第179話 実験台になってもらおう
ゆるふわカール髭がストレートサラ艶髭になったのを見て、ほっかむり星人さんは驚きと共に叫んだ。
そうして恐ろしいモノを見るように、ヘアアイロンを再び指さす。
「そそそ、その不思議な魔道具は、加熱棒ではないの!?」
「ちがうよ」
そんな危ないモノではない。
この世界でも髪のお洒落用道具はある。ヘアアイロン自体、結構昔からあるしね。
鉄の棒を火で熱して髪を巻いたり、ひしゃくに熱した石を入れて使うアイロンを髪に使っているのでよく事故っているそうだけれど。
こういうところはまだまだアナログである。
それに頻繁に使えないし髪が傷む。一度傷んだ髪は元には戻らないし、それなりの技術がいるのだ。女性のお洒落も大変だよね。
それで美容部員さんがどうにかならないかと相談してきたことから、安全性の高い美容魔道具としてヘアアイロンを作ってみたのだ。
ついでに髪を乾かすドライヤーも作ってみた。
この世界にもドライヤーはあったけど、大型で個人使用できないので、小型化して温冷の切り替えもできるようにしたのだ。
使用上の注意点として、温風で乾かした後、必ず冷風で冷やすようにお願いした。そうでないと髪から水分が抜けてパサパサになるからね。
「これだと自分で簡単にできるぞい」
「ほ~れ、こんな風に縮れた髭もサラサラストレートじゃ」
まるでシャンプーのCMのように、髭をサラリと撫でて靡かせる。
髪の毛じゃなくて髭だけど。キューティクルが眩しく光ってキレイダネ。
「その魔道具とやらは、誰にでも使えますの!?」
「ワシらでも使えるのじゃから、そうじゃろうな」
「濡れると戻るがな」
「それは仕方がない」
「戻らんと困る」
「それな」
「しかも毎日使うと髭が傷みますからなぁ」
まぁ、無理矢理引き延ばすからねぇ。
後《《髭》》じゃなくて、本来は《《髪》》だからね。
ドワーフさんたちは間違った使い方をしているだけだよ。
「そうなのですの? 髪が傷んでしまうのですのね……」
何故かがっかりしたような様子のほっかむり星人さんである。
ダメージヘア用のスタイリング剤もあるにはあるんだけどねぇ。
「縮毛矯正とかいうのもできるんじゃなかったか?」
「それはまだだよ」
サボテンエキスに炭酸とサヘールの魔晶石鉱山の泥(この国には昔からクレイパックとして使われている)を混ぜたらそれらしい軟化効果のある薬剤はできたのだが、あくまでも軟化である。
強烈な刺激臭もなくSiryiの鑑定ではクレイパックみたいに、トリートメント効果もあるし安全だって話なんだけどさ。
それにもう一つ問題があり、縮毛矯正薬剤は第一段階のものでしかなく、クセ毛やウェーブした毛髪を緩やかにする程度なのだ。なんせ二段階目のストレートに伸ばす薬剤の開発が難しいんだよね。
実験台になってくれた魔道具工房の親方は、そのせいで引き籠っちゃったし。
髭が傷んだのではなく、おかしなことになったからだけど――――。
「ねぇ、あなたたちのおっしゃる、縮毛矯正ってなんですの!?」
ほっかむり星人さんが、縮毛矯正という言葉に食いついた。
ヘアアイロンに興味がある所は女性だなと思っていたのだが、縮毛矯正にも興味があるようだ。
なのでみんなで縮毛矯正やヘアアイロンについて説明することになった。
「……そのようなことが、可能なのですの?」
「理論上は可能らしいです」
「実験段階では半分成功しとりますぞい」
「ワシらの中で尊い犠牲者を出してしまいましたがな」
犠牲って言うな。
でも実際に親方は尊い犠牲になってしまったので間違ってはいないが。
人前に出るのが少々恥ずかしいことになっちゃっているし。
実験好きで名乗りを上げてくれたのはいいけれど、結果がアレではちょっと面白すぎるもんね。
「まぁ、実際にご覧になればよろしい」
「親方~! 親方ちょっと来てくれませんかのぉ~!」
「恥ずかしがらんでもええじゃないですか~!」
「ワシらだってこうして同じように髭をアレンジしてやったじゃないか~!」
職人さんは髭で遊んでいたのではなく、もしかして親方を慰めてたのかな?
