第1話 欲しがり義妹と穀倉の鍵
救恤用の小麦袋に押される封蝋の形は、誰かの腹心よりも正直だ。
王都穀倉局の監査室で、私は朱蝋に刻まれた麦穂印を一つずつ確かめていた。王都が冬を越えるための備蓄。飢饉の年に開く蔵。だからこそ、袋の口を結ぶ縄の撚り方一つでも台帳に残す。
「お義姉様、その北辺穀倉の鍵、私に譲ってくださらない?」
振り返ると、義妹のリーゼが笑っていた。金色の巻き髪を揺らし、私の机の上にある真鍮の鍵束へ視線を落としている。二十六歳。欲しいものを見つけると、まず可愛くねだる。それで駄目なら、周囲にねだらせる女だった。
「譲る物ではないわ。配属先の蔵鍵は、監査印と一緒に登録されているもの」
「だって、今日の辞令でわたくしが北辺担当になるのでしょう?」
その言葉に、私は手を止めた。そんな話は聞いていない。北辺侯爵領シュネーハーフェンの備蓄蔵は、今月から私が監査するはずだった。先週、救恤帳の数字が不自然に削られているのを見つけ、私自身が行くと決めた案件だ。
リーゼの隣には、婚約者のユリウスがいた。三十六歳。王都穀倉局の次席で、書類よりも空気の読み方に長けている男だ。私と婚約したのは、堅実で都合がいいからだったのだと、最近ようやくわかってきた。
「エルナ、北辺は寒い。君は王都で帳簿整理をしていればいい」
「帳簿整理ではなく、監査です。救恤帳に削り跡がある。現地確認が必要だと昨日あなたに報告したでしょう」
「現地はリーゼが見れば足りるよ。彼女は人当たりがいいから、あちらも安心する」
私は返事の代わりに、小麦袋へ目を落とした。
違和感があった。
北辺行きの袋に押された麦穂印の葉脈が、本来より一本少ない。正規の印章は左右五本ずつ。目の前の封蝋は四本しかない。遠目には同じでも、印面を毎日見ている私にはすぐわかる。
「この封蝋、誰が押しましたか」
リーゼが唇を尖らせた。
「また印の話ですの? お義姉様って、本当に倉の埃みたいなことばかり」
「埃で済む話ではないわ。救恤印が違う」
私は袋を持ち上げ、窓際へ運んだ。光にかざすと、封蝋の色も微妙に浅い。王都用の朱蝋に安い蝋が混ぜられている時の濁り方だ。
ユリウスが私の手首を押さえた。
「今日は辞令の日だ。大げさに騒ぐな」
「騒いでいるのではなく、確認しているの」
私が手をほどくと、リーゼは机の鍵束を指先でつまみ上げた。
「だって、わたくしの方が北辺で可愛がられますもの。倉の鍵も、婚約者も、似合う人が持つべきでしょう?」
その瞬間、監査室の空気が冷えた。
袋の封印。勝手に触られる鍵束。私の知らない辞令。
胸の奥で、嫌な確信が形になる。
今日、奪われるのは仕事だけではない。
私は鍵束をリーゼの手から取り返し、静かに言った。
「誰にも譲りません。まずは、その偽物の救恤印の説明をしてもらいます」




