幻夢城にて
すーっと音もなく扉が開かれた瞬間、内に秘められていた光と色彩が、外界からの来訪者たちをあたたかく迎え入れた。
「ほお?こりゃあ、なかなか洒落た城じゃねえか」
〝幻夢城〟の内装を見回しながら、ヴォロスが感嘆の声をもらした。
一同の先頭に立ち真っ先に城内へ足を踏み入れた大男は、白い壁に飾られた繊細な絵画や、色彩豊かなシャンデリアが吊るされた高い天井などを、品定めでもするかのように眺め回している。
後に続いた戦士たちも物珍しそうに、土着の神から霊的加護を受けていると言われる賢者の城のあちらこちらに視線を巡らせていた。
「いい所に住んでたんだな、あんた」
「いえ。さすがにあなたたちの〝聖天宮〟には及びませんが……ですが、ここでなら皆様にも多少はくつろいでいただけますし、何よりルスタリア奪還のための足がかりにもなるでしょう」
態度はでかいが、どこか憎めない大男に愛想よく応えてから、ベテルギウスはその顔を全員の方に向けた。
「客間は複数ご用意しております。人数分は十分にございますので、お好きな部屋をお選びください」
「おう!んじゃ、おれはあの部屋にするぜ」
嬉しそうに発すると、ヴォロスは目星を付けた居室に向かい、ズカズカと大股で進んで行った。
その様子を目で追ってから、アカーシャも待っていたように口を開く。
「浴場はあちらでいいのね?私は先にお湯をいただいていいかしら」
「ええ、どうぞ」
「ありがと……」
案内された方角に、アカーシャもどこかほっとした雰囲気で歩いて行く。
〝ふーっ〟とため息を漏らすその背に、彼女もそれなりに疲れやストレスが溜まっていたのだろうとベテルギウスは察した。
続いて水の精霊ディーネが、そのきれいな口元に人差し指を添えながら、思案を交えた笑みを浮かべる。
「では私は、皆様の夕食の支度をいたしましょう。確かルナさんに伺った話だと、この城の厨房にはベテルギウスさんの魔法のお力で、おいしい食材でも飲み物でも、何でも備えられているとか──」
「いえ。さすがに何でも揃ってる、と言うわけではありませんが、ある程度のものなら備えてあります」
「それで十分ですわ。では、少し厨房をお借りいたしますね」
にこやかにそう言ってディーネが足を向けようとしたとき、ルナが慌てて声をかける。
「あ!あたしも手伝います!!」
「ふふ……よろしくお願いいたします」
仲良く歩み去っていくふたりの後ろ姿を微笑ましく見つめてから、ベテルギウスは残された男たちに目を移す。
その視線と一瞬だけ交わったライガルは、厳しかった表情をわずかに緩め、無言のまま自室を求めて去っていく。
気づけばリュネシスの姿も──いつの間にか静かに消えていた。
皆がそれぞれ馴染んでくれたことにベテルギウスは心から安堵して、ようやくその肩の力を抜く。
百年ぶりに戻ってきた自身の邸宅〝幻夢城〟──その私室へ向けて、彼もまた音もなく歩き出した。
〝幻夢城〟階下に設けられた一室。
石造りの厚い壁に囲まれたその空間には、大きなかまどが据えられ、薪の燃える音と香ばしい香りが漂っていた。
それは、奥まった角部屋の厨房である。
中からは、忙しく立ち回っているふたりの姫君たちの明るい声が、弾むように響いていた。
「あ、ルナさん。砂糖と塩をまちがえないでくださいね!」
「はーい。へへ……よく似てるから、まちがえちゃった」
ディーネの慌てた声に対して、緊張感のないルナの返答が返ってくる。
「ふふ……もう、気をつけてくださいね。これで三回目ですからね」
指を一本立てた〝めっ〟の仕草で、天然王女を優しくたしなめるディーネの表情が、次の瞬間本気で強張った。
「って、きゃああ!ルナさん。お任せしたお肉が真っ黒じゃないですか!」
「え!?やば!」
「あらあら……」
普段は温厚なディーネも、さすがに呆れたように肩をすくめた。
「ルナさんの溢れる才能って、きっと神様が美貌と強さの方だけに全振りしちゃったのかしら」
「てへ……正直、あたしもそう思ってます」
ぺろりと舌を出す悪意ない少女を見れば、憮然としていたディーネも肩の力が抜けてしまう。彼女はいつもの笑顔を取り戻して尋ねた。
「でもどうして急に、お料理のお手伝いをしてくださったのですか?今までにも機会はあったと思うのですが……」
これまでの旅の間、食事の支度はすべてディーネが一手に担ってきた。
長期保存が可能だが味気ない糧食を、彼女があらゆる調理の技術で味付けし、皆が飽きのこないよう日々工夫をこらしていたのである。
ルナはぱちくりと瞬きしてから、素直に応える。
「うーん……最近、ずっと張り詰めてたから、少しは気を紛らわしたくて……それに一度ぐらい〝普通の女の子〟がする花嫁修業ってのをやってみたかったんです。あたしお城育ちで、そういうの全然やったことなくて──」
「なるほど、花嫁修業ですか……」
ディーネはふっと目を細め、いたずらっぽい笑みを形作った。
「では今のルナさんには、きっとすぐそばに、気になる男性がいらっしゃるのですね?」
「い、いません!つかディーネさん、なんでいつもそっち系に話を持っていくんですか?」
「ふふ……失礼しました。ただ、わたくしは、ルナさんに好かれるほどの男性がいらっしゃるのなら、その方はとても幸せ者だと思っているのです。ですから、もっとご自身に自信を持って!ルナさんは間違いなく、世界一素敵なお姫様ですよ!」
これ以上ない笑顔とともにガッツポーズまで添えられた励ましに、少女は目を輝かせながら大きく反応する。
「そ、そうですよね!あたしみたいな、十四歳の女の子の魅力がよく解ってない奴がひとりいるんですけど──そんなやつ絶対やばいですよね!」
「い、いえ……それをわかってしまう人の方が……たぶん、相当やばいんじゃないでしょうか……」
ディーネの額を、一筋の汗が伝う。
──前から思っていましたけど、この子やっぱり少し……やばいところがありますね……。
魅惑の水の精霊は、いつしか引きつった笑みを浮かべながら、魔王ですらたじろぐであろう目の前の破天荒な少女を見つめ続けていた。
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