第177話 ただの眼鏡に非ず
どうにも様子がおかしいな? と気付いて家なき子君を観察していると、老眼だった爺さんのようにモノを近付けたり離したりして見ていた。
もしかして近視かな? または遠視なのかな? それとも弱視?
気になったのでそれを指摘すると、驚いたように家なき子君の身体がビクリと震えた。
怖がらなくていいから理由を話しなさい。理由が判れば俺だって如意麺棒でわざわざ突つくことはしないよ。
という訳で優しく宥めながら話を聞いてみたところ。
家なき子君は物覚えが悪いのではなく、色弱を患っているようだった。
赤や緑の判別が難しいから、熟した野菜の色も雑草と苗の区別もつかなかったようである。(雑草抜きに関してはやる気の問題かもしれん)というか、布を目深に被ってわざと視界を悪くさせていたようだ。
それじゃぁ、何もかもが見え難くなるはずだよ。適当にむしったりもいだりしてたのはそのせいもあるのだろう。
詳しい話を聞くと、数年前に高いところから落ちて頭を打ったんだって。
それから色の判別が難しくなって、更に遠くが見え難くなったらしい。なので高いところが怖くなって、お仕事にも支障をきたしてしまったそうなのだ。
後天性色覚異常ってことかな? ストレスが原因かと思ったけど、高所からの落下による怪我が原因なので治療は難しいとのこと。
このことを知られるのが怖くてずっと引き籠っていたらしい。
だが仕事もせず引き籠っててクビにならないのは逆に凄いのだが。
「なるほどね」
色弱で近眼だったのか。だから視界が悪くて不自由していると。ふむふむ。
それなら話は早い。俺はリュックに手を突っ込んで、とある物を取り出した。
「てれれってれ~」
かんて~い~め~が~ね~、かいりょ~ば~ん~。
コレは、サボールのガラクタ売り場で見つけたダンジョン産鑑定用眼鏡である。
既にSiryiがあるので俺には必要ないのだが、何となく買ってしまったヤツだ。
『私というものがありながら、何故購入したのですか?』って責められたけれど、こんなこともあろうかとのために買ったんだよ。きっとね。
「……ただの眼鏡じゃないか」
「ただじゃないよ」
ちゃんとお金を出して買いました。
「そういう意味じゃない……」
「はい。これかけて」
「眼鏡なんかかけたって治らない!」
「みえるようにはなるよ」
家なき子君仕様にしておいたからね。
ちちんぷいぷいっと呪文というか念を込めておいたし。
ついでに卑屈で根暗な性格も直りますように~。
「余計なお世話だっ! こんなちんけな眼鏡で見えるようになるなら苦労はしな――――っ!?」
「みえるでしょ?」
「…………見える」
「よかったねー」
目深に被った布のせいで視界が悪くなっているのも原因の一つだからね。
見えないからって更に見えなくしてどうするのだ。
目が悪いのを誤魔化してたんだろうけど、それもう必要ないよね?
「見える。見える。見える」
「はいはい」
「遠くも見える!」
「うんうん」
「色も、以前のようにはっきり区別が付くっ!」
「よかったよかった」
近眼や老眼は眼鏡である程度見えるようにはなるけど、この世界の眼鏡って質が悪いもんね。色弱なら尚のことだろう。
久しぶりに感じる鮮やかな色のある世界に、家なき子君は驚きと感動であちこち見渡している。
何でだどうしてだと不思議がっているけど、それはそういう眼鏡なんだよ。
俺の魔改造により、その鑑定眼鏡には遠近自動調整・色覚補正機能を与えておいたので安心したまえ。
オプションとして帰属性を加えたから、失くしても自動で戻ってくるよ。
鑑定眼鏡としてもしっかり機能しているので、お野菜の食べ頃も教えてくれるから間違えないようにね。
「これは赤だな!」
「うん」
「熟している!」
「うん」
「そして美味い!」
「うん?」
何故食べているのかな? 味を感じられるようになって嬉しいのは判るけど、沢山食べるとお腹がビックリすると思うんだが……。
だが時すでに遅し。
なんだかんだで食べ過ぎたのか、家なき子君はこの後腹痛で動けなくなった。
長い間空きっ腹だったのに、すき焼き串も食べちゃってたからそうなるよね。
意地でも食べた物を吐き出さないのは褒めてあげたいが、我慢せず吐いた方がすっきりするよ?
