第3話 生き残りを賭けた時短戦略
──翌朝。
物置小屋の床で丸まって寝ていた俺の安眠は、バンッと乱暴に開いた扉の音で、無慈悲に終了した。
ズカズカと踏み込んできたのは、昨日の”性悪執事”だ。
「奴隷の分際で、いつまで寝ている! さっさと起きろ、仕事だ!」
──ビシッ!
「いってぇっ!」
……おいおい、マジかよ。こいつ、俺の尻を鞭で叩きやがった。
俺のケツは目覚まし時計じゃねえっての! 命令するのにいちいち鞭を振らないと、気が済まないタチなのか? どんだけS気強いんだよ、このおっさん。
尻は痛いわ、目覚め悪いわで、朝イチから最悪である。
「貴様が起きるのは鶏より早く! 働きは馬より多く! 眠るのは死人になってからだ! 貴様の人生すべてをダークベルク家に捧げろ! それを肝に銘じておけ!」
……朝からテンションの高い奴め。
どうやら、こいつが俺のお目付け役らしい。俺をこき使う気満々だ。眠い目をこする俺を、性悪執事がグイっと腕を取って、物置小屋から引きずり出した。
こうして俺は正式に、この辺境伯家の“奴隷”として働くことになったわけだ。偉そうに扱われるのはムカつくが……まあ、ここは我慢我慢。
というのも、
俺の計画は、すでに動きはじめている。
──その名も、『奴隷からの最速レベルアップ計画』
第1段階は、実にシンプルだ。
まずは一刻も早く、レベルを2に上げること。
とにかくエリク(=俺)を鍛え上げないことにははじまらない。
幸い、奴隷の仕事でも経験値が入ることはすでに確認済み。つまり、働けば働くほど経験値稼ぎが可能ってわけだ。
──俺に雑用があるって?
はい、はい、むしろ大歓迎!
ここは“従順な奴隷”を演じつつ、経験値をコツコツ稼がせてもらう。周囲に感づかれないよう、レベル上げしていくことが重要だ。
「あら、ダークベルク家のご子息というのに、大変ね」
「仕方がないわよ、ゲネス様に“無能”とされたんだから」
「まあねえ、……殺されないだけマシよね」
通りすがりの使用人たちが、わざと聞こえるように皮肉を飛ばしてくる。彼女たちは笑っていても、目はどこか濁っていた。
ここには性格がひん曲がった連中しかいないのか?
それとも、ゲネスの支配が強すぎて、弱い立場の相手を踏みつけないと、自分の心を保てないのか?
……まあ、どっちでもいいけど。
俺は気にせず、黙々と作業に没頭した。心の中でひたすら、(レベル上げ、レベル上げ……)と念じながら。
水汲みに、火起こしに、部屋の掃除。馬の餌やりや厩舎の掃除。食事の後片付けに、洗濯まで。
無駄にでかく、やたら豪華な屋敷のおかげで、やるべき仕事はたくさんあった。俺は仕事を覚え、黙々とこなす。
この局面で最も重要なのは、ただひとつ──【時短】だ。
とにかく、少しでも早く終わらせる。それがすべての鍵になる。手際よく動き、無駄を削り、時間を圧縮する。
別に、使用人たちに気に入られたいわけでも、褒められたいわけでもない。俺にとって“早く終えること”そのものが目的だ。
【時短】こそが、この屋敷でレベルを上げるために重要なのだ。
日課をこなすだけでは、得られる経験値は1しかない。これでは次のレベルアップまで3ヶ月以上かかってしまう。
──だから、俺は行動に出る。
仕事を片付けた俺は、ツカツカと性悪執事のもとに歩み寄った。
「洗濯、終わりました。他にすることは?」
「ほう……。お前、奴隷の才能があるのか。ゲネス様の目に狂いはなかったようだな。だが気を抜くなよ。いつでもお前の余裕など、いつでも粉々に打ち砕いてやるからな」
相変わらず口が悪いやつめ……。だが、今の俺にとってはどうでもいい。
大事なのは“仕事量=経験値”という鉄の法則だけだ。
ひとつ終えれば経験値1。3つ終えれば経験値3。余裕があれば、もう1つ、さらに1つ。
とにかく、全部まとめて俺の糧にする。
──経験値は、上がりこそすれ、減ることは絶対にない。
これが俺の、唯一にして絶対の真理。
だから俺は【時短】を極め、がむしゃらに働いた。
そんな日々を続けているうちに、使用人たちの俺を見る目が、少しずつ変わっていった。
その日も窓拭きに勤しむ俺へ、複雑な視線を送ってくる。
罪悪感でも覚えたか、苛立っているのか、それとも焦りか……。まあ、どれも正解だろう。
だって給料もらっている連中より、奴隷である俺の方が、働きっぷりが上だもんな。立場を逆転されたら、居心地悪いに決まってる。
ねえ、どんな気持ち?
