第178話 ほっかむり星人現る
布を目深に被るのが流行っているのだろうか?
せいぜい頭部を保護する役目だと思っていたのだが、顔を隠す程目深に被っているのを見るのはこれで二人目である。
いや、この場合は顔以外全部覆っているのか。
いくら直射日光を避けるためとはいえ、やたらと布面積が多いんだが。
お祭りに出店する屋台参加者と、商業ギルドで場所取りや店舗規模の話を終えて(シュテルさんがやたらと張り切っていた)研究所に戻る途中、道端にほっかむり星人が倒れていた。
転んで起き上がれないようだ。
見回しても周りに俺以外誰もいない。
職人街だからみんな工房や工場にいるもんな。最近はエアコンを設置する工房が多くなって、室内の快適さに出歩くことも少なくなっちゃったのもある。
どうしようかね?
『 ▶無視する
助ける
様子を見る 』
Siryiがふざけた選択肢を表示させてきた。
だが第四の候補として如意麺棒で突っつくを選択する。
どいてくれないかなと思って。
「いきてる~?」
つんつくつんと突ついてみた。
「この場合は大丈夫かどうかを聞くのが礼儀ですわっ!」
「あ。いきてた」
「当り前ですわよっ!」
「よかったね」
元気よく返事が出来てるし。暑さで頭がやられてなくて本当に良かった。
「よくないですわっ!」
「なにが?」
「なにもかもですわよっ! 膝も痛いし、髪だって……何もかもが嫌ですわっ!」
「けがしたの?」
「してますわよっ! だから倒れていたのですわっ!」
なら丁度良かった。傷薬をあげよう。効果は抜群なので安心したまえ。
「あなたとっても怪しいですわっ!」
「そうだね」
「身分を名乗りなさいっ!」
「う~ん」
面倒だから冒険者証のタグを見せてあげた。
「あなた、冒険者でアルケミストですの?!」
「らしいよ」
「何故他人事なのですの!?」
「しかたないね」
そういうことになっているのだから。
逆にほっかむり星人さんの方が見た目的に怪しいのだが? 名乗られても覚える気はないから聞く気もないけれど。
「アルケミストなんて初めて見ましたわ!」
奇遇だね。俺もリアルでお嬢様言葉を使う人を初めて見たよ。
ネット上でネカマの人が使う言葉だとずっと思っていたし。
お料理上手の自称お嬢様のお菓子作り編集動画、アレ好きなんだよねー。
みんなお優雅でお上品なお嬢様になってて面白いんだよ。まぁ、全員雰囲気だけの自称お嬢様なんだけど。
「実在しているんですの?」
「いるみたい」
「何故他人事なのですの!?」
「おれもみたことないもん」
アルケミストは基本的に賢者の塔とやらに引き籠っているそうだからね。
この世界的にはレアモンスターのような扱いである。
「本当に、この傷薬は大丈夫なんですの?」
「じっしょうずみ」
グロリアス軍団で実験したからね。あの時は本当にすまんかった。
だがお嬢様言葉のほっかむり星人さんが道端で治療されるのは嫌だと我儘を言うので、場所を改めることにした。
アラバマ研究所までは距離があるし、最寄りの魔道具職人さんの工房にお邪魔することにしよう。なんか良い手土産ってあったかな?
「シルバごめんねー」
「ワフッ」
一歩も動けないと我儘を言うので、シルバの背に乗せる。その際にかなり騒いでいたが、嫌がるというより興奮気味だった。
艶やかなシルバの毛並みをうっとりと眺め、そっと触れながらほっかむり星人さんはぽつりと呟いた。
「素敵ですわ……。わたくし、このような従魔に乗るのが夢なんですの……」
「ふ~ん」
「サンドクーガーは知ってますの?」
「うん」
魔物図鑑に載ってた、ピューマみたいな魔獣だよね。
サーベルタイガーみたいな牙はないけど、風のように素早く走る魔獣である。
ネコ科の魔獣って地属性かと思いきや、その多くが風属性らしいよ。気紛れな気質だからだろうか?
人を襲うことは滅多にないし、大型の猫みたいで人に慣れやすいという特徴があるので、冒険者で風属性のテイマーはサンドクーガーを従魔にしていることが多い。
ブランカと遭遇したダンジョンでも、連れているテイマーさんがいたしね。
見た目のいかつさに反してにゃうにゃう鳴くから可愛いのだ。
ライオンやトラ、ヒョウやジャガーは鳴くというより吠える。それ以外は咽頭と舌骨が未発達なので吠えることが出来ないんだって。
その他のネコ科はにゃうにゃう鳴くけど、その分コミュニケーション能力が高いとされるのである。甘え上手ってことかな?