だが味のする食べ物を吐きたくないと必死に踏ん張っている。
「しょうがないなぁ」
今日はお薬を飲んでゆっくり休みたまえ。
その分、明日しっかり働いてもらうけどねー。
俺は畑仕事を熟しつつ、時々家なき子君の様子を見るのを繰り返した。
そうして夕方になったのでお腹に優しい豆乳パンがゆを作ってあげて、家なき子君をテントに寝かせて俺は畑を後にした。
立ち去る俺に「ありがとう……ありがとう……」と呟きながらまた泣いていたけれど、卑屈で根暗な性格が直ったのかな?
だが翌日の朝。
ご飯を持ってテントへ様子を見に行くと、家なき子君はいなくなっていた。
パンがゆもちゃんと食べれたようでお皿は空になっていたから、お薬が効いたのだろう。元気になったのなら良かったけどね。
特に無くなった物はないし、にゃんリンガルも置いて行っている。
どこかに出かけたのかなと思ったけど、シルバやノワルに訊ねても辺りにそれらしき人物はいないとのことだった。
「まぁいっか」
ご飯が美味しく食べられるようになって、目もちゃんと見えるようになったから、きっと元の場所に戻ったのだろう。
犬や猫じゃなく人間なので、世話をするのが大変だなと思ってたし。居なくなったとしても問題はない。捨てたのではなく自主的に出て行ったのだから。
俺は仏の心と慈悲によって、食い逃げした家なき子君のことを許すことにした。
後みんなに説明するのが面倒臭かったので丁度いいや。
「じゃぁ、おれたちでがんばろっかー」
「オンッ」
「ワカッタ。ジャーキークレ」
「はいはい」
今日もディエゴは狩りへと連行されている。なので、俺は一人でせっせと畑仕事をすることになった。
◆
「あ、おかえりー」
「ただいまっす~、リオリオ」
「あ~もう、疲れたよぉ~!」
「ごくろうさまー」
畑仕事を終えて風呂に入り、冷たいミルクを飲んでいるとみんなが帰って来た。
今度フルーツ牛乳やコーヒー牛乳でも作ろうかな?
バホメールのミルクだから牛乳ではないが。
「くっそ。もう少しってとこなのに、カシム陣営に届かねぇっ!」
「数じゃあっちが優勢だもの。仕方がないわよ」
「ディエゴを投入してるのに、初日に比べると獲物との遭遇率が低いのか、他の連中と狩場が被っちまって移動ばっかだぜ……」
「だから俺がいてもそう変わらんと言っただろうが」
「そう言ってサボろうとしない!」
お疲れのみんなに夕食を出そうと俺はキッチンカウンターに入った。
ナスとトマトが沢山収穫できたので、それらを使ったメニューにしよう。
パスタがいいかな? モッツァレラチーズと絡めたらきっと美味しいぞ~。
「シャワーあびてきてねー」
「は~い! テオ行くよ~」
「うい~っす」
お風呂に入ってさっぱりしてきてねと声をかける。
「俺らもシャワーを浴びようぜ」
「そうね」
「ディエゴも行くぞ。おい、カウンターに直行すんな!」
「そんなに汚れてないが?」
「ごはんあげないよー」
「……あびてくる」
人参とコーンの塩バタースープも作ろう。でも野菜ばかりじゃ物足りないね。
なのでお肉でもう一品作ることにした。
ボアの挽肉を枝豆入りのつくねにして蒸し焼きにする。そこにネギ塩レモンだれをかけてさっぱりと食べられるようにした。
塩分が多いようだが、大量に汗を流しているので塩分補給をさせるためだよ。そういうことにしておこう。
まぁこんなもんかな。では最後に飲み物の用意をしてっと。
大人組にはワイン、若者組にはレモネードでいっかな?
暫くすると烏の行水組である男性陣が戻って来た。
なんかもう甚兵衛になるのが当たり前になってるね。リラックススタイルとして定着しているのかな?
この服を見たアラバマ殿下が羨ましそうだったので、差し上げておいた。
幅に問題がありそうだけど、自分用に作るって言ってたしまぁいっか。
「おいディエゴ、髪を乾かせ! せっかく作ったドライヤーがあんだろうが!」
「自然乾燥させる……」
「なんで自分で作った便利な魔道具があるのに、使わないんすかねぇ」
「女どもはアレ、なんつったっけ? 髪を伸ばすヤツまで使ってんじゃねぇか」
「ヘアアイロンっすか? 巻いたり伸ばしたりする魔道具っすよね?」
「俺は髪が大量に抜けそうで怖くて使えねぇよ……」
髪が抜けるより燃える動画を見たことがあるよ。200度ぐらいの高温で使うと燃えるみたいだから怖いよねー。なので魔道具職人さんと一緒に作ったヘアアイロンは160度~180度の設定にしてある。
ただし濡れた状態で使うのはお勧めしない。タンパク質が壊れて切れ毛や抜け毛の原因になるし。今のところは事故もなく使えているようだけれど。
ヘアアイロンは現在女性職員さんたちにも使ってもらっていて、問題がないようであれば商品化する予定である。美容に対する拘りが凄いので、ロールブラシやヘアアイロン用のスタイリング剤も作ってるんだよね。
砂漠の民は太陽に照らされて髪が痛みやすいから常に布を被っているのだが。
髪は女の命とは言うけれど、普段は見えないのにお手入れするのって大変だね。
まぁだからこそお手入れするって話なんだけれど。
布を外して唯一見せる相手に美しいと思われたいからとか?
