表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

第11話

お久しぶりです!大変お待たせしましたが、なんとか投稿しました!

のんびりマイペースですが、今後ともよろしくお願いします。

ざわざわと街の喧騒が遠く聞こえている。

私の右手をゴツゴツとした大きな熱の塊が包む。


そう。私、今、ザックと手を……手を繋いでいるのよ!


ああでも、熱を発しているのはザックよりも私の方だわ。

右手が熱い。

熱が右手からうるさく鳴る鼓動と共に私の体を巡って、緊張と奇妙な浮遊感をもたらしている。

幸せなのに、胸が苦しい。

気づかれないようにこっそり右側を見上げると、大きな右肩の上に髭に覆われたザックの横顔。

髪こそ整えられているけれど、髭はほとんど出会った頃のままだから、彼の素顔は正直なところよくわからないわね。

でも、短めの髪から覗く赤くて大きな耳と、眉間に皺を寄せてまっすぐ前を見ている深い緑の瞳が、なんだか愛しい。


その瞳がふいに私を捕らえた。


「「あ……」」


思わず、眼をそらす。

嫌だわ。ずっと見ていたの、バレたかしら。

彼は今、どんな表情をしているの?視線を戻して確認なんて、できない。


「あ、えと、お、お、お嬢様?あそこ!あそこが、例の店ですぜ?!」


動揺を隠しきれていないザックの声。

やっぱり、見つめていたのがバレていたの!?

私の気持ちがわかってしまった?それで、動揺を?

め、迷惑よね……。そうよ。私みたいな偉そうで可愛くない女、ザックは興味ないものね。

好きな娘がいるわけだし。


気持ちが落ち込む。それでも、それを悟られるわけにはいかない。

なんとか誤魔化さなくちゃ。

雇い主でしかない娘が自分に気があるなんて、彼が働きづらくなる。それに何より、拒絶されたくない。


「わかったわ……。ところで、その……あなたの耳、大きいのね」

「へ!?」

「耳よ!あなたの耳が大きくて、思わず見入ってしまったわ」

「え、耳……?大きい、かなあ?初めて言われたぞ……」

「ええ、大きいわよ。カイルの耳よりずっと大きいから」

「いや、そりゃそうだろ……。比較対象がカイルリード坊っちゃんかよ」

「……そ、そうね。確かにそうね……」


私、何を言っているのかしらね。

顔から炎系の魔法が発射されそう。

火魔法に適正がなくてよかった。

私達の少し後方、車道を走る荷馬車が、すれ違う荷馬車と軽く接触したのだろう。

御者同士、大きな声で言い争いを始めた。


「お嬢様の耳は、小さくて綺麗だよな。……触ってみてえ」

「え?」


ザックが何か小さな声で呟いた。

まわりの音がうるさくて、よく聞き取れない。


「今、なんて?」

「あ、いや!な、なんでもねえし!!」


いやに動揺しているわ。なんなのかしら。

悪口かしら。

じとりとザックを見る。

ザックは、私から眼をそらした。

そうして、「あ」と小さく声を上げた。


「着いたな。ここだよ、お嬢様」


いつの間にか私達はイエローを基調とした可愛らしい外観のレストランの前に立っていた。

繁盛しているからだろう。店は増築されており、思った以上に人が入りそうだ。

入り口を見ると、既に何人か平民の娘達が店の前に並んでいる。

私達もその列の後ろにまわって、同じように並ぶ。

ザックは、居心地が悪そうだ。

いつもはすぐに軽口を叩く癖に、全然喋らないわ。

まあ、女の子ばかりのお店だものね。緊張しているのかもしれない。


私達、恋人同士に見えているかしら。想像すると、自然と頬が緩んでしまう。

手はまだ、繋がっているのだもの。


しばらく待っていると、私達も席に通された。

店員がメニューと水を持ってきて、私達のテーブルに置いた。

ザックと二人で頭を寄せてメニューを見る。

向かいの席に座ったザックが、ぐいと体を乗り出した。


「なあ、お嬢様、俺もケーキ食べなきゃダメか?」


顔が近いのよ!

パシンッ!


「何すんっ……ですか、お嬢様!」


いけない。思わず、頬を打ってしまったわ……。

どうしよう……どうすれば……。


「あ、あなたが私を『お嬢様』と呼ぶからよ!」

「へ?」


ザックがポカンとした顔でこちらを見ている。

私だって、生まれて初めて勢いでしゃべっているのよ。もう、めちゃくちゃよ!

