第4話 ちょっと反撃してみよう
──俺は屋敷の一角にある書庫にいた。
薄暗い部屋の中、ランタンを手にトボトボ歩く。
……そんな俺は、いったい、ここで何をしているのかという話。
もちろん、ここに来たのは俺の意志じゃない。例によって、あの性悪執事のパワハラ命令だ。
いつものように鞭をビシビシし振り回しながら、「書庫の整理と清掃だァ!」と偉そうに、仕事を押しつけてきやがった。
この途方もない広さの書庫を、ひとりで丸ごと整理しろなんて、とても正気じゃねえ。
まったく、書庫より先に、あいつのおかしな頭を整理してやりたいぜ。
……なんてことを、心の中で愚痴っていたけど、実はこれ、俺に巡ってきた絶好のチャンスでもあった。
ずっと待ち望んでいた“アレ”を手に入れる、まさに願ってもない機会だった。
俺はそのために、書庫の仕事を引き受けた。
そして、そのお目当はというと……、
次の計画に欠かせない、重要アイテム──『魔導書』だ。
俺はレベルが2に上がり、ついに魔法を覚えられるようになっていた。そのためには、もちろん魔導書が必要だ。
魔法習得は原作回避のための必須科目。
魔法こそ己を守るための切り札であり、この世知辛い世の中を渡っていく最強の自衛手段でもある。
タイムリミットはわずか3年。
その間に魔法をマスターできなければ、待っているのは原作どおりの火あぶりエンド。
……そんな結末、絶対にごめんだ!
俺ははたきを手に、ぱたぱたと埃を落としながら、棚の一冊一冊を目で追った。背表紙に刻まれた文字を睨みつけるようにして、お目当の魔導書を探す。
すると、ついに──古びた革の装丁に、キラリと輝く金文字が。
──あった! 『魔導書』発見!
ひと目で、それとわかる存在感。
俺は辺りを見回し、そっと手を伸ばした。持ち上げると、ずっしりとした重みが手のひらに伝わってくる。
──間違いない、本物だ!
俺はただのガラクタを抱えているかのように見せかけ、清掃道具に隠していた布で魔導書を包んだ。
そしてモップやはたきの陰に紛れ込ませ、平静を装い作業を続ける。
これなら、書庫からまんまと持ち出せるはず……。
やがて仕事を終えると、性悪執事のレーザーのような視線を背中に感じながらも、何とか書庫を後にした。
……ふう、何とかなったぜ。
思わず口元がニヤついた。
ついに手にした切り札への期待感に、俺の心は飛び上がらんばかりに躍った。
──これでやっと、次の計画を動かせる!
* * *
──その日の午後。
俺は物陰に身をひそめ、そっと魔導書を広げた。薄暗がりの中で古びた羊皮紙がパリッと小さく鳴る。
ページには見たこともない字が並んでいたが、不思議なことに、意味は自然と頭に入ってきた。エリクの記憶が、まるで辞書みたいにバックアップしているおかげだ。
俺が扱えるのは、無属性魔法だった。
無属性のページをめくると、《マナ・バレット》の文字が目に入った。
《マナ・バレット》は、魔力を弾丸のように発射する攻撃魔法だ。初級の魔法使いなら誰でも習得できる基本中の基本。
威力は控えめで、あまり実践向きとは言えなかった。ザコ相手ならともかく、ボス級にはまだまだ力不足だろう。
それでも、俺にとっては最初の“切り札”だ。レベルを上げていけば、強力な武器になると踏んでいた。
魔導書によると、魔法に必要なのは原料であるマナと魔力量、そしてイメージの力。
マナを感じ、魔力を高め、魔法発動のイメージを鮮明に描く。
どうやらゲームみたいに、ボタン一発で魔法が飛ぶ、なんて甘い話ではないらしい。一筋縄どころか、縄だらけって感じだ。
果たして、俺に使いこなせるのか……。
兎にも角にも、魔法を習得しないことには、はじまらない。
俺は内心ドキドキしながら、魔導書に手をかざした。
──さあ、俺に、魔法を教えてくれ。
すると、魔導書の文字がまばゆく光り、それが光の粒になって、ページからふわりと浮かび上がった。
その光が俺の手のひらに吸い込まれるように、全身へ流れ込む。
「キタキタキタキタァーーッ!」
さっきまでの奴隷モードなんて、どこへやら。
