだけ
そこから差し込む光だけが時間の流れを教えてくれた
最初の日
少女は泣いた
ただひたすら泣いた
助けてほしかった
誰かに信じてほしかった
自分は魔女ではないと
ただそれだけを分かってほしかった
だが誰も来ない
父も
母も
村人も
誰一人として
二日目
涙は枯れていた
代わりに怒りが湧いてきた
どうして
何度もその言葉が頭を巡る
どうして私なの
どうして
どうして
どうして
少女は壁を殴った
拳の皮が裂ける
血が流れる
それでも殴った
痛みが欲しかった
心の痛みを忘れられるくらいの
三日目
不思議なほど静かだった
怒りも
悲しみも
どこか遠くへ消えていた
少女は窓の外の空を見上げる
青かった
あの日と同じ
何も変わらない空
なのに自分の人生だけが終わろうとしている
足音が聞こえた
牢の扉が開く
男たちが入ってくる
「時間だ」
少女は抵抗しなかった
もう意味がない
手を縛られる
外へ連れ出される
広場には大勢の人が集まっていた
処刑を見るために
まるで祭りを見るように
少女は歩く
一歩ずつ
ゆっくりと
人々の顔が見える
知っている顔ばかりだった
笑い合った人
助けた人
感謝してくれた人
だが、今は違う
皆が安心した顔をしている
自分が死ねば救われると思っている
少女は思った
滑稽だな
こんなにも
人は弱い
火刑台の前に立たされる
柱へ縛り付けられる
縄が肌に食い込む
神父が何かを話している
だが、もう聞いていなかった
少女は空を見ていた
風が吹く
黒髪が揺れる
ふと
幼い頃の記憶が浮かんだ
褒められたかった
愛されたかった
嫌われたくなかった
だから頑張った
ずっと
ずっと
誰かのために
生きてきた
そして今
その誰かに殺されようとしている
思わず笑みが漏れた
神父が眉をひそめる
「何がおかしい」
少女は答えない
ただ笑う
小さく
静かに
そして呟く
「馬鹿みたい」
神父が合図を出した
松明が投げ込まれる
乾いた木が燃える
炎が立ち上る
熱が足元から這い上がる
煙が目に入る
苦しい
肺が焼ける
涙が溢れる
怖かった
死にたくなかった
まだ生きたかった
本当は
もっと世界を見てみたかった
村の外へ行きたかった
海を見たかった
知らない街を歩きたかった
綺麗な服を着てみたかった
自由に生きてみたかった
その瞬間だった
少女の中で何かが弾けた
今まで押し殺していたもの
飲み込んできたもの
我慢してきたもの
全部
全部
全部
炎の中で解き放たれた
なぜ私は、他人のために生きた?
なぜ私は、自分を捨てた?
なぜ私は、嫌だと言えなかった?
炎はさらに大きくなる
肌が焼ける
痛い
苦しい
それでも少女は笑った
もう分かったから
何が間違いだったのか
私は優しくなりたかったんじゃない
良い子になりたかったんじゃない
ただ、自由になりたかったんだ
初めて、心の底から願う
誰のためでもなく
自分のために
「自由になりたい」
その言葉が零れた瞬間
世界から音が消えた
炎も
叫び声も
風も
全て
まるで誰かが時間を止めたように
少女の意識は暗闇へ沈んでいく
深く
深く
どこまでも
そして、完全な闇の中で
声が響いた
「ようやく願ったか」
男とも女とも分からない声
古く
優しく
そして恐ろしく冷たい声
少女は目を開こうとする
だが何も見えない
「誰……?」
暗闇の中で問いかける
声は少し笑った
「名など忘れた」
「お前たち人間が生まれる遥か前にな。」
少女は息を呑む
その存在は続ける
「お前は自由を望んだ」
「なら見せてやろう」
静寂
そして
声は最後にこう告げた
「これから始まる時代を」
暗闇にひびが入る
まるでガラスが割れるように
世界が砕け始める
そして少女は――
光の中へ落ちていった




