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最終章「これでいいんだ」1

 佐山は、黙っておれの手を無言で見つめていた。けど、それはほんのわずかな間だ。


「……うん」


 声は小さかったけど、潤んでいる目に力が戻ってきているように見えた。

 佐山はおれが差し出した手の平に手を乗せた。そしてバネでも入ってるみたいに、ぴょんと立ち上がる。おれが引っ張り上げるまでもなかった。


「私、行く。蓉子ちゃんと話してみる!」


 そう言って、自分で自分を勇気づけようとするかのように思い切り頷いた。手首足首、肩まで回して準備運動は万全だ。これなら全速力でだって友達の家へ行けるだろう。

 アクティブ佐山、復活だ。


 おれ達は小走りで校門に向かった。

 足を止めたら気持ちまで止まっちまう気がしたから、歩調を緩めずどんどん進む。

 隣の佐山は疲れるどころか、おれを置いていきそうな勢いだった。それだけ速ければ、迷いだって彼女に追いつけない。弱気の名残は、目の周りが赤いことだけだった。


 メイドと執事の格好のまま校門をくぐり町に出た。おれも友達の家の近くまでついていくつもりだった。

 心の中は「おれが一緒に行ったところで意味がないだろ」という、自分へのツッコミの嵐だ。

 同時に「行きたいんだから仕方ないだろ」と反論する声もある。ものすごい小っちゃい声だけど。


「佐山の勇気を見届けたいから行くんだ」反論を何度も心で繰り返しつつ、進んだ。前だけを見て進んだ。


「あそこ。あの家だよ」

 瓦屋根の家が並ぶ住宅街に入ったところで、佐山が一軒の家を指さした。友達の家は目と鼻の先らしい。

 さすがに少し息が切れたので、おれ達は立ち止まって呼吸を整えた。


「行けそうか、佐山」

「うん!」

 訊ねると、佐山は勢いよく頷いた。風を巻き起こすリアクション。これなら大丈夫か。


「さすがに友達の家まで行けないから、しばらくしたらおれは学校に戻る。でも、できることがあったら連絡してくれ。仕事に遅れそうになったときとか。多分、何とか出来ると思う」


 案内係同士、ずっと一緒に活動してきたおかげで、佐山の仕事内容も大体わかる。受付仕事は、おれがやったら客に逃げられそうだから吉田や他の誰かに頼むとして、裏方仕事ならおれにもできる。

 だから安心して、友達と話し合ってほしい。


「うん、あとで流森くんに連絡するね。もし、してほしいことがなくても、蓉子ちゃんとの話がどうなったか、ちゃんと伝えるよ」


 そう言うと、佐山は手を差し出した。握手を求めているらしい。


「ありがとう、流森くん。私に勇気をくれて」


 明るい声とは裏腹に、手が小刻みに震えていた。やっぱりまだまだ不安なんだな。

 おれは佐山の手を握り、軽く上下に振ってみた。少しでも落ち着かせたかった。


「礼を言うのはこっちだ。佐山はいつも、おれのこと励ましてくれた。だからおれも同じように、佐山を応援する」

「ありがとう、行ってくる!」


 回れ右、進め。号令が聞こえてきそうなほどの勢いで、佐山は友達宅に向かった。そしてインターホンで短いやりとりをしたあと、家に吸い込まれていった。


 とりあえず、第一の関門は突破か。大きく息を吐く。無意識に息を止めちまってたみたいだ。

 数分待ってみたが、佐山が家から出てくることはなかった。ということは、友達と話し合いができているってことだろうか。話も聞かずに家を追い出される、なんてことにならなくて良かった。


