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最終章「これでいいんだ」2

 案内をもう一度終えた頃、受付をする佐山の元気な声が聞こえてきた。本人が言っていた通りフルパワーだ。


 こっちも負けじと大きめの声で案内をする。

 さすがに声を張り上げたらホラーなイメージ台無しになっちまうので、あくまで聞き取りやすい声を出すように努めた。


 それにしても、今まで神様言ってた佐山に負けじと張り合ってるなんてな。

 周りに今日のおれは変だ変だと言われたときはなんだよと思ったけど、実際、変わってるみたいだ。

 もっとも、神扱いしてたのはおれの心の中だけで、佐山は最初から仲間だって言ってくれてたけどな。


 そうだ、案内係のメンバーが決まったとき、佐山は「一緒に頑張ろう」とも言ってくれてたじゃないか。

 あの時は一緒っていう語感がひたすら面映ゆい感じで、意味が分かってなかった。けど……


 今日一日、色々あった。とうとう迎えた本番。佐山のことで悩んで考えたりしたこと。一歩踏み出して、走ったこと。

 そのおかげかな、やっと実感できたのは。


 一緒に頑張るって、こういうことなんだな。


 文化祭閉会のアナウンスが流れても、ホラーハウスには最後の客が何人かいた。室内で驚き叫んでいた彼らは、出てくると笑顔になって、感想を口々にいいながら帰って行った。

 おれたちはその客を見送ってから、顔を見合わせ声を上げ、ホラーハウスの大成功を喜んだ。



 文化祭が終わって、翌日。校舎は、すっかり元通りだ。


 派手な看板やカラフルな飾り付けを脱ぎ捨てた教室は、これが本来の姿だっていうのに、妙に素っ気なく感じられた。「文化祭? そんなのあったっけ?」と言わんばかりの佇まいだ。

 けど、教室にいる人間は別だ。昨日の余韻をぬくぬくと着込み、文化祭について語り合っていた。


 一樹もその語り部の一人だった。おれのクラスにふらっとやって来たので、ホラーハウスの大道具なんかについて色々話した。

 そこまでは良かった。奴が「あ、そうだ、思い出した」なんて前置きをして、とんでもないことを言うまでは。


「昨日な、慎のとーちゃんかーちゃん来てたぞ」

 何だって?

 どういうことだ。うちの両親、文化祭のこと何も知らないはずだぞ。おれが知らせなかったからな。めちゃくちゃ頑張って隠し通したからな。

 それなのに、なんで。


「親不孝者のお前に代わって、俺が教えた。二人ともお前の晴れ姿見て、喜んでたぞー」

「何てことしてくれたんだよ……」


 今思うと、昨日の両親は確かに変だった。なんか飯は豪華だし、携帯を介さず直接話しかけてくるし。

 かーちゃんなんか、飯はうまいかとか風呂入るかとか、どうでもいいことをキラキラした目で聞いてくるんだもんな。おかしいと思ってたんだ。


 今日も引き続き、親のキラキラ攻撃が待ち受けてると思うと、めっちゃ帰りづらい。

 大体、両親揃って、仕事休んでまで来るとか……むず痒い気持ちになる。まあ、親が喜んでくれるような文化祭にできたってことを、素直に喜べばいいんだろうけどさ。


 多少不本意ではあるが、一樹に対して礼の一つでも言っておいた方がいいんだろうか。

 そう思って隣を見たが、奴が「おばさんに会えて良かったわー。俺もキラキラ攻撃喰らいたい」なんて締まりのない顔で言ってるから、感謝の言葉はすぐに引っ込んだ。何だよそれ。


