第5話 脱出計画と脳内会話
《マナ・バレット》をぶっ放してから、数日が経っていた。
その間、屋敷の空気はずっとピリピリしっぱなしだった。
バカ息子がケツに怪我した件が、思った以上に大騒ぎになって、屋敷の中にも外にも衛兵がウロウロ。
俺は、もしかしてバレるんじゃ……と内心ヒヤヒヤしていたけど、どうやら、その心配はいらないらしい。
そもそも俺は奴隷だ。
疑われるどころか、人としてカウントすらされていない。
考えてみれば、奴隷の子どもが襲撃犯でした、なんて誰も想像しないだろう。なんだか、心配して損した気分だ。
そんなわけで、俺は今日も変わらず“忠実な奴隷”を演じていた。はいはいって感じで、雑用に奔走する。
そして、肝心のバカ息子はというと──、
例の怪我がもとで、しっかり寝込んでいた。
腰には、巨大オムツかよってレベルで包帯がぐるぐる巻き。見た瞬間、思わず目を疑ったほどだ。
まさに哀れの極み。
──ぷっ……ぷぷっ。
いや、こんなの笑うなってほうが無理だろ。
まあ、これでしばらくは、あの鬱陶しいバカ息子に邪魔されずに済む。束の間、静かな日常を味わうとしよう。
転生してから、気づけばもう2ヶ月ほど経っていた。
その間に、俺の物置小屋はずいぶんと充実していた。
屋敷からこっそり持ち込んだ調度品が、掃除道具の隙間にまでズラリ。木刀や槍といった護身用の武具まで揃えていて、もはや小さな秘密基地である。
……まあ、やってることだけ見れば完全にコソ泥なんだが──俺は声を大にして言いたい。
そもそもこの屋敷は、エリクの父が健在だった頃にエリク一家が暮らしていた場所だ。それを奪い取ったのが分家ゲネス。エリク一家は追い出され、屋敷の中身も全部かっさらわれたのだ。
だから俺が今、屋敷から“回収”しているのは──ゲネスに奪われたものを取り返しているだけ。
いわば、“正義の奪還活動”ってわけだ。
今日は屋敷の大部屋から、鹿のハンティング・トロフィーを運び出してきた。これがまた結構な大物で、持ち帰るだけで一苦労。
──だが、無事、奪還成功。
さっそく物置小屋の壁に飾ってみる。
……正直言って、場違い感ハンパない。
無駄に放たれるラグジュアリーが逆に笑えるけど、……まあ、誰もいないし、俺の秘密基地なんだから、これはこれでよしとしよう。
夜になり、ランタンに火を灯して食卓に着く。
使用人が用意する料理は、見た目も悪いし、味も最悪。もはや“食事”と呼ぶのもおこがましいレベルだ。
だから今夜も、調理場から適当に漁ってきた食材で腹を満たすことにする。
今日のメニューは大ぶりのハム。皿に盛り、ナイフとフォークで、あえてお上品ぶって切り分けた。
──うむ。やはり、本物の肉の味は格別だ。
むしゃむしゃと口いっぱいに頬張りながら、今後の作戦に思いを巡らせる。
俺の計画は、次の段階へと進もうとしていた。
レベルアップをより確実なものにするために──。
──そう、『奴隷からの最速レベルアップ計画』の、新ステージ。
その内容は、言うまでもなく──“モンスター狩り”だ!
さすがに、奴隷の雑用で得られる経験値には限界があった。このままチマチマ稼いでいては、あっという間にリミットの3年がやってくる。
──俺が望むのは、もっとスピーディーな成長だ。
モンスター狩りなら、一匹倒すだけで、奴隷仕事の何倍もの経験値が手に入る。
これで経験値をガッポリ稼ぎ、さらなるレベルアップに拍車をかける──それが、次なる目標だ。
だが、それを実行するには、越えなければならないハードルがあった。
それは、物置小屋からの脱出だ。
奴隷仕事以外の時間は幽閉状態だ。扉は外側からガッチリ閂をかけられ、朝までずっと閉じ込められる。当然、内側から手が届くはずもない。
では、どうやってそれを外すのか……?
──答えはもちろん、魔法の出番!
魔導書には“マナを操る方法”がびっしり記されている。うまく使いこなせれば、そのエネルギーで物体を動かすこともできるらしい。
──つまり、閂を開けることも可能、ってわけだ。
もちろん、他の魔法同じく訓練は欠かせない。これには時間がかかりそう。
だが、やらなければ、はじまらない。
俺は魔導書を片手に、試してみることにした。
まずは深呼吸し、マナの流れを感じ取る。次に意識を手のひらに集中させ、エネルギーを溜めていく……。
一種の念力みたいなものだ。うまく操作できれば、閂の解除も夢ではない。
頭の中で、成功のイメージをぎゅっと固めた。
──よっしゃー! 外してやらぁ!