半分以上は面白がってそうだけど。
「リオ坊が差し入れに美味しいパウンドケーキを持って来てくれてますぞ~」
「ハチミツ入りの青茶もございますでな~!」
「出てきてくだされ~!」
天岩戸から天照大神を誘い出すが如く、みんなで声をかける。
その表情は深刻そうなモノではなく、とても輝いていた。
絶対に面白がっているなこれ。
「お前ら煩いのですぞ~! そうやって笑い者にしたいのですか~!」
煩さに堪え切れず、とうとう親方が出てきた。
縮毛矯正の実験台になって一月以上経ったけれど、第一段階の軟化薬剤効果は継続中であり、まだまだその髭型は健在のようだ。
「どうじゃどうじゃ、このようになるのじゃが?」
「縮れ毛を軟化してコレという面白さ」
「ここから延ばすのが課題ですな」
「親方は尊い犠牲になったのだ……」
縮れ毛がまさかこんなことになるなんて、誰が想像したであろうか?
お陰でストレートに出来る薬剤が開発されるまで、誰一人実験台になろうとはしてくれなくなったのである。
美容部員さんもヘアアイロンの出来に満足して、縮毛矯正は急がなくて良いって言ってくれたし。
なので親方には、自然に軟化効果が切れるのを待ってもらっているところだ。
いやでもコレ、軟化したって言えるのかなぁ?
「……素敵ですわ」
「え」
「は?」
「ん?」
「何と言いましたかな?」
親方の髭の形を見たほっかむり星人さんが、口元に手を当てて、なんか妙なことを言ったぞ?
「何て斬新……いえ、素敵なアレンジなのですの!?」
「はい?」
「これが半永久的に継続されるのですのね!?」
「いや、せいぜい三ヶ月か半年ですよ」
「個人差がありますからのう。親方の場合は三ヶ月ぐらいじゃったか?」
「これもまだ実験せねば判りませんが」
もじゃらーである親方の髭なので、軟化効果は予想では三ヶ月が限界である。
緩い巻き毛の人だったら半年か一年ぐらいは持つと思うけどね。
「わたくし、決めましたわ」
「なにを?」
「その尊い犠牲とやら、わたくしがなって差し上げてもよくってよっ!」
「えぇ~」
よくってよと言われましても。
《《アレ》》を見て実験台になろうって本気で言っているのかな?