 ところで、うちの家族に馴染みまくってる一樹だけど、自分の家族とはどうなってんだ? あの母親は、文化祭に来たんだろうか。


 気になって訊ねてみると、

「あー、なんか、母親の中では、文化祭なかったことにしてるみたいだ」

 さらっと何気ない風に、一樹は答えた。

「裏方仕事ってのが、親のイメージする俺とは違ってたみたいでさ。まー、学校で息子品評会開かれて騒がれるより、無視された方がましだから、これで良かったかな」


 良かったかなって……本当にいいのか? 一樹のヘラヘラ笑顔に、いつもより力がないように見えて、余計にモヤモヤする。

 なかったことって、そんなのありなのか。いくらイメージと違うからって、こいつが大道具をしっかり作り上げたことに、目も向けないのか。


 正直、一樹の親にムカついたけど、だからって悪口をいうのも違う気がするし……

 じゃあ、何て言う? 考えがまとまらないまま、おれは口を開いた。脳内学習ノートの「気持ちを言葉にする」、実行だ。


「お前の親が無視したって、大道具の出来が悪いってことにはならない」

「え?」

「裏方だからとか、おれらには関係ない。いいものを作ったんだって、ドヤ顔してればいい」


 きょとんとしてる一樹に構わず、言ってやった。けど、反応はない。

 やっぱハズしたか? 恥ずかしくて下を向いてた視線を上げると、一樹は目をまん丸にしたまま固まっていた。お前がフリーズするのかよ。


「あー、びっくりした。ええー、お前でも励ますとかするのかよ、気色悪いー」

 解凍後、一樹は人を指さして笑った。ひでえ。渾身の力を込めたのに。

「ああ、励ましなんてお前にはいらなかったんだな。そうかよ。必要ないなら返せよ」

「返してどうするんだよ」

「誰かに必要になるまで、もっかい口ん中しまっとく」


 一樹の笑い声がますますでかくなった。うざい。

 手で追い払う仕草をしてやると、奴は笑い疲れたのか、息を大きく吐き出しながら立ち上がった。

 そして、呼吸のついでといった風に言葉をぽろりと落とした。


「うん、そうだな。あの人のイメージ通りじゃなくても、現実の自分はこれなんだって、しつこく見せつけてくことにするかあ」


 えっ、と驚いて一樹を見たが、すでに歩き出していたから、どんな表情をしているのかは見えない。

「そうしろ」と声を掛けてみると、こっちに背中を向けたまま手をひらひらと振り返し、行ってしまった。


 一樹がどんな顔してたのか、どんな気持ちなのかとか、そういうことはコミュ筋トレーニング中のおれにはわからない。

 けど、おれの励ましが返品されなかったってことだけは、わかった。


「おはよう! 流森くん!」

 息を切らしながら、佐山が教室に駆け込んできた。着席すると同時にチャイムが鳴る。

 いつもは朝一番に来てるのに、ギリギリ登校なんて珍しい。


「あのね、学校の前に、蓉子ちゃん家に寄ってきたんだ」

 一時間目が終わったあと、佐山に話を聞いてみると、弾むような声が返ってきた。


 その声にちょっと驚く。佐山が友人のことを楽しそうに話すのが新鮮だったからだ。そうか、これまで友人の話題は、溜息や涙と共に語られてきたんだった。文化祭前と後では全然違う。

 昨日の出来事が、二人にいい変化をもたらしたってことなのか。だったらいいな。


「蓉子ちゃんがね、学校の制服を着てみようかなって。だから嬉しくて、制服姿の写真一杯撮っちゃった」

 学校を怖がってた人間が制服を着るってのは、多分、目に見えない関門がいくつもあったに違いない。佐山の友人は、ちゃんと前に進んでるんだな。


 などと感慨に浸っていると、ふと気付いた。また銅像になりかけてる。おれだって前に進んでるはずなんだから、くそ固い殻はかち割れ。飛び出せ本体。

 おれは、佐山に大きく頷いて見せた。


「良かった。昨日、友達の家行って、良かったな、佐山」


 佐山は頷き返してくれた。口の中で「うん、良かった」と呟きながら、小さく何度も頷いた。

 おれもつられて繰り返し呟く。言い過ぎて、段々「良かった」って言葉の意味が分からなくなってきたぞ。


「一年分くらい、良かったって言っちゃったね」

 佐山も同じようなことを思っていたようで、照れ笑いをしながらこぼした。

「一年分くらい嬉しかったってことだろ」

「そっか! そうだね、本当に」


 佐山は目をまん丸にした後、嬉しそうに笑った。

 ただ何となく言ったことだったから、喜ばれると何だか恥ずかしい。

 けど、恥ずかしい以上に、嬉しいことでもあるんだ。


「ただね、制服着る気になった理由が、私がメイド服着てたのを見たことらしくて、ちょっと恥ずかしかったなあ」

「佐山がメイド服着たら、友達が制服着る? どういうことだ?」


「えっとね、スカート苦手な私がめちゃくちゃ頑張ってたから、自分も頑張ろうって思った、って」

「あー、なるほど。メイド服との格闘が、友人に勇気を与えたのか」

「あはは、格闘かあ。うん、もうね、必死だったからね。似合わなくてもヘンテコでも、頑張って着こなさなきゃって」

 佐山は肩をすくめて縮こまっている。似合わない? ヘンテコ? 何だか、おれの感想とは全然違うな。


「メイド服、佐山に似合ってたぞ」

 しぼんだ佐山を元通りにしたくて、そう言った。けど……

「え、え、そう……?」


 声を上擦らせつつ、佐山はこっちをちらりと見た。けどすぐに逸らした。あ、またこっち見た。その合間に佐山の顔はどんどん赤くなっていく。目の動きも顔色も、病気かと心配するくらい忙しく変化する。


 あれ、どうしよう。もしかして、女子にこういうことって、素直に言っちゃ駄目なやつだった?


