第四章「行こう、今すぐ」6
泣き続けている佐山を見て、おれはただ、突っ立っていた。どうすればいいんだろう。
わからなくても何か、何かをしたい気持ちはあった。とりあえず佐山の隣に座る。
しばらく待ち、泣き声が止んだのを見計らって、おれは質問をした。
「何があったんだ」
おれの言葉に反応して、携帯を握りしめた佐山の手がぴくりと動いた。
そのまま、手に力を込めたり緩めたりを繰り返す。おれに話を聞かせるかどうか葛藤しているように見えた。
話したくないならそれでもいい。けど、もし吐き出したいことがあるなら、全力で聞く。
そう思いつつ、待ち続けた。
「蓉子ちゃんを……友達を傷つけちゃったの」
何度も瞬きをしながら、佐山は話し出した。声の調子はまだ沈んだままだ。
「友達って、いつも佐山が話してた……」
「うん、そう。文化祭に誘った友達」
やっぱりそうか。思い返してみれば、佐山がその友達について話すときは、表情が曇っていることが多かった気がする。
佐山と話すようになって三ヶ月と少し、ってところだけど、その間ずっと悩み続けていたんだろうか。
佐山はぽつりぽつりと、蓉子という友達のことを話してくれた。
同い年で、小学校から仲良くしていたということ。彼女が私立中学に進学して、学校は離れてしまったけど、家が近くだから、いつでも遊びに行っていたこと。
そして……
「蓉子ちゃん、今年の四月から、学校に行けなくなっちゃって」
学校に何か月も行ってない……不登校って呼ばれているやつか。
「原因はよくわからない。とりあえず私、できるだけ今までと変わらないようにしようって思って。外に出るのは駄目だったけど、家に遊びに行くと笑って部屋に入れてくれた。それが嬉しかったの。でも……」
必死に絞り出したような声で、佐山は続けた。
「今日、朝に蓉子ちゃんの家に行ったとき、早く学校に行けたらいいね、みたいなことを言っちゃったの。軽い感じで、ぽろっと。それが無神経だったみたいで、蓉子ちゃん、黙り込んじゃって、何を言っても答えてくれなくなって」
友達の母親は、「学校のことを話しても、そこまで神経質になることなかったのに、どうしたのかな」と言っていたらしい。「学校へ行こうという意思が出てきたからこそ、余計感じるところがあったのかも」とも。
その「難しい時期」を台無しにしてしまったのではないかと、佐山は深く悩んでいるようだった。
佐山の悩みの正体は、これだったのか。
友達の不登校について、いつも考え込んでいたのか。
学校に行けなくなった経験はおれにはない。身の回りの人間にもなかった。だから、簡単にその友達や佐山のことを理解できるなんて言えない。
言えない代わりに、おれは必死になって今の佐山を見ていた。
時々辛そうに眉を寄せる顔や、時々小刻みに震える手を。
友達との出来事が佐山にとってショックだったということを、少しでも取っ掛かりを見つけて理解したかった。
「連絡はできないのか?」
ふと思いついて聞いてみると、佐山は物憂げに首を振った。
「うん……電話も、出てくれなくて。携帯の電源切っちゃってるみたい」
続けて、どうしよう、と震える声が聞こえた。
今朝、ホラーハウスで案内をしているときは、佐山がここまで悩んでいることに全く気付かなかった。気持ちを必死に押し隠していたんだろうか。おれが鈍感なだけって可能性もあるけどさ。
何も知らずに、佐山を神様だなんだと胸中で騒ぎ立ててた自分が恥ずかしい。
そうだ、メイド服に困惑してた姿を見て、佐山は神様なんかじゃないって思った。佐山が困ってるときはおれが助けてやりたい、とも。
けど、何をどうするべきなんだ? このままにしておくのは良くない、ってことはわかる。
双方、時間が経てばたつほど気まずい気持ちになって、会うのが辛くなるんじゃないだろうか。早いうちに話し合った方がいい気がする。
友達は学校に行くことを怖がってたんだろうな。だから、学校のことを口に出した佐山のことも怖くなっちゃったってことか。
佐山は接し方を間違えたと思ってるみたいだけど、友達を思う気持ちは本物だ。
学校に行く行かないって上辺の言葉じゃなく、本気をしっかり伝えることができたなら、友達の気持ちもいい方に動くんじゃないだろうか。
気持ちを伝えたいなら、全力で相手に向き合わないとダメなんだ。おれはそれを色んな奴と話して知った。一樹や藤本、ついでに江見と棚橋も入れてやってもいい。
一番に教えてくれたのは、佐山だ。
これまで、いつも佐山に助けてもらった。今度はおれの番だ。
一度、深呼吸をした。両手をぐっと握って、緩めた。
「佐山、友達と家が近いってことは、ここからも近いんだよな」
「うん。歩いて十分くらいかな」
思ったよりも近所だった。
交代時間のことを考えても、今から行って話をする時間はありそうだ。それなら……
「佐山、これから友達の家に行こう」
「え、今?」
驚いたのか、佐山の声が高くなった。
「でも、まだ午後の仕事があるし、文化祭が終わってからのほうがいいんじゃ……」
話しているうちに、佐山の声は再び沈んできた。頭までどんどん下がってくる。完全に俯いてしまう前に、おれは急いで話しだした。
「それだと、友達には『文化祭の誘いを断って、佐山を傷つけた』っていう悔いが残るだけだと思う。今からでも文化祭に来てもらったほうがいいんじゃないか」
「そう……かも。だけど、来てもらえるように説得できる自信がないよ」
「どうしても駄目なら駄目で仕方ない。ただ、今日をいい思い出で締めくくることができれば成功だと思う。向こうが来ないなら、こっちから文化祭の空気を届けに来た、ってつもりで、メイド服を見せにいくとか……」
意味のわからんことを言っちまったような気がするが、佐山はおれの言葉を反芻し、真剣に考え込んでいるようだった。
「いい思い出で締めくくる……」
考える時間はもう、必要ないはずだ。あとは実行するだけだ。
おれは立ち上がり、佐山に手を差し出した。
「行こう。今すぐ」