「ストレート剤はまだ開発中なのじゃが?」
「軟化して《《コレ》》ですぞ?」
「短くとも三ヶ月、長ければ半年や一年はこの状態を維持するのですよ?」
「構いませんわ。いえ、寧ろ望むところですわよっ!」
ほっかむり星人さんの決意は硬そうだ。
みんなで説得して止めさせようとするが、俺としては実験台になってくれるのであれば否はない。
失敗しても訴えないという誓約書を書かせ、親方のような髪型になっても後悔しないと約束させた。
そこまでくれば話は早く。ほっかむり星人さんは意を決して、頑なに被っていた布をするりと外した。
「どうです? あなた方は、この髪をそのように変えることが出来て?」
人前で頭髪を晒すのを嫌がる女性は多い。というかはしたないとされるこの国では、好ましい相手にだけ見せるという風潮がある。
単純に太陽に晒されて髪が傷むので、被り物をしていただけなのだが。いつしか滅多に見れない髪を見れるというシチュエーションにより、好きな相手にしか見せないようになったってだけなんだけどね。
ただ綺麗な髪をしてますよと、チラリズム的に首元から覗かせて相手を誘うようなことはしていた。
そっちの方がそそるんだって。わけわかんないね。
だから堂々と頭髪を晒したほっかむり星人さんにみんなが驚いた。
「なんとまぁ……立派ですなぁ」
「ワシらの間では寧ろ威厳のある縮れ具合ですぞい」
「コレを、アレにするのか。勿体ない」
価値観の違いもあるけど、ドワーフさんたちの間では縮れ毛が良いとされる。
親方が親方なのは、その立派なもじゃらーだからでもあろう。今はその影は見るまでもないんだけれど。
「ドリルになってもエエなら、わしらも構いませんがなぁ?」
「ヘアアイロンでもストレートにするのは困難ですぞい?」
「構いませんわ! 寧ろ望むところですの!」
ほっかむり星人さんが、決意表明として同じことを二度言った。
本人が望んでいるのだから、これ以上の説得は止めて実験台になってもらおう。
「じゃぁ、やってみようか」
ファンキーなスーパーロングアフロヘッドのほっかむり星人さんを、ドリルヘアーにするべく軟化剤を塗ってあげることにした。
ドリルというか、お優雅に表現するなら縦ロールだけどね。
親方の髭を掴んで伸ばしてビヨンビヨンさせて遊んでいる工房の職人さんにとっては、お洒落ではなく面白い玩具扱いだけれど。
ほっかむり星人さんは言葉遣いがお嬢様なので、きっと似合うと思うよ縦ロール。
ただし軟化剤で何故縦ロールになるのか判んないんだが。ある程度引き延ばされたってことなんだろうけど、強烈な縮れ毛だからこうなったのかもしれないね。
俺から見ればお洒落なアフロヘアーだけど、それがほっかむり星人さんのコンプレックスになっていたようだ。
やたらと髪質に拘っていたり、毛皮のある魔獣をうっとりと見ていたのはそのせいだった。
「これでわたくしが変われたら……もっと、人に優しくできそうですわ」
「そうだといいねー」
「我儘で癇癪持ちと、皆に嫌われているのは判っておりますの」
「ふうん?」
「皆表面上は笑ってほめそやしていても、わたくしを陰で笑っていますもの。せめてもの抵抗に、我儘を言っておりましただけですのに……」
「そうなんだー」
「でもどんどん酷くなって、いつしか誰も信じられなくなりましたの。だから逃げ出したかったのですわ。儀式も何もかもが嫌になって、宿舎が崩れたのをいい機会だと思って、誰にも縛られることなく出歩いてみることにしましたの」
「なるほど?」
「でも途中で疲れて倒れてしまいましたわ。初めての一人での外出は、緊張の連続でしたし……」
「そうだったんだ」
なんかどっかで聞いたような話だな?
この国では寮や宿舎が壊れることってよくあるのだろうか?
建築基準が甘いのかな~?
アラバマ殿下の作った秘密基地は、壁や地盤を強化してるから壊れることはないって自慢してたけどね。
「皆が大騒ぎをしている隙を見て逃げた先で、あなたに会えて良かった……」
「おれもよかったよ」
良い実験台が現れてくれたなと思ったことは黙っておく。
ぽつぽつと身の上を語るほっかむり星人さんの話を適当に聞き流し、薬剤が馴染むまでに青茶やお菓子で時間を潰しつつ。和やかな時間は過ぎて行った。
「できたよー」
ふむ。俺の手際も美容部員さんに負けず劣らず素晴らしい気がするぞ。
薬剤を洗い流し濡れた髪を乾かすと、そこに現れたのは立派なドリルヘアー――――ではなく、お嬢様にお似合いの上品な縦ロールだった。
親方のドリル髭は単純に面白おかしかったけど、髪の毛だとちゃんと縦ロールなので様になっている気がする。
「……素敵。これが、本当にわたくしなの?」
鏡を見てほっかむり星人さんが自分の髪型に感動していた。
前髪はヘアアイロンでストレートにしてみたよ。この程度なら伸ばしても問題はないだろう。傷んでも前髪ならすぐ伸びるし。しかも頭頂部はドリルの重さでいい具合にストレートになっている。
それとぱっつんな前髪になってるけど、別に俺がハサミで切った訳じゃなくてもともとそういう長さだったので、気になるなら伸ばせばよいだろう。
「ほほう~髪の毛だとこうなるのですな~」
「髭じゃから面白おかしくなっとったのでは?」
「何故か物凄く威圧感があるのう……」
「威厳と言え威厳と」
「それを言うならゴージャスだろうが」
うん。確かにゴージャスだね。
ロングアフロもゴージャスだけど。お上品なお嬢様って感じを表現するとしたら、やはり縦ロールではあるまいか?
