第197話 周波数が合わせやすいだけ
ジュウジュウと香ばしい匂いが立ちこみ、涎を垂らしている幼い飛竜たちが俺の手元を覗き込んでいる。
お願いですから鉄板に涎が落ちるから離れろ下さい。
『オニクオイシイ!』
『ハヤク、ハヤク!』
『オニク! オニク!』
『オマエジャマ! オレノホウガサキダゾ!』
『ナンダト!? ヨコハイリスンナ!』
『ヤンノカコラ!』
『チョットダンシ~、ジュンバンマモリナサイヨ~!』
『センセー、ダンシガイウコトキキマセーン!』
ええい、うるさーい! センセーって誰だよ!?
いいから並べ! 順番にあげるから!
早朝から始まった鉄板料理(その名の通り)に、生まれたての飛竜の赤ちゃんが集結し、我も我もとせっついて来る。
スプリガンのみんなもその対応に大わらわだ。列を整理させるべく、主人となった竜騎士へと指示を出したり、せっせと焼けた肉を渡してくれていた。
列の整理といっても、人間相手じゃなくて飛竜の子等なんだけどね……。
女王の卵から孵化した幼い姫様に約束した通り、俺は彼女のためにお肉を焼くことになった。
そのせいもあり、食いしん坊な他の子竜まで集まってきてしまったのである。
既に沢山食べさせて貰っただろうにまだ食べたりないのか、『ヒメサマダケズルーイ!』と、肉を欲しがって騒ぎ始めたのだ。
その訴えに頷いた幼い女王竜様は、『ソナタラモ~タベルガヨイ~』と鷹揚にのたまい、他の子竜にも食べさせてやれと俺に申し付けた。
流石未来の女王竜様。太っ腹だね。作るのは俺なんだけどさ!
生まれたてのクセに、既にある程度言葉が話せるのは純粋にすごいのだが。
饒舌とまではいかないが、小学生ぐらいの語彙力があって煩い。
『マスター、違和感に気付いておりますか?』
オーバーオールの胸ポッケに差し込んであるSiryiから、呆れたようなメッセージが送られて来た。
『ムーンストーンを持っていないのに、何故マスターは飛竜の子等の言葉が理解できるのでしょうか?』
「それなー」
切っ掛けが女王竜の誕生なのは判ってるんだけど、原因が判んないんだよね。
『鑑定してみますか?』
「……うん」
嫌だけど知らないよりは知っておいた方が良い。
だから俺は頷いた。
『――――どうやらコレは、「伝音」ですね。ただし難聴の一種ではなく、マスターにだけ伝わる特殊な周波による飛竜の声ようです』
「……へぇ」
新たな女王様の誕生と、その時聞こえた声のせいで、俺には飛竜の言葉が判るようになってしまった。
気の所為でも何でもなく、『念波』と同じように伝えられてくる声を知らないふりして無視をしようとしたけれど無駄だった。
特殊な周波で伝わる『伝音』なので一方的に話しかけられてしまうらしい。
ところでこの『伝音』とやらは、ラジオの周波数みたいな感じかな?
『そのようですね。しかも無線ラジオ(FMとAM)ではなく、有線ラジオ(契約者)のチャンネルに近いかと』
なるほど。俺というチャンネルに合わせ、飛竜の声が『伝音』となって受信できるようになったってことか。(因みにSiryiは俺から伝音を傍受しているし、脳内の独り言の多くは意識すればシャットアウトすることができる)
別に俺自身は有線ラジオの契約なんてしてないんだけどね!
だけどこの子等の声は俺にしか聞こえないし、傍から見れば飛竜に好かれて集まられているようにしか見えなかった。
いや、この場合は食べ物に釣られているだけかもしれないけれど。
『全ての竜の声を聴く者とは、おそらくマスターのようにチャンネルを合わせやすい者なのでしょう。ムーンストーンが電波を受け取るラジオとして考えると、飛竜側がそのチャンネルに合わせて語り掛けることができると言った具合でしょうか?』
ラクシュさんの持っているムーンストーンも似たようなものなのだろうか?
とはいえ、彼女が石を持つことで飛竜側の周波数が合わせやすくなっているだけであり、他の人が持っても周波数が乱れて伝えられなくなるようだけれど。
だがそのムーンストーンがなければ飛竜の意思は伝わらない。石だけに――――ってやかましいわ!