そういうシチュエーションがあるってことなのだろう。知らんけど。
「寝る前なのに、髪の手入れをするのは無駄の極み」
「起きた時に髪がボサボサになるじゃないっすか……。ディエゴさんはそういうのがないから言えるんすよ」
「マジでコイツの髪質は羨ましいぜ。無精のせいでいつか禿げろ」
「禿げない」
「自信満々なのが更にムカつくぜ」
女性陣は髪が長いので、手入れに時間がかかっているようだ。いつものことなので、腹ペコ男性陣に先にご飯をあげよう。
「はいどーぞ」
「うっわうまそ~!」
「リオンは俺らの癒しだな。直ぐに飯が出てくるしよ」
「このために生きてる」
「それはちょっと大げさだろうが。いや、そうでもないか?」
「美味い飯は活力っすからね!」
みんな頑張ってるからね。非戦闘員である俺は狩りに行かないんだから、これぐらいはしなくては。みんなには明日も頑張ってもらいたいし。
今日は俺の畑で収穫した野菜をメインに使っているので、美味しいと良いな。
「あ、そういや今日、カシム殿下が冒険者ギルドに来て、自分の陣営を激励してたらしいぜ」
「ふ~ん?」
「引き籠ってほとんど顔を出さないって話だったんすけどね」
「へぇ」
「まぁ、宿舎の一部が壊れて出て来なきゃならなくなったんじゃねぇか?」
「ほぉん?」
「遭遇した奴らに聞くところによると、やたらと爽やかなお方らしいが……聞いてた話と大分違うと思わねぇか?」
「アラバマ殿下やシエラ殿下の話じゃ、陰険な嫌味野郎って話だったじゃないっすか。知的眼鏡の爽やかな好青年なんておかしいっすよね?」
「ほほう?」
「イメージ戦略かもな」
「だろうぜ」
「今更っすよね」
だがそれは中々良い作戦なので、明日はシエラ王女様にご出陣願って冒険者を激励してもらおうという話になったそうだ。
でもシエラ王女様ってアレだからなぁ。
残りのフィーバータイムの間に、自陣営の冒険者を鼓舞できればいいのだが。
「そんで何故か『美味い野菜の依頼』までしてったそうだぜ」
「美味い野菜って、曖昧な表現っすよね」
「リオンの手作り野菜なら依頼内容に合致しそうだけどよ」
「やらなくていい」
「そりゃお前が決めるこったねぇだろ。まぁ、俺も反対だが」
俺のお野菜は屋台で披露する予定だから依頼は受けないよ。
すき焼き串を沢山食べてもらえたらいいなぁ~。
「やっぱアレか。シエラ殿下が飛竜の飯用に工夫してんのが耳に入ったんだろ」
「食いつきが良くなったし、飛竜も喜んでるそうっすしね」
「契約農家に献上させればいいだけの話だろうが……、管理が出来てないから依頼をしたのかもな」
「今まで警備する農地を放置してたからな。まじめに仕事しねぇからそういうことになんだよ」
ふむ。
もしやこれは俺の畑が荒らされるフラグなのだろうか?
今度は野菜泥棒を警戒せねばならないかもしれないね。
飛竜の落下被害が治まったと思ったら、新たな問題が発生したのかもしれないぞ。
「明日からはリオンの畑の警備をするから、俺は狩りの参加はしないことに……」
「そうはさせねぇよ!」
「シルバとノワルがいるじゃないっすか! ディエゴさんまで加わるのは過剰防衛っすよ!」
仲間から非難されて、結局明日もディエゴは狩りに参加させられることになった。
シエラ王女様の陣営が負けてるからしょうがないね。ここが踏ん張りどころなので頑張って貰わなきゃ。
だから俺の畑の方は、カーバンクルに夜中の警備を強化してもらっておくことにしよう。今のうちにカーバンクルの夜食の用意でもしておくかな?
しかし俺は翌日。またもやほっかむり星人に遭遇することになる。