気位の高そうなほっかむり星人さんにはよく似合う髪型のような気がする。
嬉しそうにクルリと回って、縦ロールが崩れることなく揺れ動く。トリートメント効果もあってキューティクルがキラキラしていた。
艶を失ったアフロヘアーとは打って変わった劇的な変化である。
こっそりローヤルゼリーを加えたからだけど。相変わらずコウカハバツグンダ。
「これが三ヶ月は持続するのですわね?」
「たぶんねー」
もし効果が無くなりそうならまた来てね。
実験者として経過観察もしたいし。
そうして俺は髪を整えるスタイリング剤を渡し、髪の栄養に良いとされる食べ物やら何やらをほっかむり星人さんに説明した。
アフターケアもしっかりするのが俺の流儀だからね。
そして髪の毛に良いとされる、ビターチョコレートをお土産に持たせた。
カカオに含まれるビタミンやタンパク質、そしてミネラルが髪に良いらしい。
これはアラバマ殿下のカカオ商品の売り上げに貢献すべく、ほっかむり星人さんに宣伝させる意図もあるのだ。
そのビターチョコレートを見て、ほっかむり星人さんはまたもや驚きの表情で目を見開いた。
「これが、うわさの、チョコレートとやらですの?」
「うん?」
「皆が噂しておりましたのよ!」
「へぇ」
王女宮でアマンダ姉さんやチェリッシュが配り歩いてたからかな? いや、売り歩いてたんだっけ? どっちでもいいけど。
下町では冒険者や子供用にチョコチップクッキーを屋台販売している。チョコそのものは現在、特殊な経路(スプリガン経由)でしか手に入れられないのだ。
それに今日みんなに渡したお菓子はプレーンのパウンドケーキだった。
なのでチョコ味には抵抗があるかもしれないね。
「いらない?」
「いっ、いいえ! 頂きますわ! もう返しませんわ!」
「ならよかった」
「ああ、これでわたくしも、除け者ではございませんわ!」
そういうとほっかむり星人さんは、ポロポロと涙を流した。
何故泣くのか判んないけど、哀しくて泣いているのではなさそうなので放っておくことにしよう。哀しくて泣いてても放っておくけど。
下手な慰めは余計に哀しくなるからね。落ち着くまで待つのが俺流である。
そうしてやっと落ち着いたほっかむり星人さんは、キッと顔を上向けた。
「ありがとう存じますわ! これでわたくし、自信がつきましたわ! やっと勇気を出して、やりたいことを堂々と口に出せそうですの!」
「それはよかったね」
元々はっきりものを言ってたような気はするが。
ただ単に気丈に振る舞っていただけなのかな?
「あなたにも何れお礼をしにまいりますわ!」
「べつにいいよ」
貴重な実験台になってくれたからね。
この先も経過観察させてくれればそれでよい。ここまでゴージャスな縦ロールになりそうな逸材は、ほっかむり星人さん以外にはいなさそうだけれど。
「いいえ。わたくしの誇りにかけて、いずれ必ずお礼をさせていただきますわよ!」
「え。いらない」
面倒そうだし。
だが拒否してもやってきそうなので、俺は暫く魔道具工房に顔を出さないことにしよう。