こうなったら、私も平民に成りきって、好きなことを言ってやるわ!


「私とあなたは、平民のこい……ゴホンッ!恋人同士という設定なのだから、私のことは名前で呼ぶべきでしょう!」

「あ、なるほどな……!そいつは思いつかなかったぜ!」

「そ、そうよ!だから、あなたは私を……ェィ、『エイラ』と呼びなさいな!」


言った!!言ってしまったわ。

平民のザックに、名前の呼び捨てをおねだりしてしまった……。

貴族令嬢の私には、あってはならない事態よ。

ザックが恐る恐る私に聞く。


「……呼び捨て……って、いいのかよ……」

「いいわ。今だけ、特別に許します!」

「な、なら、……ェ、エイラ」


!!

……なにこれ。表情を保てない。

思わず、顔を逸らして頬に力を入れた。

ちらと視界の端に、口元をその大きな手で覆いながら、やはり顔を背けているザックが見えた気がした。

でも、顔なんて見れない。目を逸らしたまま、私は返答を返した。


「な、何かしら、ザック」

「あ……いや、呼んでみただけデス……」

「そ、そう」

「「…………」」


「お客様、ご注文はお決まりですか?」

「「!!!」」


急に店員に声をかけられて、心臓が跳び跳ねた。

ザックがガタリと机を揺らす。

ご注文、注文ね!

ええと、ここ、何のお店だったかしら……?

店員の黄色いエプロンで、ハッと思い出した。

あ、レモンケーキだわ。そうよ、レモンケーキを注文しなきゃ!


「……レモンケーキと紅茶のセットを。ザック、あなたはどうするの?ケーキはやめておく?」

「い、いや!レモンケーキ、十個くれ!!」


「「ええ!?」」


私と店員の娘の声が揃った。


「ザック?あなた、ケーキを食べたくないんじゃ……」

「いや、なんか、今ならケーキくらい十個はいけそうな気がするんだよ!あと、エール!エールをくれ!」

「あの、ここはお酒は置いてませんけど」

「そうよ、ザック。ここはケーキのお店よ」

「なんだと……。なら、水をたっぷり頼む!」

「わかりました。レモンケーキ十一個と、セットの紅茶、お水をたっぷりですね?水差しをお持ちします」

「ああ、ありがとう!」


レモンケーキ十一個なんて、このテーブルに乗るのかしら。

だけど、ザックのおかげで少し気持ちが落ち着いてきたわ。

少しして、ケーキと飲み物が運ばれてきた。

私の前には、レモンの形を模したレモンケーキ一つと紅茶。

ザックの前には、山盛りのレモンケーキと水差しと水のコップ。

まわりの視線が集まっているけど、それどころじゃない。

だって、楽しいの。ザックと二人、まるで平民の恋人のようにいっしょにケーキを頬張っている。

ケーキを喉に詰まらせ水で流し込んだザックを心配したり、ザックの冒険話に笑ったり。

この世にこんな幸せな時間があったのね。

時が、止まってしまえばいいのに。



でも、時間は残酷だ。



「あら、ザックさん!」


鈴の音のような可愛らしい声が聞こえた。


「リミルちゃん」


後ろを振り向いたザックが発した名前。ザックが好きだという、結婚を申し込みたいという、平民の娘の名前だ。

顔を上げて声の主を見ると、まるで甘いケーキのように可愛らしい娘が立っていた。

その愛らしい大きな瞳が私をとらえる。

彼女は、ことんと首を傾げた。


「ザックさんのお友達ですかぁ?はじめまして!私、ザックさんと結婚を前提にお付き合いしているリミルといいます。いつもザックさんがお世話になってますっ」


結婚を前提にお付き合い?

そう……。ザック、彼女に結婚を申し込んで、うまくいったのね……。そう…………。

私は、いつもの仮面を着けて声を絞り出す。


「……私は、エイラよ。それは良い話ね。おめでとう。ザックとなら、きっと幸せになれるわ」

「ありがとうございますぅ。ザックさんて、本当に優しいですものね!今度、お貴族様も行くレストランに連れていってくれるんですよぉ」

「そうなの」


聞きたくもないわ。その話。


「あ、ちょっと待って、リミルちゃん。結婚を前提にお付き合いってどういう……?!」

「やだあ、ザックさん!私に結婚の申し込みをしてくれたじゃないですかあ」

「え、いや、確かに申し込みはしたけど、あの時俺、ことわ」

「ザックさんがお貴族様に雇用されたおかげで、やっと私達結婚できるんですよ?どうかリミルを幸せにしてくださいねっ」

「結婚……。確かに俺はリミルちゃんと結婚したくて、雇われた……。なあリミルちゃん、俺は」

「レストランの約束、楽しみにしてますね、ザックさん!」

「あ、え?リミルちゃん」


リミルという娘は、向こうで待っていた友人と思われる娘達のグループにさっさと合流してしまった。

こちらを向かないザック。

どんな顔で彼女を見ているの?

