第二章 魔女狩り
季節が変わった
春の暖かな風はいつしか消え、村には重苦しい空気が漂っていた
最初は些細な出来事だった
農夫の飼っていた牛が一頭死んだ
老衰だろう
誰もがそう思った
しかし数日後、別の家の羊も死んだ
さらにその翌週には、畑の作物が病に侵された
村人たちは不安になった
不安はやがて恐怖へ変わる
そして恐怖は、必ず行き場を求める
「最近、おかしくないか?」
誰かがそう言った
「神の怒りじゃないのか?」
別の誰かが答えた
噂は少しずつ広がっていく
まるで見えない毒のように
少女はその頃も変わらなかった。
病人の家へ薬草を届ける
老人の世話をする
子供たちと遊ぶ
皆のために働く
いつも通りだった
だが村の空気は変わり始めていた
ある日
少女は森へ薬草を採りに来ていた
木漏れ日の差す静かな場所
彼女が唯一心を休められる場所だった
草を摘みながら歩いていると、背後から声が聞こえた。
「やっぱりだ」
振り返る
そこには村の男が二人立っていた
少女は首を傾げる
「どうしたんですか?」
男たちは顔を見合わせる
そして小声で話し始めた
聞こえないと思ったのだろう
しかし静かな森では十分聞こえた
「あの子、また薬草を集めてる」
「やっぱり怪しいな」
少女の手が止まった
胸が少しだけ痛む
だが気のせいだと思った
きっと勘違いだ
そう思いたかった
その夜
村の集会が開かれた
神父が人々の前に立つ
厳しい表情だった
「このままではいけません」
静まり返る広場
神父は続ける
「災いには原因があります」
誰かが息を呑む
「神は必ず理由なく罰を与えたりしない」
ざわめきが広がる
村人たちは顔を見合わせた
そして
誰かが口を開く
「あの娘じゃないか」
少女は凍りついた
「森へ行っていた」
「薬草を集めていた」
「変な知識を持っている」
一人が言う
すると別の人間も続く
「そういえば昔から不思議な子だった」
「確かに」
「怪しい」
少女は周囲を見渡した
見知った顔ばかりだった
昨日まで笑い合っていた人々
助けてきた人々
その全員が、まるで知らない人間のように見えた。
「違います」
少女は震える声で言った
「私はただ薬草を――」
「黙れ!」
男の怒声が飛ぶ
少女は言葉を失った
広場には沈黙が落ちる
そしてその沈黙を破ったのは、あの老婆だった
何度も薪を運んであげた老婆
病気の時に看病した老婆
少女は思わず縋るようにその顔を見た
きっと分かってくれる
そう信じた
しかし
老婆は震える声で言った
「私、見たんだよ」
少女の心臓が止まりそうになる
「森で変な草を集めていた」
少女の瞳が揺れた
「夜中に何か呟いていた」
違う
ただ月を見ていただけだ
ただ夢を語っただけだ
だが誰も聞こうとしない
老婆は目を逸らしたまま続けた
「きっと、あの子は魔女なんだ」
少女は言葉を失った
頭の中が真っ白になる
なぜ
どうして
あなたまで
助けたよね
看病したよね
一緒に笑ったよね
心の中で叫ぶ
だが声にはならない
広場の空気が変わる
誰かが叫ぶ
「魔女だ!」
別の誰かも続く
「魔女だ!」
そして次々と声が重なった
「魔女だ!」
「魔女だ!」
「魔女だ!」
少女は立ち尽くしていた
叫びの中で
罵声の中で
初めて気付く
人は優しいだけでは守られない
どれだけ尽くしても
どれだけ与えても
恐怖の前では簡単に裏切る
月が雲に隠れる
少女は静かに俯いた
その時
心の奥で何かが音を立ててひび割れた
まだ小さなひびだった
しかしそのひびは確実に広がっていた
やがて彼女の人生そのものを変えてしまうほどに、