 ひと安心したので、学校に戻ることにした。おれに出来ることはもうなさそうだからな。

 出来ると言えば応援することだけで、それならどこにいたって実行可能だ。

 おれは胸の内で呟きながら歩き出す。


 佐山、大丈夫だ。自分の気持ちを本気で伝えようと思ったら、きっと伝わる。負けるな、佐山。



 学校に戻ったおれは、とりあえず、佐山の相方、吉田に話をしておくことにした。

 佐山が今学校外にいること、もしかすると遅刻する可能性があること。その場合、仕事の分担をどうするか……などなど。

 要点を絞って話すなんてことは、おれにはものすごく難しい。けど苦手だなんだと逃げてる場合じゃない。


 おれが話し終えると、吉田は「友達のところにいるんだね、わかった」と頷いた。

 佐山の友人について大体の事情を察していたのか、おれの雑すぎる説明も、ちゃんと飲み込んでくれた。


「遅れそうなら、逸香から連絡あるんだよね……でも、間に合うといいね、逸香と蓉子ちゃん。そしたら二人で色んなところ見て回れるよね」

 自分の仕事が増えそうなのに、吉田はにこにこ笑っている。やっぱり佐山と吉田って似たもの同士って感じがする。


「そうだな。ただ、どっちにしても吉田の休憩時間は減りそうだ。代わりにやれることやっとくから、今のうちに何か食べといたほうがいいんじゃないか」

 そう言うと、吉田は目を丸くした。あれ、妙なこと言ったかな。

「こんなにいっぱい喋る流森くん、案内係以外で初めて見たよー」

 言ってる内容じゃなくて、おれ自身が変ってことなのかよ。確かに喋り疲れたなーと思うけどさ。


 けど、まだ喋らないといけない。ホラーハウスの代表者である藤本にも話しとかないとな。さっきと同じように四苦八苦しながらの説明タイムだ。

 藤本は全班の仕事を把握している。案内役の人手が足りないときはフォローしてくれると言ってくれた。メイドにはかなわないだろうが、イケメンパワーでなんとかしてくれるんだろう。


 次は何をすればいいか考えていると、藤本がやけにこっちをじろじろ見ていた。何だと問いただすと、

「流森くんがこんなに喋るの、初めて聞いた」

 お前もそれかよ。さっき吉田に言われたばっかりだぞ。


 喋りすぎのせいかどうかは知らないが、なんだか腹が減ってきた。そういえば、まだ昼飯食ってねえ。

 空腹を意識した途端に力が抜けて、食べ物を買いに行くのも億劫だ。

 これから人混みに揉まれなきゃいけないのか、と溜息をついていたとき、いいタイミングで一樹がたこ焼きとカップケーキをぶら下げてやってきた。


「買いすぎたから、食うの手伝ってくれよ」

 いつもならムカつくヘラヘラ笑いが、今は天使の微笑みに見える。拝むようにして差し入れを受け取り、丁重に礼を述べると、


「ええー、あの銅像の慎が表情付きで、しかもしっかりと礼を言うなんて。初めて見たぞ」

 また初めてって言われた。しかも付き合いの長い一樹にまで言われた。そんなにいつもと違うのか、おれ?


 嬉しいような気もするけど、これまでの自分の態度がひどいってことだから、やっぱりあんまり嬉しくない。

 今までのおれ、どれだけ喋ってなかったんだよ。案内役で少しはコミュ筋を鍛えられたと思ってたのに。


 いやいや、今は過去の自分に毒づいてる場合じゃない。

 佐山の問題がまだ解決しちゃいないんだ。ひとまず自分のことは頭から追い出して……

 などと考えているとき、携帯が震えた。

 佐山からの連絡だ。


 ――今から一緒に文化祭見に行くって言ってくれたよ。これから向かいます!


 もやもやしてた気分が、一瞬で吹っ飛んだ。

 やったな、佐山。

 ちゃんと話、できたんだな。友達に自分の気持ちが伝わったんだな。


 携帯を握りしめ、しばらく感慨に耽っていたいと思った……けど、そんな時間はあんまりない。文化祭は、まだ終わっちゃいないんだ。

 佐山が頑張ったのなら、おれだって、もっともっと頑張ってやる。


 それからは、今まで以上に時間が過ぎるのが早かった。


 客にもっと怖がってもらうにはどうすればいいか、なんてことを市村と二人で打ち合わせたりもした。

 お互い普段から怖がられたりしてるんだから、自然体でいればいいんだ、という結論が出たときは、嬉しいのか落ち込んでるんだかわからない、複雑な気持ちだった。

 自分の性格を活用できてるんだからいよな! そう無理矢理お互いを励ましつつ、本番に臨んだ。


 案内の仕事の合間には、受付役の手伝いをした。

 並んでいる客にホラーハウスの概要が書かれたチラシを配ったりするのは、おれにもできる。

 受付は藤本や吉田にお任せだ。おれと市村が「闇」だとしたら、あっちは「光」っぽい。光に焦がれる闇勢力、とかちょっと格好いいかも、と脳内設定に浸っておくことにする。


 そうこうしているうちに、佐山が友達とその母親を連れてやってきた。

 久しぶりに人混みの中に入ったんだろう、友達は少し不安そうに見える。


 佐山も「たくさんの人に話しかけられると困っちゃうかも」と言っていたので、おれたちはできるだけ自然な感じで、遠くから見守っていた。

 まあおれの場合、初対面の女子に話しかけるなんて芸当、ハナからできやしないんだけどさ。


 友達と文化祭を見て回りたい、けど仕事をこれ以上抜けるのは申し訳ない、と苦悩する佐山に、おれと吉田は遠慮せず行ってこい、と背を押した。

 吉田なんか、たとえじゃなくて本当にぐいぐい押してた。


「せめて、友達にホラーハウスだけでも案内したらどうだ? せっかく佐山も、メイド服の苦労を乗り越えたんだしさ」

 おれも、言葉でもう一押ししてみた。


「蓉子ちゃん、私の格好見てすっごく驚いてた。あんなにスカート苦手だったのに、って言ってね。話ができたの、メイド服のおかげかも」

 佐山は笑みを含んだ声になった。それからうん、と大きく頷く。


「じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっとお客さん側で楽しんでくる。戻ったらフルパワーで働くね!」