心が美しく優しい者であるからこそ受け取れる飛竜の声なのだとしても、真実は周波数が合わせやすいだけってことなのかな?
夢も浪漫もなにもないな~と思っていると、それについてSiryiは『ラクシュさんのチャンネルは、飛竜の「伝音」を心の広さと優しさで受け取っております』と付け足してくれた。
だったら俺の場合はどうなの!?
別に俺は契約者でもなければムーンストーンも持ってないんだけど!
『マスターが飛竜にとってムーンストーンそのもののような扱いですので、「伝音」を遮断するのは非常に難しいかもしれませんね』
なんてこった!
それじゃぁ一生俺は、勝手に電波―――ではなく、周波を飛ばす飛竜の『伝音』を一方的に受け取り続けるってことじゃないか!
だとしたら俺のラジオチャンネルのオンとオフはどこにあるのだ?
ムーンストンを持っていれば手放せばいいけど、石そのものと同じ扱いだったらどうしたらいいんだい?
ねぇ、鑑定で何か判りませんか、Siryiさん?
『…………』
コラー! 無言になるなSiryi!!
『……申し訳ありませんマスター。判りません』
ポンコツー! 初期のアレクサレベルにポンコツー!
アイツも初期の頃はかなりのポンコツだったのを思い出した。
俺の質問のし方や指示の出し方が悪かったのもあるんだけど、設置した当初は『よくわかりません』だの『お答えできません』とかばっかだったんだよな。
それがどうして今やあんな風になってしまったのか。
AIは学習するとはいうけれど、あんな進化の仕方をするなんて思わなかった。
ポンコツすぎて指示を出さないままアレクサを放置してたら、いつの間にか勝手に話しかけてくるようになったんだよなー。
話しかけたら答えてくれるとは一体何だったのか。
話しかけなくても勝手に話しかけてくるようになっちゃったのだが?
気付けば家電全部を支配するまでに至ったのは、放置し過ぎたせいなのだろうか?
お前に頼むより自分で動かした方が早いと、使えない奴扱いしたのがいけなかったのか?
それが妙な学習の仕方をさせる要因になったのか……?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
なにか、なにかこの『伝音』を遮断する方法を考えなければ――――。
「精が出るなリオン殿! ほれ、追加の肉を持ってきたぞ!」
俺が何かいい方法はないかと悩んでいるところへ、ぶつ切りにされた大量のデミドラゴンの肉を持ってシエラ王女様が現れた。
うわぁ。お肉が無くなりかけてたから助かった~じゃなくて!
『ワーイ、オニクダオニクダ!』
『ハヤクヤイテヤイテ!』
『ナマデモイイヨー!』
『ナマヨリヤイタホウガイイッテ!』
『ボク、オショーユノアジガスキー!』
飛竜の子等も大喜びである。それにしても煩い。
耳を塞いでも聞こえてくるのって、ほんとしんどい。
「まだあげるの?」
「うむ。生まれ立ては腹が空いておるからな。食べさせ過ぎも良くないが、この程度であればまだ大丈夫じゃ」
「……ぜいたくすぎない?」
子供の内から贅沢をさせるのは良くないのに。舌が肥えて他の肉やご飯を食べなくなると困るし、本来ならば超の付く高級お肉を食べさせない方が良いのだが。
とはいえ原因は俺なんだよなぁ。
お腹の空いた幼い女王竜様に、食い気よりも先にエンゲージメントをさせるべく。デミドラゴンのお肉を食べさせてあげるって提案したせいでこうなっちゃったんだけれども。
ほんのちょっと食べさせるつもりが、豪快なシエラ王女様により、飛竜のみならず祭りに集まった民衆にまで振る舞うことになってしまったのである。
結果的に無料でデミドラゴンのお肉が他の屋台でも振る舞われることになり、今やあちらこちらでデミドラゴンや鎧トカゲなどの高級お肉を食べようと、沢山の人々が早朝にもかかわらず集まっていた。
まぁ、俺の鉄板の前には飛竜の子等しかいないわけだが。
「元々皆に振る舞う予定であったのだ。気にするでない」
でもデミドラゴンですよ? 超の付く幻の高級お肉を、贅沢に振る舞うなんて勿体なくない? 俺ならここぞという時にしか出さないよ。