と思った、その時だった。
(……エリク様……)
どこからともなく、声が聞こえてきた。
「えっ!? な、何!? 誰だよ……!?」
と、キョロキョロする俺。
もちろん物置小屋に人の気配なんて、あるはずない。
でも確かに、女の声がする。
壁の隙間から外の様子を覗いてみても、そこにあるのは夜の闇だけ。虫の声すらしなかった。
(……エリク様……、聞こえますか……)
「ひえっ……!」
ひざがガクッと笑い、反射的に肩がすくむ。
ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして、俺にしか聞こえてない!?
その声は耳からではなく、頭の中に直接響いていた。背筋がぞわりと寒くなって、心臓がぎゅっと縮こまる。
……幻聴? それとも、幽霊?
まさか、この屋敷、おばけが出るのかっ!?
(エリク様、ご安心ください。ワタクシが魔法で直接、エリク様の心に語りかけているのです)
「えっ、えぇっ!? 魔法でそんなことができるの!?」
驚きとともに、恐怖心がふっ飛んだ。頭の中に直接語りかけられるなんて、予想の斜め上すぎる。
だったら、先に言ってくれよ……。
こっちはそういうことに慣れていないのだ。何だか自分がバカみたいで、急に恥ずかしくなってしまった……。
とはいえ、脳内に直接“声”が届く感覚は、どうにも不思議だった。頭の奥底を軽くノックされているような……。
そんな感覚に慣れたところで、俺は尋ねる。
「……ところであんた、誰なんだ?」
(今はまだ、正体を明かせません。ただ、ひとつ言えるのは──ワタクシはエリク様の味方です)
まさか味方を名乗る奴が現れるなんて、思ってもみなかった。本日2度目のビックリだ。
それに、頭の中に直接話しかけてくる味方って、どんなパターンだよ。
(ワタクシは先代の当主、フィリップ・ダークベルク様に仕えていた者です。今はゲネスの暴政を止めるべく、身を隠して動いております)
──なるほど、内偵者ってわけか。
ならば、その存在がゲネスにバレるわけにはいかないな。たとえ俺であっても、直接接触を避けるのは当然の用心だろう。
「それで、ゲネスの弱みは握れたの?」
(いえ……、いまだ掴みかねております。執事のセルヴァが、ゲネスの秘密を徹底して隠匿しているのです。彼はなかなか手強い魔法使いでして……)
……は? っと俺は顔を歪めた。
「あの性悪執事って、魔法使いだったの?」
(はい。その実力を買われ、ゲネスの側近となった男です。重要な秘密を覆う結界も、セルヴァの術によるもの。こちらも苦慮しております……)
「マジかよ……」
よりによって、あのねちっこいおっさんが魔法使いだなんて……。てっきり頭のネジがぶっ飛んだ、ヒステリックな男だと思っていたのに。
なんでそういうところだけハイスペックなんだよ!
(こういった事情ですので、エリク様が魔法を使えることを、悟られないでいただきたいのです。セルヴァだけでなく、ゲネスにも。あれも勘の鋭い男ですから……)
「わかった。教えてくれてありがとう」
思わず、小さく息をつく。
得体の知れない脳内ボイスにビビっていた数分前とは大違いだ。“エリク様”なんて呼ばれてちょっと得意になっていた。
(それと、もうひとつ……)
「何?」
(エリク様のお母様と、妹のローズ様のことです)
「ふたりが、どうしたの?」
(……昨日、この辺境領アクシアから、追放の身となられました)
「追放って……」
その言葉に、胸がきゅっと縮んだ。
そういえば俺が奴隷になってから、ふたりとはそれっきりだった。根暗な母親と、プライドだけは高かったローズ。
いったい、ゲネスはどこまで俺たちを痛めつければ気がすむのか……。利用するだけ利用し、価値がなくなれば即処分。
もはや、人間の所業とは思えなかった。
(ですが、ご安心を。お二人の身は、我々の仲間が匿っております)
「そうか……。なら、少しは安心だな……」
ほんのわずかな時間しか過ごせなかったが、それでも気がかりなのは本当だ。
……いや、この胸のざわつきは、俺自身じゃなく、“エリク”の想いなのかもしれない。
「またいつか、会えることを願っているよ」
(はい、ワタクシもそう願っております! そして、再びエリク様がこの辺境領アクシアの領主となられることも! 我々が必ずや復権を果たしてみせます!)
……うーん。
脳内に、やけに熱量の高い忠誠心が叩きつけられる。
まあ、命がけでがんばってくれるなら止めはしないし、ローズたちを守ってくれるならありがたい……。
だが正直、俺は領主になる気なんてこれっぽっちもなかった。
どっちかって言うと、もっと自由に、世界を旅してみたい派なのだ。
まあ、未来ことはまだわからないけど、とにかく今、俺がやるべきことは原作回避だ。そのために日々レベルアップに励んでいるのだ。
だから、領主の話は後回し。
「でさ、せっかく脳内会話できたんだし、ついでと言っては何だけど……」
(はい、何でしょうか?)
「──俺に、マナの操作方法、教えてくれない?」