 両手で大きく手を振り、佐山は友達のところへ駆け寄っていった。そのゴムボールみたいに跳ねてる姿を見て、いつも通りの佐山だと実感した。安心が、大きな溜息になって出てくる。


 さて、おれも自分の仕事をしよう。もうすぐ客が入ってくる。

 教室の外では、吉田の他に江見と棚橋の声が聞こえた。客を整列させようとしているらしい。

 あいつら、食べ歩き以外に興味ないと思ってたのに、いつの間にかホラーハウスに参加してたんだな。


 真面目で結構なことだと思ってたら、「俺は紫を二つ見たぞ」とか「こっちは金色。俺の勝ちだな」などという意味不明な会話も聞こえてきた。

 さらに聞いていると、客の靴の色で対決をしているということがわかった。


 なんだそれは。判定が難しすぎるだろ。いつものことだけど。

 あの二人、文化祭だってのにマイペースすぎる。なんだか妙におかしくなってきた。いやいや、笑ってる場合じゃないんだ。おれは今、恐怖の館で働く陰鬱な執事なんだからな。


 間抜け対決のせいで緊張がほぐれた、と思ってしまったのが、ちょっとくやしい。

 

 台詞を忘れないよう、全力で台詞を頭から追い出す、という矛盾した行動をしているうちに、本番だ。吉田からの合図があり、客が続々と入場してきた。

 十人ほどの客の中、佐山と友達もいる。


「お客さんとして入るの、私も初めてなんだ」

 佐山が小声で話しているのが聞こえた。友達はおっかなびっくりという体で、佐山の腕にしがみついている。

 よく考えたら、あまり外出してなかった人にいきなりホラーハウスを勧めるなんて、刺激が強すぎやしないか。気になってつい、会話に聞き耳を立ててしまう。


「すごい、これ全部、みんなで作ったんだね。逸香も頑張ったんだね」

 友達は感心してくれているようだったけど、声は沈んでいるようにも聞こえた。


「蓉子ちゃんも、私が衣装のことで落ち込んだとき話聞いてくれて、励ましてくれたでしょ? だから私の頑張りの中にはきっと、蓉子ちゃんのエキスが入ってるはず」


 佐山も友達の調子に気付いたのか、すぐにフォローを入れる。包み込むような声で。

 そうか、友達は「自分は頑張れてない」って言外にほのめかしていたのか。今日久しぶりに外に出たのなら、十分頑張ってるけどなあ。


 まあ、おれが心配するまでもないな。「エキスって何よ」などと楽しそうなやりとりを交わしている声を聞いて、そう思った。


 客への挨拶をしている途中、うまそうな匂いが漂ってきた。焼きそばか、たこ焼きのソースか? 食い物を持ち込んでる奴がいるのか。


 匂いにつられて、練習をするたびにみんなと何か食いに行った、夏休みを思い出す。脳よりも腹に刻み込まれてそうな、味と匂い。

 練習が失敗して落ち込んだときは食い、上手くいっては祝杯だと食い、大道具づくりを手伝って疲れては食った。つまりいつも何か食ってた。


 佐山が友達のエキスって言ってたけど、おれが一応、こうやって案内できてるのも、あのときのエキスが入ってるからなんだろうか。

 食いながらしたバカ話。失敗した日のアイスの味。巻き込まれては根こそぎ緊張感を持って行かれた、江見と棚橋の食い物対決。


 思い出していると、案内初回のときにはパンパンに詰まってた気合いみたいなものが、何故かすうっと抜けていくのを感じた。

 だからってやる気がなくなったわけじゃない。何というか、ちょうどいい空気加減になった。


 そうだ、当たり前だけど、このホラーハウスって、みんなで作ってるんだよな。大体、メインはおどかす奴らだし。自分だけが頑張らないと、なんて気張ってなくていいんだ。ちょっと肩が軽くなった。


「では皆様、お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 そう案内を締めくくると、客はゾロゾロと恐怖の館に吸い込まれていった。

 みんなで作り上げたホラーハウス、楽しんでくれるといいな……なんてしみじみ思っていると、ド派手な叫び声が聞こえて内心ずっこけた。


 しかも叫ぶ言葉がおかしい。わーとかきゃーではなく、「みー」とか「うりゅー」とか、不可思議な言葉を発している。

 このおかしな声には聞き覚えがありすぎた。


 佐山……おまえ、ホラーハウスの内容を熟知してるはずなのに、どうしてそんなに驚けるんだ……

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