剣と魔法の世界に転生して以来、初めて“それっぽいイベント”の発生だ。そりゃあもう、テンションは最高潮までブチ上がるわけで。
体の奥がビリッと震えた。
まるで体の中で魔力のスイッチが、カチッと入ったみたいだった。
──俺は《マナ・バレット》を習得した。
───────────────
【名前】エリク・ダークベルク
【種族】人間(転生者)
【年齢】12
【職業】奴隷
【Lv】2
【EXP】114/300
【HP】15/15
【MP】10/10
【攻撃力】4 【防御力】4
【敏捷】4 【魔力】7
【運】1
【スキル】自動回復Lv2
CT短縮Lv1
【魔法】無属性魔法マナ・バレット
───────────────
──おおっ、ちゃんと表示されてる。
ステータス画面には《マナ・バレット》の文字が刻まれていた。これで、魔法使いの仲間入りだ。
俺はついに、魔法が撃てる体になったのだ。
その事実を意識した途端、胸の奥から得体の知れない衝動がせり上がってきた。
「撃ちたいぃ……、いますぐ撃ちたいぃぃ……!!」
欲望はもう爆発寸前。
試し撃ちしたくて、指先がピリピリとうずきっぱなし。
だが、ここは屋敷の中だ。こんな場所で撃てば、一瞬でバレる可能性がある。
最悪、あの性悪執事が鞭を片手に飛んできて、がちゃがちゃと面倒くさいことになるのかも。
さすがに今は、そんなリスクは負えない……。
わかってる。理屈では、ちゃんとわかってるんだけど──
「我慢、我慢……」と、どれだけ自分に言い聞かせても、頭の中では、もう《マナ・バレット》がビュンビュン飛び回っていた。
俺は突き上げる衝動を、必死に理性で押さえ込んでいた。
そんな葛藤の真っ最中。
目の前に“あいつ”が現れた。
「お〜い、奴隷エリク! 邪魔しに来てやったぞ、どこだ、さっさと出てこいよ!」
──何だ、またバカ息子か。
ワルロはテンションMAXではしゃぎ散らしていた。意味もなく棒切れを振り回し、まるで剣豪気取りだ。
こいつは、いったい何を生き甲斐にしてるんだろう? いつもいつも嫌がらせばかりで、何が楽しいんだ?
……暇なのか? 他にすることはないのか?
ドロップキックを喰らっても、まったく懲りる気配ないよな。
俺は恨めしく睨みつける。
正直、こんなバカに構っている暇はない。あいつは俺にとって【時短】の概念から最も遠い存在であり、“無駄”と“ワルロ”がほぼ同義語だ。
だから、このまま無視してやり過ごすつもりだった。
が、その瞬間、頭の中に悪魔の囁きが響いた。
──これは、いい練習台になるのでは……?
周りを見回しても誰もいなかった。バカ息子は俺の存在にまったく気づいてもいなかった。間抜けな顔で、辺りをうろうろ。
……うん、どう考えても、絶好のシチュエーションだ。
ということで、いつも散々な目に遭わせてくれたお返しに、《マナ・バレット》をお見舞いしてやることにした。
俺は物陰に身をひそめ、そこからバカ息子に狙いを定める。
ゆっくりと腕を持ち上げ、手で銃の形を作った。
魔導書の記述どおり、呼吸を整え、体内を巡るマナを指先に“ぎゅっ”と集めていく。
次の瞬間──体の奥で、何かが“カチッ”と噛み合った。
イメージは完璧。狙いもバッチリ。
俺は魔法を発動した。
「──マナ・バレット!」
──ズドォンッ!
「ぎゃあぁああああっ!!」
指先から放たれた光の弾は、見事にバカ息子の尻にクリーンヒット。
ズボンは派手に破れ、真っ赤な尻丸出しで、地面をのたうち回っている。
──ざまぁ!!
俺は笑いをこらえるのに必死だった。うれしさとバカバカしさで、吹き出さずにはいられなかった。
一発目としては、文句なしの大成功。さすがに威力こそ弱いが、初成功の手応えはしっかりあった。
魔法が使える──それだけで、レベル上げの効率も格段にアップするはずだ。
俺はそんな期待感に、胸をパンパンに膨らませた。
──これで、『最速レベルアップ計画』は、次の段階へ。
それは、俺にとって間違いなく、大きな挑戦のはじまりだった。