「あのな」

 何故だか、言い訳をしなければいけないような気がした。

「おれ、顔がこれだし、感情が相手に伝わらないから、自分の気持ちをちゃんと言葉にしてみようと思ってて。これまで佐山とつるんできて、そう考えるようになったんだ」

 高速移動していた佐山の視線が、ようやく定まる。


「だからえーと、今のも、本当に思ったこと言っただけだから……」

 結局何を伝えたかったんだ、と心で自分に突っ込んでいると、あっ、と佐山が小さく声を上げた。


「そうだよね。せっかく褒めてくれたのに、私、妙に恥ずかしがったりして」

 顔の赤さを隠そうとしているのか、佐山は両手を頬に押し当てている。


 別に隠さなくてもいいのにな。顔を真っ赤にしている佐山を見てるのは、悪い気がしない。

 おれだって内心は恥ずかしくて焦りまくってる。だけど嫌な感じじゃない。もしかしたら今の佐山も同じ気持ちなのかなって思える。

 ……なんてことをちょっと思ったけど、今度は口に出すのはやめておいた。

 言うのなら多分今じゃなくて、もっと先だと言う気がしたからだ。おれの脳内学習ノートは分単位でアップデートされている。有能だ


「うん、素直に褒め言葉を受け取ります! 流森くん、ありがとう!」

「……うん」

 良かった。いらないから謹んでお返しします、なんて言われなくて良かった。


「へへ、流森くんって、純粋な人だよねえ」

「……うん?」

「私も、本当の気持ちを言ってみたよ!」


 いきなりさらっと、すごいこと言われた。ちょっと待て、この話の流れでどうしてそんな単語が出てくるのかわからん。

 わからないくせに何故だか恥ずかしい。やたらめったら照れくさい。

 どう言い返せばいいんだ。おれのノートには対処法なんて載ってない。とんでもなく無能だった。


 佐山はもう赤い顔を隠そうともせず、肩を揺らして弾けるように笑ってる。

 その姿を見ていると、細かいことはどうでもいいような気がしてきた。おれまで楽しい気分になってきた。


 気がつくと、おれの口からも笑い声が漏れていた。笑ってみよう、なんて行動を考えるんじゃなくて、ごく自然に笑っていた。

 声を出して笑うと、楽しい気持ちはもっと膨れ上がる。またひとつ、佐山に教わってしまった。さすがは師匠だ。


 おれの笑っている姿がよほど珍しかったのか、周りの奴らが驚いた顔でこっちを見ていた気がするけど、まあ、良しとしよう。



 午前中だけで、普段の十倍くらい喋った気がするな。

 さすがに疲れたので昼休みは大人しくしていよう……と思っていたけど、そうは問屋が卸さない。逆に、落ち着いて弁当が食えないくらい騒がしかった。


 藤本がホラーハウス仲間を引き連れ、文化祭の打上げ計画を語りに来るし、話したことがなかったクラスの奴らが「昨日の案内のあれ、もう一回やってくれよ」なんて冷やかしに来るし、江見と棚橋は相変わらず審判をしろと押し寄せてくるし。


「まあ、いいか」


 なんて乗り気じゃない風に言って、それぞれの相手をする。もちろん内心はちょっと違う。

 騒がしいなんて文句をつけながら、実は楽しいと思っている自分がいるのを、知っているから。


 全力で人の話を聞いたり、口下手でも言葉を懸命に探したり、熱中できるときは、思い切って熱くなる。そういうことを、これからもやっていこう。

 だから本当は「まあ」なんて曖昧じゃなくて……


「流森くん、こっちこっち」


 打ち上げ会場を決めているらしい輪の中から佐山が顔をひょいと出して、こっちに手招きをする。おれも手を振り返し、仲間のもとへ歩き出す。

 自分にしか聞こえないように、口の中で呟きながら。


「これでいいんだ」

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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