ねえ、ねえ、奴隷に仕事量で負けるってどんな気持ち?
お株をぜ〜んぶ持っていかれて、どんな気持ち?
──チラッ。
視線を合わせると、使用人たちはバツが悪そうに目をそらし、そそくさと去っていった。
……ふっ、実に滑稽だな。
俺は思わずニヤリとする。
見下されていた立場から、結果だけで相手を黙らせる──この爽快感は、想定以上。
心の中で小さくガッツポーズを決め、俺は気分よく作業に戻る。
すると今度は、場の空気を読むという概念を持たない、間延びした調子の声が、屋敷の廊下にいやらしく響いた。
「あ〜、こんなところに奴隷のエリクがいたぁ〜。相変わらず惨めな姿だなあ〜」
──何だ、誰かと思えば、例のバカ息子か。
いるんだよなあ、こういうタイプ。
偉そうにできるのは父親の権力のおかげで、お前の実力じゃねえだろって奴。自分でやってて、恥ずかしいって思わないのな。
「そもそも、お前みたいな汚い奴隷がいるだけで、家が汚れるって気づけよな」
うるせぇよ!
俺に絡む時だけキラキラしやがって。安っぽい小物感が全開だな。
俺は無視して作業を続けていると、あろうことか、バカ息子が床に置いてあったバケツを蹴飛ばしやがった。
──バシャーン!
あたり一面に水が飛び散る。
無視しようとした……。
……でも、駄目だった。
何故かこいつだけは我慢ならなかった。
気づけば俺は道具放り出し、その勢いのままドロップキックをお見舞いしていた。
──ドガッ!
「ふごぉおおおおーーッ!」
バカ息子が変な叫び声を上げて、見事にふっ飛んでいった。
* * *
そうこうしているうちに、1ヶ月が過ぎようとした。
そしてついに、──俺は経験値100に到達した!
レベル2到達! キタァァァァァーーッ!!
俺は歓喜のあまり、飛び跳ねながらステータス画面を開く。
体力やMP、攻撃力、防御力、敏捷、魔力……。
どのステータス値も確実に上がっていた。そこには確かに、数値の成長が刻まれている。
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【名前】エリク・ダークベルク
【種族】人間(転生者)
【年齢】12
【職業】奴隷
【Lv】2
【EXP】100/300
【HP】15/15
【MP】10/10
【攻撃力】4 【防御力】4
【敏捷】4 【魔力】7
【運】1
【スキル】自動回復Lv2
CT短縮Lv1
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──出た! 新スキルだ!
【スキル】の欄に《CT短縮Lv1》が追加されていた。これはスキルのクールタイムを縮めるスキル。
これまでの【時短】の努力の積み重ねが、こうして《CT短縮》ゲットに繋がったのだ。
──まさに、俺の狙いどおり。
しかもこのスキルは、《自動回復》と相性が抜群。この組み合わせでレベルを上げていけば、回復のクールタイムもガンガン縮めるられる。
そうなれば、体力も魔力も一瞬で回復。
魔法もバンバン撃てる体になれる。
これこそが、弱小ステータスのエリクが、生き残るための、唯一の方法だ。
気づけば俺は、最短経路でスタートラインに立っていた。頑張って奴隷生活を耐えてきた甲斐が、まさにここにある。
心の中でガッツポーズを決めつつ、ステータス画面をニヤニヤ眺める俺。
……すると、背後に人の気配が。
「貴様! こんなところで何をしている!」
──ビシッ!
あの性悪執事が、また鞭を振るいやがった。
だが、まったく痛みは感じなかった。
鞭くらいのダメージなら、痛みを感じる前に《自動回復》で即座に癒える。
──おお、これがレベル2の力……手応えアリ。
これなら何発喰らおうが、問題なし。むしろ、回復時のゾワっとした感覚が妙に気持ちよくて、ちょっと病みつきになりそう。
……いや、いかんいかん。性癖が歪む未来が見えてしまった。
そんな俺を、性悪執事が「?」みたいな顔で、じっと見てきた。
──あっ、ヤバい。
楽しんでいるのが、バレてしまう!
俺は慌てて顔を歪め、リアクションを取った。
「イタたたたぁ〜! すっごい痛いっすぅ〜!」
これからは、気づかれないように完璧に演技しなければ……。
だが、それでも、俺のレベルアップは着実に進んでいる。
さあ、ここからが本番だ!
計画を次の段階に移行するとしよう!




