EP 9
初めての『太客』
ジャラァァァァァッ……!
アーサーが深く首を垂れた後、懐から取り出したずっしりと重い革袋。
そこからテーブルの上に溢れ出したのは、ルナミス帝国の紋章が刻まれた眩いばかりの『金貨』の山だった。
その額、ざっと小さな家が一軒建つほどの金額である。本来は、強大な魔族を討伐するための帝国の軍資金(経費)だった。
「……ドアの修理代と、先ほどの至高の料理……『カツカレー』の代金だ。受け取ってくれ」
アーサーは、口元に残ったカレーのシミを拭うことも忘れ、憑き物が落ちたような爽やかな笑顔で言った。
「わぁっ! キラキラです!」
リアナはパッと花が咲いたように目を輝かせた。
今までこの『料理屋・深淵』にいた客(?)といえば、無銭飲食の極道邪神、パチンコで全財産を溶かしたヒモ狼、限界社畜の過労女神、そしてパンの耳生活で交番のブラックリスト入りしていた底辺アイドルのみ。
つまり、これがこの定食屋にとっての『初めてのまともな売上』だった。
「ありがとうございます、アーサーさん! 初めてのちゃんとした売上です! これでまた、みんなに美味しいお肉とお野菜がいっぱい買ってあげられます!」
「ああっ……! き、金貨! 金貨の山ですぅぅ!」
感動するリアナの横で、突如として底辺アイドル(リーザ)が床を這いずって金貨の山に群がった。
「お、お嬢様! この莫大なお釣りは、私の歌への『スパチャ(お布施)』ということでよろしいですか!? よろしいですよね!?」
「コラ、泥棒猫! じゃなくて泥棒魚! お嬢の売上をちょろまかすんじゃねぇ!」
フェンリルがリーザの首根っこを掴んで引き剥がす。
「離してください! 私、こんな額のお金見たことないんですぅぅ! 一枚、一枚だけでいいから鼻に詰めさせてぇぇ!」
「汚ぇよ! 帝国の金貨に鼻水つけんな!」
騒がしいヤクザ事務所の日常。
しかし、アーサーはそんなカオスな状況すら、どこか心地よく感じていた。
(ふっ……魔族だの、魔王だのと……私はなんて狭い世界で生きていたのだ。この場所には、種族も国家も関係ない。ただ『美味い飯』の前でのみ、皆が平等なのだ……)
完全に脳内が「スパイス」と「豚肉の脂」に洗脳されたエリート騎士は、マントを翻して立ち上がった。
「……お嬢様。私は帝国へ帰り、事の次第を上層部へ報告せねばならん。だが……必ず、また来る。次は『特大』ではなく、さらに上のサイズを所望したい」
「はいっ! いつでもお待ちしてますね、アーサーさん! 今度はハンバーグカレーにしましょうか!」
「ハ、ハンバーグ……カレー……ッ!?(ゴクリ)」
背中を向けたまま、アーサーの喉が大きく鳴る音が響いた。
白銀の鎧をカレーのシミだらけにし、足取りも軽く壊れたドアの隙間から去っていく帝国最強の騎士。
彼がルナミス帝国に持ち帰る「狂った報告書」が、三大国を巻き込む更なる大騒動の火種になることなど、リアナはまだ知る由もなかった。