「わたくし、いつかサンドクーガーに乗るのが憧れなんですの。空を飛ぶより、地を駆ける方がずっと素敵だと思うのですわ」
「そうなんだ」
「空から見える景色は素晴らしいと皆が言うのですわ。でもね、地上の方が安心感があるでしょう?」
「そうなの?」
「だって高いところは怖いじゃないですの!? 落ちて怪我でもしたらどうするのですのっ!」
「たしかに」
「それに硬い鱗よりもふわふわの毛の方が素敵だわ。この子はとっても美しい毛並みですのね」
「そうだねー」
俺による渾身のブラッシングによって艶々にしてあるからね。えっへん。
「ああでもこの大きなフクロウも素晴らしい羽ですのね。風属性の魔獣だからかしら? いいわ。とても立派で美しいですわ……」
「リッパ! リッパ!」
「よかったねー」
毛皮マニアなのだろうか? ほっかむり星人さんはやたらと従魔の毛質に拘りがあるようだ。俺の髪の毛まで羨ましがってやたらとキーキー言ってて煩い。
艶やかな毛質が好みなのだろうが、俺に対する嫉妬と妬みが物凄いし。それなのにシルバの毛皮にうっとりとしている。こういうのを二律背反っていうのかね。
そのせいなのか、目的地である魔道具工房に到着したのに、シルバから降りたがらなくて困ったことになったけれど。
ほっかむり星人さんが何故ほっかむり星人なのか。
それは顔しか見えないからだ。
男性だろうが女性だろうが、ターバンのような物やクーフィーヤと呼ばれる頭巾のような物が、この国では一般的な被りものである。
しかしほっかむり星人さんは、大きな布をケネディ大統領暗殺の時一番近くで見ていたバブーシュカ・レディのような、お洒落に表現するならばアリアーヌ巻き(昼下がりの情事)または真知子巻き(君の名は)にしていた。
家なき子君も似たような感じだったけど、目が見えないように顔を隠していただけで首から下まで覆ってはいなかったんだが……。
この子は髪の毛一房たりとも見せないように、がっちりと覆っているのである。
なので宇宙人のような見た目なんだよ。マトリョーシカでも良いけど。
「あつくない?」
布をすっぽり被って、シルバを背にもふもふソファーにしているほっかむり星人さんに問い掛けた。
シルバはお守りご苦労さんである。こうしないと治療させてくれないんだもん。
ノワルはサービスのつもりなのか、翼を広げてほっかむり星人さんを扇いでやっている。後でご褒美ジャーキーをあげよう。
「暑くなくってよ!」
「そう?」
気丈に振る舞っているけれど、この布を外してなるものかと死守している。
無理矢理剥がすような変態ではないので、警戒しないでほしいんだけど。
この工房にもエアコンが設置されているので、そう暑くはないけど気になったから聞いただけだし。
取りあえず転んで擦りむいた膝に薬を塗って、大袈裟なほどに包帯を巻いといてあげよう。
そうこうしていると、奥の扉がバンと開いた。
「遊びに来とったのか、リオ坊!」
「どうじゃこのわしらの髭!」
「ストレートにしてみたぞい!」
「ワシはゆるふわかーるですぞ!」
「あーうん。おもしろいね?」
工房に辿り着き事情を話して若手の職人さんに迎え入れてもらったんだけど、いつものメンツはどこにいるのかと思えば、奥の部屋でなんかやっていたようだ。
もじゃもじゃの髭をヘアアイロンで整えていたのか、みんなおかしなことになっていた。
「おなご共の要求に応えるのは苦労するわい」
「やれもっと細いロールブラシにしろだの、水蒸気とやらが出るようにしてくれだのとうるさいことこの上なし」
「めちゃくちゃ吹っ掛けてやれば良いのです」
「それはそうだな」
「うむ。吹っ掛けてやろう」
「研究費もバカにならんしな」
ヘアアイロンをカチカチ鳴らしながら、みんな悪い顔で笑っている。
バルタンかな? 楽しそうで何よりです。
「そ、それ……なんですの?」
「うん?」
「お客さんかの?」
「けがにんだよ」
「怪我の治療をしとったんですか」
「大丈夫ですかい?」
サラサラゆるゆるふわふわと揺れる髭が面白すぎる――――じゃなくて、カチカチとヘアアイロンを鳴らしながら近付いて来るのは止めたげて。
ほっかむり星人さんがプルプル震えながら、魔道具職人さんの持っているヘアアイロンを指さしているじゃないか。
これは武器じゃないよ。美容魔道具だよ。髪の毛専用だけど。
ドワーフの職人さんは長い髭を伸ばしたりゆるふわカールにして遊んでいるけど、本来は髪に使う道具だからね。
「な、なんなんですのっ!?」
「いや、何なのと言われましても」
「これか? これはヘアアイロンじゃよ」
「これこのように使うのですぞ」
そう言うとバルタン星人と化した職人さんの一人が、ゆるふわカールにしていた髭を、ヘアアイロンでスッと挟んでストレートに伸ばした。