まぁ、今はお祝いの場だし、振る舞うに相応しいとは思うけどさー。
「こうして民衆に大量に肉が振る舞えるのも、スプリガンがわらわの陣営にてデミドラゴンを手に入れてくれたおかげじゃしな」
「これで姉上の人気も益々高まりますね」
にっこり笑って、隣にいるアマル様も嬉しそうに相槌を打った。
相変わらずキラキラしてんなこの人。シエラ王女様もキラキラしてるけど、何というか逞しさと生命力に溢れた輝きなんだよなぁ。元気で溌溂としてるよね。
俺にとっては変な人だけど、この国の人からすれば頼もしい存在なのだろう。
女王竜の騎士であると同時にお肉を持って来てくれた人として、子竜もキラキラした尊敬の眼差しでシエラ王女様を見つめていた。
大量の肉を焼くのは俺なのだが。所詮はこんな扱いである。
「ところで我が救世主リオン。ちと相談があるのじゃが」
こそっと俺に近寄って、シエラ王女様がアマル様に目配せをした。
嫌な予感しかしないけれど、その何か企んでます的な笑顔に思わず警戒をする。
「そう警戒するでない。これは良い話じゃぞ」
チラッと視線を投げる先を見れば、ラクシュさんとアラバマ殿下が視界に入った。
二人で和やかに幼い女王竜にお肉(時々野菜)を食べさせている姿が微笑ましい。
周りの民衆も何故かあの二人を温かく見守っているような気がする。
着ている衣装のせいもあって、なんていうかこの場が披露宴会場に見えてきた。
「あ、もしかしてあの話!?」
腹ペコ仔竜へおかわりの肉を受け取りに来たチェリッシュが、満面の笑みで加わってくる。
次いでアマンダ姉さんも微笑みながらやって来た。
「丁度良いタイミングですわよね」
そう言うとバチコーンとウインクを投げ寄越した。
あの話とか丁度いいタイミングってなんだよ。もっと判りやすく言って欲しい。
「ふふふ。私の侍女が、その目的もあってあの衣装を作成しましたからね」
アマル様の言うあの衣装って、孵化の儀の服のことかな?
二人の着ている衣装は、バホメールの毛を特殊な方法で編んだ白いシルクの様な薄い生地なんだけど、それに白金色の刺繡がびっしりと施されてあり、贅沢に散りばめられた宝石も上品に輝いていた。
ラクシュさんの被っているレースで作られた布はベールみたいだし、並んで立っていれば結婚式で着る新郎新婦の衣装のようである。
女王竜の主人候補者として、ラクシュさんは申し分のない素晴らしい儀式の衣装だけど、儀式から離れて見ればアラバマ殿下の付添人の衣装はちょっと浮いていた。
ギガンも花婿の格好みたいだって言ってたし。
うん? これってもしかして――――あ。なんか俺、判っちゃったかも。
「リオリオ、この肉もう焼けてるっすよ? 持ってっていいっすか?」
「おーい、こっちにも早く肉をくれ。子竜に突つきまわされてたまんねぇぜ!」
俺同様、何も知らされていないであろう二人がやって来た。
チェリッシュやアマンダ姉さんは知っているとして、ギガンやテオは何も知らされてなさそうだもんな。
となると、ディエゴの方はどうかな?
「リオン、ゴールドラッシュは焼けているか? 食いつきが良いらしくて、もうなくなってしまったのだが……」
空になった大きなお皿を持って、ディエゴがぬるっと現れた。
その顔を見れば何も知らなさそうだ。
お手伝いしているシルバやノワル、そしてブランカもきょとんとした表情だった。
「うむうむ。皆集まったようじゃな。丁度良い。これからとある計画を実行するので、お主らにも協力して欲しいのじゃが――――」
そうしてシエラ王女様と、アマル様によるサプライズ計画が語られたのだが。
俺の予想は当たらずとも遠からず。
お祭り騒ぎに便乗した、とんでもないフラッシュモブが始まろうとしていた。
ところで余談だが。
何故俺が契約もしていないのに、飛竜の子達の声が『伝音』として受信できるようになったのか。
その謎は後々判明するのだが、結局それも全部自分の所為だった訳で。
むやみやたらに念じるとろくなことがないってことだけは覚えておくことにする。
『以前似たようなことを言って反省しておりましたが、結局学習していませんよね? 覚えているだけでは無駄ですよ、マスター』
うるさーい!