私には見せない表情を、彼女には見せているの?

私を見て。彼女を見ないで。

私だけを、見ていて。

ドロリとした昏い想いが、私を侵食する。


そんな私に気づかず、ザックは私に向き直った。


「おじょ……エイラ、あの娘なんだけど、リミルちゃんといって……」

「わかっているわ。あなたが結婚を申し込むと言っていた娘でしょう?うまくいったようね。おめでとう」

「いや、違う。違うんだよ」

「何が違うというの?お付き合いしているんでしょう?彼女もあなたと結婚する気みたいだし、よかったじゃない」


つい刺々しい言い方になる。

私という女がザックとデートしているのを見て、あの娘、牽制しに態々声をかけに来たのだ。

なかなか強かな娘よ。

以前、惚気の中でザックがあの娘を「天使のような清らかで優しい娘」と言っていたけど、ザックはお馬鹿さんね。何もわかっていない。

彼女、とんだ食わせものだわ。


「お……、エイラ、俺、リミルちゃんと付き合ってないんだ、本当に!」

「へえ。でもあなた、彼女と結婚したいからうちに雇われたんじゃない。なに?付き合わずにさっさと結婚したいのかしら?」


言葉を発して開いた口に、レモンケーキの欠片を放り込む、

苦いわ。

さっきまで気にならなかったレモンの酸味と苦味が広がる。

あの甘さはどこへ行ったの?

苛立ちが募る。

私にあなたの心を縛る権利など、あるはずもないのに。


全てが苦々しい。

知らぬ間に他の誰かと幸せになろうとしているザックも、それを許せない私も、苦いレモンケーキも。

私は、席を立った。


「もう結構よ。ザック、あなたにお金を預けてあるわよね。払っておいて」

「待ってくれ、エイラ!」


ガタガタとザックが席を立った拍子に、レモンケーキの山が崩れた。

そのうちのいくつかは床に落ち、ぐしゃりと潰れた。

構わず店内を通り過ぎ、店の外に出る。


「お客様、金貨は多すぎます!待ってください、今お釣りを……」

「いらねえ!とっとけ!どうせ俺の金じゃねえ!」

「ええ!?そりゃどういう意味で……犯罪!?」


会計するザックの声を背中で受け止め、私は一人で通りを歩き出した。

カツカツと石畳に靴のかかとを打ちつけながら、スルスルと人の間を歩く。

舞踏会といっしょよ。

こみ合った通り(ホール)でぶつからないようにステップを踏んでいく。


「うわ!」

「いてえじゃねえか!」

「ちょっと!避けなさいよ!」


「すまねえ!!悪い!」


後ろで騒ぎが聞こえる。騒ぎは段々私の背後に迫っているようだ。

ザック、まさかあなた、人を避けずに進んでいるの?

気になって振り返ろうとした時、腕をガッと掴まれた。


「やっと……、やっと追いついたぜ」


ザックだ。

私の腕を逃がすまいと捕らえている。

腕を抜こうと動かしてみたけど、びくともしない。


「ザック……離して」

「嫌だ。離さない」


来た時は、彼と繋がっていることがあんなにも嬉しかったのに。

今はもう、こんなにも惨めだ。

だからお願い。私にこれ以上、熱を与えないで。


「一人で歩きたいのよ。あなたは、私の後ろを歩きなさい!」

「エイラ、何怒ってるんだ!俺が何かしたのか?」

「何も!いいから離して!」

「嫌だ!」

「どうして!!」


私を愛さない癖に。

ザックは叫んだ。


「んなもん、好きだからだよ!!!」

「え……」


ザックが私の腕を力強く引き寄せる。

よろけながらも、次の瞬間には、私はザックの腕の中にいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] エンダァァァァァイアアア(例の映画の歌が流れ始める)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